Still 6

「ゲームセット。ウォンバイ笹山悠樹。 6-0」
 普段、手塚の練習試合となればコートの周囲はざわめきで満たされるはずなのに、今は違っていた。
 ――――水を打ったように静かだ。
 けれどそれも仕方ない。
 全国区の手塚が、練習試合とはいえひとゲームも取れずに負けたのだから。
 しかも相手は息一つ乱れてはいない。
 いくら高校生で、テニス部レギュラーとはいえ……そう簡単に手塚が負けるなんて、と菊丸は思う。
 そう思っているのは菊丸だけではなく、隣にいる大石も同じで、唖然としながら見ている。
 けれど当然といった様子でいるのは顧問二人と高等部メンバー、それから由里絵、舞子、由里菜。
 それを不思議に思った菊丸は、側にいる由里絵に尋ねる。
「何でそんなに驚いてないの?」
「え?」
 次は誰がするのか。すでにそちらに気を取られていた由里絵は一瞬菊丸が何を聞いたのかが理解できずに瞬きをするが、すぐに理解した。
「だって、実力の差は知ってたから」
 菊丸の言葉から、菊丸自身は手塚が勝つと思っていたのだと理解した由里絵は、それくらいの実力なら呼ばないよと思っていた。
「そう簡単には勝てないよ、あの人たちには」
「…………」
 その言葉に急に真剣な表情になる菊丸に、由里絵は笑みを浮かべる。
「由里絵さん!」
「あ、はい!!」
 呼ばれてみれば、すでにコートには誰もいない。それなら佐々木に呼ばれた由里絵が次にするのだろうと思ってみれば、案の定佐々木にコートへ入るように指示される。
「じゃあ、相手は由里子さん」
「分かりました」
 しかし、続いた言葉に由里絵はがっくりと来る。そんな由里絵を不思議そうに菊丸や大石が見ているのには気づいているが、それに反応することも難しい。
「どうしてそうなんですか……」
 やる気満々に見えたのにこの変わりよう。そんなに相手がいやなのかと首を傾げる菊丸だが、由里絵の様子に声をかけられない。
「シングルス1にはシングルス1を当てるのが筋でしょう?」
 けれど帰ってきた至極当然の言葉にさらに落ち込む由里絵。
 普段の厳しい女子テニス部部長の姿はそこにはない。
「由里絵~。早くコートに入りなさい」
「分かってるよ!」
 これまた普段見られない由里絵の姿だ。
(こんな言い方するっけ?)
 疑問符を浮かべる菊丸は、女テニメンバーを見るが大半が同じような表情をしていた。
 つまり、驚いた表情だ。
 自分だけではないとほっとしたものの、いやいやコートに入る由里絵に首をかしげる。
 そんな周りの様子を気づいていない由里絵は、サーブが来るのを待つ体勢に入っていた――――。
 
 
 
「ゲームセット。ウォンバイ辰巳由里子。6-0」
「ウォンバイ辰巳昌一、笹山千尋ペア。6-0」
「ウォンバイ辰巳由里子、笹山真琴ペア。6-0」
「ウォンバイ笹山悠樹。6-0」
「ウォンバイ笹山真琴。6-0」
「ウォンバイ辰巳昌一。6-0」
「ウォンバイ辰巳由里子。6-0」
 
 
「マジで……?」
 各シングルス三人、およびダブルス一組が終わった時点での勝敗に、菊丸はぽかんと口を開けてたっていた。
「菊丸君……そんなに大きく口開けてるとあごが外れるよ」
 理由は分かっているだろうに、そんな風に言う由里絵に菊丸は目を向けた。
「なななななな……」
「……そんなに驚かなくても」
「んな平静にしてらんないだろ!!!」
 
 誰も一ゲームも取れないで負けてるのに!!
 
