Still 15
「今日の練習はどうだった?」
「由里香姉さんと昌一が試合始めたらみんなぽかん」
「…………なにそれ」
二日目となると、一般部員も少しだけ余裕ができたのか夕飯作りは何とか部員だけでこなすことができた。
そのために指導役、特に由里子と悠樹は練習が足りないからと指導後に由里香に付き合ってもらい、コートに残っていた。
そしてようやく夕食のため食堂に来て席に着いた際、向かいに座った真琴にレギュラー側のことを聞いた答えに首をかしげたのだった。
「由里香姉さんの実力を見せてほしいと由里絵が希望したのよ」
「昨日見てるじゃない」
「本気、じゃないでしょう? まあ、今日のだって本気だとは思わないけど……二人とも」
「昌一も?」
「そうじゃないの? 試合終わっても大して息は切れてなかったから」
「あ、そう」
近くに座っていた女子レギュラーは、二人の会話に当然「あれで!?」とお互いの顔を見合わせていた。
しかし、振り返ってみれば確かに昌一は息は切れていなかった。負けてはいたけれど。
そしてその後休憩をはさんでからの指導もきっちりこなしていた。男子のほうの指導で、かなり動いていた。
当然それは勝った由里香のほうも同様。
しかも終わってからは由里子と悠樹の相手もしていたくらいだ。
「最初にレギュラーの実力を見て、由里香姉さんの実力をちょっと見せて、休憩して、それから本格的に練習」
「何と言うか、結構のんびりよね……」
「それは私も思ったけど……。でもいいんじゃない? 実力差が知れただけでも収穫だと思うけどね」
そっちはどうだったの?
真琴の質問に、由里子は箸を持ちながらため息を一つ。
「こっちも大したことしてないけど……まず体ほぐして走って、素振り――――」
「それ、言い出したの悠樹でしょう?」
「当然じゃない?」
「悠樹のは長いもんね……必要なことではあるんだけど」
「練習時間の半分はつぶしたね。ま、私も賛成だったからね」
「そんなに癖がついてたの?」
「言われてみれば、ってところ。さすがに相当変な癖がついている子はいなかった」
「それでもみっちりしたんだ」
「気になったんじゃない? 悠樹は癖をとるのに苦労してたから」
「悠樹のは相当ひどかったからね……」
くすくすと笑いながらの会話に、周囲の女生徒――一般部員――はそうだったのかと納得した表情をしていた。
由里子たちの言う、“相当ひどかった”癖で苦労したことがあったのだろう。もしかしたらトーナメントでそれがもとでレギュラーになれなかったかもしれない。だからこそ今日のような練習になったんだなと、皆がうなづきあっていた。
そしてレギュラーはそうだったのかと、そう言えばはっきりわかるほどの癖のなかった悠樹のプレイを思い出す。
癖はないに越したことはない。
それを十分わかっているレギュラーは、自分や仲間は……と、思い出していた。
◇◇◇
「どうして本気を出さなかったんですか」
「……直球だな」
自分の分を取ったリョーマが向かったのは昌一のところ。
横いいですかと断ってから席に着き、開口一番の言葉がそれだった。
「本気出しても俺は負けてたぞ」
姉貴だって本気出してなかったんだからな。
「大体、本気なんて出したらそのあとの練習が出来なくなるしな」
「それでも女テニの先輩は“実力を知りたい”って言ってたじゃないっすか」
「まあ、そうだけど。けどな、実力は本気出さなくてもわかるだろ」
大体由里絵が言ってたのはどちらかと言うと“実力差が知りたい”だ。
「わかっただろ? 自分たちと姉貴との実力の差。――――ま、あの展開は相手が俺だからって言うのもあるけどな」
「? どういうことです?」
「姉貴は俺のプレイスタイル、試合運びをよく理解してるってことだ。そりゃそうだよな、俺がテニスを始めた頃既に姉貴は青学でテニスをやってたんだから」
その頃から負けなしだったみたいだし。
「姉貴にかかれば俺らなんて簡単に負かされる」
「悔しくないんですか」
「悔しいに決まってるだろ? でも、姉貴には負けるっていう刷り込みみたいなのも確かにある。あるけど、負けたくないと思って今までやってきたのは間違いない」
「でも今日は本気を出さなかったじゃないっすか」
「あれの目的は姉貴の実力を表面上だけでも見せるものだ。――――はっきり言って、勝ち負けにこだわる物じゃなかった」
「…………」
「越前君、だっけ? それ以上この姉弟にその時の試合で考えてたことは聞かないほうがいいよ。わけがわからなくなるだけだから」
忠告したのは昌一の向かいに座っていた千尋だ。
「君はどんな試合でも負けたくないだろう。それは昌一も同じだ。だけど、本人も意識しないで力を抜いていることはそれなりにある。今回のことがいい例だ。あれは由里香姉さんが力を抜いていて、それを昌一も気付いたから本気を出さなかった。あれで由里香姉さんが本気を出していたら昌一だって本気を出していたよ。そのあとの練習のことは考えもせずにね」
それがわかっていたから由里香姉さんは本気を出さなかったんじゃないかな?
