Still 9
「もうダウンか?」
「早いなあ…………」
昌一はあきれ、千尋は頬をかきながらつぶやく。
ものの見事にコート上には男テニレギュラーの死体――――いや、息を切らせてもう動けない!! と全身で言っている姿があった。
隣の女テニも似たようなものだ。
コート上に立っているのは昌一、千尋、そして由里子と真琴だけだ。
顧問二人は途中でE、Fコートへ行っていて、今ここにはいない。
そのせいもあって思いっきりやったんじゃないだろうかと思ったが、それも途中で考えられなくなる。
四人も同じように動いているはずなのに、平気な顔をしている。
それを不思議に思って問えば、何でもないことのように言われる。
「ガキの頃から鍛えられてたからなあ……」
「これくらいだったらまだね」
どんだけの練習量だよ、と思いつつ、何かを言う気力はない。
何とか今の質問ができるくらいだ。
「…………これじゃあ、次にいけないから、一時休憩にしない?」
隣のコートから由里子と真琴がやって来て言う。
「そうだな」
「で、待つのはつまらないから少し打たないかって、由里子と話してたんだけど」
「あ、いいねぇ、それ」
真琴たちの提案に千尋が同意し、昌一も頷く。
「じゃ、ちょっと端によってー」
そんなわけで、Aコートに倒れていたレギュラーは端へと追いやられることになった。
「すっげー体力」
「あれで少しって……」
大分体力が戻ってきたメンバー。
なんとなく女テニも含めて一箇所に集まった部員は、目の前で繰り広げられる練習試合――と言うか、試合だろう、どう見ても――を眺めながら感嘆の声を上げる。
昌一と由里子、千尋と真琴のペアのミックスダブルスだ。
そのコンビネーションのよさに感心する。
「そりゃあ、生まれる前から一緒にいるし……」
「シングルスもダブルスも、みっちり叩き込まれてるからね……」
由里絵と舞子のつぶやきに、みなが視線を移す。
「生まれる前から……?」
「って?」
側であがった疑問に、今度は由里菜が説明する。
「昌一兄さんと由里子姉さんは双子で、千尋さんと真琴さんは悠樹さんを含めて三つ子だから」
よく知ってるよ。
「私も由里絵と生まれる前から一緒だから、他の人よりはいいと思うよ」
由里絵と由里菜、現在どちらもシングルスで試合に出ている。
個性が強すぎるため、他のメンバーとのダブルスはあまりうまくいかない。由里菜は舞子と組めば全国区であるくらいだ。由里絵は誰と組んでもダメ。けれど、そんな二人がダブルスを組めば強いことを女テニ部員は知っている。ただそうすると現在の女テニレギュラーではシングルスが手薄になるために、二人がシングルス選手となっているだけだ。
「性別違うのに」
菊丸が言った言葉に数人が同意するのを由里菜は見たが、それに笑みを返しながら答える。
「それでも兄妹だから」
ずっと一緒に育ってきて、ずっと一緒にいた――――テニスも一緒に習い始めて、一緒に頑張ってきた。
「性別は関係ないよ」
性別が違っても考えや癖が分からないわけじゃないんだから。
そう由里菜が言ったとき、何度目か分からないデュースになっていた。
「昌一たちが練習してどうするの」
「あ、由里香姉さん」
目の前の試合を“練習”と評する声が背後から聞こえた。
振り返らなくてもそれが誰だかわかるが、一応振り返ってから名前を呼ぶ。
その横には悠樹もいる。
「今は休憩中」
「で、暇だからって四人で始めちゃった」
由里絵と舞子の言葉にどちらからともなくため息をつく。
「何のために来たんだか」
「仕方ないよ。私たちが動けなくなったから」
「……体力がないのね、由里菜」
「姉さんたちがありすぎるだけでしょう?」
私たちは正常だ、と言う由里菜に由里絵たちはもとより他の部員も何度も頷く。
「まったく……」
由里子たちで根を上げてたら、ついていけないよ。
「予定を見直さなきゃいけないかな……」
独り言のような由里香の言葉に、部員はどんな予定を立てているんだと内心でつっこむ。
由里子たちのですでにへとへとの自分たちに合わせるために予定変更をしなければいけないと言うことは、それよりもっときつい予定を立てていたと言うことだ。
そこまで考えたものは青くなる。
由里絵たちが由里香の指導のほうがいいと言ったのは、楽だからではないのか。
由里子たちのほうが厳しくて、由里香のほうが優しいと考えていた部員――大半だが――は、次からどうなるんだと恐ろしくなった。
「それより、姉さんたちはどうしてここに?」
一般部員の練習を見ているはずの二人が何故ここにいるのかと、由里菜は首をかしげる。
そう言えば、かすかに聞こえていたはずの声も聞こえなくなっている。
「休憩中よ。向こうも動けそうになくて」
本当に、体力ないね。
「時間が空いたからこっちはどうなっているのかと思って。……手伝うことがあれば手伝おうと思ってたんだけど」
普段男テニと女テニ――特に男テニ――がどれだけ鍛えているのかを知らない由里香は口にする。
それに数人がむっとしたが、目の前で昌一たちの体力を見せ付けられれば反論できない。
彼らの基準がそれだけ高いだけなのだろうが……負けず嫌いが集まっている現レギュラー。
練習を再開しようと立ち上がった彼らに気づいて昌一たちは手を止め、笑みを浮かべる。
「じゃ、再開しようか」
– CONTINUE –