「不二もおチビも負けてるのに!!」
「おチビって……?」
「越前のことだよ」
「そうなんだ」
 誰を指すのか分からない単語に首を傾げる由里絵に、隣の大石が答える。
 それに納得した様子を見せる由里絵に、菊丸は何をのんきな、とさらにテンションをあげる。
「何でそんなに驚かないの!?」
「だって……さっきも言ったと思うけど、強いの知ってるから」
 それもかなり。だから一ゲームも取れないのは予想のうち。
 そう言う由里絵に、それでも菊丸は納得しない。
「どんなにみんなが全国区でも……」
 そんな菊丸をとりあえず落ち着けるにはどうすればいいんだろう、と由里絵は考える。
 隣の大石では無理そうだし、手塚は近くにいない。舞子じゃ菊丸がおびえる。
 そう思うに至って、自分しかこの場を収めることが出来るのはいないのか、と内心でため息をつく。
「相手だって全国区なのよ。しかも高校の。普通は中学生よりも高校生の全国区プレーヤーのほうが強いって思うでしょ?」
「でもさ……」
「そう簡単に高校生に勝てるとも思わないけど……まあ、手塚君あたりだと分からないでもないけど」
「む…………」
 いわれてみればその通りで。
 中等部の女テニ、男テニどちらも全国区ではあるが、そのなかの実力差はある。
 ――――高校生にも勝てるだろうと言われる者から、個人では入賞も難しいものまで。
「そうかもしれないけどさ……一ゲームも取れないのはやっぱり……」
「それだけ実力差があったってことでしょう?」
「…………」
「で、それはいいんだけど……順番でいくと、次は菊丸君たちの番じゃないの?」
 試合。
 そう言う由里絵に、今までの試合を振り返れば確かに次は男テニの番だ。そしてその男テニレギュラーの中で試合をしていないのはダブルスの大石、菊丸ペアと今回シングルスにまわされた河村。
 他に女テニにもダブルスとシングルスの選手が一組ずつ試合をしていない。
 シングルスとダブルスの試合数を考えると、次はダブルスだろうと予想が出来る。
 そうかと視線を顧問二人のほうへ向ければ、何やら話し込んでいる。
 
 
 
「まだ来ないのかい」
「そうみたいですね……さすがに食事の後すぐは難しいですよね」
 竜崎と佐々木が今後の予定を話している。
 それを側で聞きながら、舞子は宿舎へ続く道を気にしていた。
「どうしたんだ、江夏」
「…………もうそろそろ来てもいい頃かと思って」
 見ているんだと答える舞子に、手塚はそうかと納得した様子を見せる。
「本当はあっちにやってもらおうと思ったんだけど来ないんじゃ仕方がないね。大石たちの相手は昌一たちにやってもらおうかね」
「そうですね」
 そんな風に落ち着いた二人。
 それを耳にいれながら、舞子はその後ろに人影を見た。
「あ、竜崎先生、来ましたよ!」
「うん?」
 竜崎と佐々木が舞子の指すほうを振り返れば、そこにはようやく姿を現した残りの中等部女テニOG。
 ゆっくりと歩いてくる様子に、ほっとしながら舞子が声を上げる。
「もっと早く歩いて来て!」
 けれど言われたほうはその歩調を変えることなく来る。
 舞子の言葉を無視したそれに、けれど舞子自身は怒った様子はなく……ただ、仕方がないなあと思っているようだ。
「遅くなりました」
「いや、どうせあの二人が寝坊でもしたんだろ?」
「ええ、そうです」
 こんな日に寝坊しなくてもいいと思うんですけどね。
 そうぼやくその人物に、竜崎たちは苦笑する。
 何も言われていなかったため、いったん休憩の状態になっていたレギュラーメンバーと、それに元々レギュラーの練習試合を見ているしかなかった一般部員は新たに現れた人物に視線を向けていた。
 そして本日何度目かの表情を浮かべる。
 似ているな、と言うそれ。

 ようやく姿を見せた最後のメンバーは、辰巳由里絵、由里菜、由里子、そして昌一にひどく似ていた。

– CONTINUE –

2018年12月14日

Posted by 五嶋藤子