「昌一は気付いてないと思うけどね」
「…………おい」
「由里香姉さんが本気で来たら、後先考えてなかっただろう?」
「まあ、そうだけどな……」
「だから余計に由里香姉さんは本気を出さなかったんだよ。そもそも指導する人間は少ないんだ。そこからさらに減ったら俺や真琴の負担が増える」
「出来なくはないだろうが」
「何のための合宿だよ。絶対に目の届かないところが出てくるのはわかりきったことじゃないか」
「…………」
千尋に言いくるめられ、昌一はがっくりと肩を落とした。
それを見ていたリョーマ……と、リョーマが失礼なことをしないかひやひやしながら見ていた大石、興味津々の菊丸以下手塚以外の男テニレギュラー+αは、納得しながらも彼らの本気が見たいと思うようになった。
◇◇◇
「あんまり進まなかったね……」
「進めなくしたのは誰よ、由里絵」
「え? 私?」
「そうよ!」
女テニ部長、副部長は向かい合って座っていた。
「結果的にはよかったものの、あれが意味がないものになってたらどうしてたのよ」
「……自分も賛成したじゃない」
それなのに今反対するようなことを言うのは卑怯だ。
「由里菜が賛成したからでしょう……」
「部長は、私!」
「それでも、よ」
部長が頼りないとか何か問題があるわけではない。そして由里菜が由里絵よりも優れているとかそういうことではない。
そして舞子は由里菜の意見ばかりを聞くわけでもない。時には由里絵の意見を聞くことがある。
そんなことが舞子にはよくある。そしてそれをよく知っている由里絵は本気で怒った様子は見せなかった。ただ、言ってみただけ。
「――――――でも、もう合宿終わるしね……」
どうしようか。
少々不満げな舞子とは逆に、由里絵はあっさりしたものだ。
「別にいいじゃない。たった数日で実力が急に上がるとも思えないし。問題は合宿が終わった後、でしょう?」
練習に真剣に取り組んでくれればいいじゃない。
「そう簡単にいく?」
もともと真剣だったのだ。ただ、多少レギュラーと一般部員の間に差があったけれど。
「大丈夫じゃない?」
それがわかっているだろうに、由里絵はあっけらかんと言う。
「みんなも今日までのことで、いろいろ思うところはあるみたいだし」
そう言って視線を他の部員に向ける。
「…………確かに、ね……」
真っ先に飛び込んでくるのは昌一の横にリョーマが座っている光景だ。そして向かいの千尋を加えて何か会話をしている。
そして他のところを見れば、由里子と真琴の様子を気にしている女子部員。
他の部員も似たようなもので、皆一様に真剣な、考えるような表情をしている。
それに背を向けていた舞子は気付かなかったが、反対にそちら側に向いていた由里絵はずっと前から気付いていたようだ。
「ね、大丈夫そうじゃない?」
「…………もし出来なかったら、その時はその時ね」
「そういうこと」
そう言うと、由里絵と真琴は食事に集中した。
翌日の練習を期待しながら。
– CONTINUE –