Still 10

「――――――――――――」
 
 合宿初日の全体練習が終わった。
 この後は当番の者が食事の用意をして、それ以外は自由時間――――のはずだった。
 しかし――――
 
「何で俺たちが食事の用意……」
 合宿所の台所には中等部テニス部OB・OGの六人がいた。
「仕方ないでしょう……みーんな疲れて動けないんだから」
 あの状態で食事の準備なんてしたら絶対怪我するよ。
 昌一のぼやきに由里子がため息をつきながら反応する。
 練習の疲れで動けない、もしくは動けるが料理をするには厳しい状態の者ばかり。
 食事は当番制で作る予定だったのだが、全員がこの状態では夕食がなしになってしまう。
 そんなわけで、動ける昌一たちOB・OGの出番になったのだが……。
「俺は料理は苦手だよ」
「分かってるよ」
 だから材料切るだけにしてるじゃない。
 昌一の言葉に律儀に由里子は返す。
 その他は……ただ、黙々と準備をしていた。
「悪いね。食事の準備までさせて」
 各々の仕事を済ませて顔を出した竜崎と佐々木。
 顔を出した二人は、文句を言いながらも手を動かす昌一の姿を見て笑みを漏らす。
 他に文句を口にするとすれば由里子だが、今日はその様子が見られない。
 その他は我慢することが多いので、予想はできたが……それはそれで心配になってしまう。
 中等部の頃からだから慣れてはいるが……どこかで爆発するのでは? と思ってしまって。
「いいえ。私たちも食べるから、かまいませんよ」
「そうそう。当番の人たちが回復するのを待ってたら夜になっちゃうし」
 おなか減ったら減ったで昌一が我慢できませんし。
 由里香と真琴の言葉に顧問二人は苦笑するしかない。
 さすがよく知っている、と。
 由里香たちのおかげで楽ができたから、と竜崎たちも準備の手伝いに入る。
 
 それから少したって。
「姉さん……」
「由里菜?」
 “姉さん”と呼ばれる由里香、由里子、真琴。
 誰のことかわからなかったが、声から由里香と由里子が振り返ると、そこには由里菜の姿。
「どうしたの?」
「や……手伝おうかと思って」
 由里香の問いにそう答える由里菜の顔にはまだ疲労が残っている。
 それに気づいた由里香は、首を振って必要ないと伝える。
「まだきついでしょう? こっちは手が足りてるから休んでなさい」
「でも……準備は私たちがしなきゃいけないことだから」
「レギュラーは食事当番には入ってなかっただろう?」
 言ったのは竜崎だった。
「それなら必要ないじゃない。休んでなさい。明日もたくさん動かなきゃいけないんだし」
「それでも……」
 
 OB・OGに食事を作ってもらうって言うのは――――
 
「わざわざ来てもらったのに」
「どうしてこんなこと気にするのかな」
 笑みを浮かべて由里香は肩をすくめる。
「当番に入っていないなら気にしないで休んでなさい。私は一度も気にしたことないよ」
「…………」
「そう言えば……私も」
「俺もだ」
 由里香に続いて由里子、昌一も当時を思い出しながら言う。
 その横では真琴たちが笑いをこらえている。
 それはお前たちだからだろう、と竜崎と佐々木は思ったが、由里菜がわざわざ手伝う必要はないと考える二人は口を挟まない。
「…………」
「手伝いが必要なほど忙しくはないから、由里菜を休ませておいて」
 由里菜の後ろに向かって由里子は言う。
「分かりました」
 顔を出していたのは手塚だった。
 手塚自身も由里菜と同じ理由で来たのだが、準備をしている由里香たちの様子を見る限り手伝いが必要なほど動いているわけではないので、これ以上増えても邪魔になるだけだろうと判断した手塚。
 由里香の言葉に頷くと、由里菜の腕を取って手塚は台所から出て行った。
「ちょっ……」
 その後、何か言い合う声が聞こえたが、すぐに言いこめられたのか聞こえなくなった。
「律儀ねー、由里菜って」
「律儀って言うか、真面目って言うか」
「どっちもありそう」
「うんうん」
 由里子たちは手を動かしながらそんな感想を漏らす。
 その横で悠樹があきれた表情をし、そんな元生徒の五人を竜崎たちは変わらないな、と思いながら手を動かしている。
 そして残る由里香と言えば……
 
(由里菜はそうだけど……由里絵と舞子はどうなのかしら)
 
 ちゃんと休んでいるの?
 
 そんなことを思っていた。

– CONTINUE –

2018年12月14日

Posted by 五嶋藤子