水 鏡 2

「…………何だ、それは」
 
 
 第一封印の間に封じられていた妖怪の力がなくなったのを確認した後、コエンマはまず倒れている特防隊メンバーを医務室へと連れて行くように指示を出し、その足で魔界――大統領へと連絡を取った。
 現在の大統領は昨年のトーナメントで優勝した黄泉である。
 第一封印の間にあの力が封じられた時期にはまだ黄泉は生まれておらず、またどこの記録にも残っていないために黄泉が知らないことは簡単に予想がついた。
 それでも知らせないわけにはいかず、結果返ってきた反応がこれだった。
 
「霊界には様々な物を……霊界にとってあっては困るものを封じた部屋がいくつも存在する」
 
 連絡を取ってきた時のコエンマのあまりの慌てぶりに不穏なものを感じた黄泉によって、通信機越しには現在魔界の中枢を担う妖怪たち――コエンマもよく知る者達が集まっていた。
 けれど、その中の誰もがコエンマの言葉の重要性を理解してはいなかった。
 誰も知らなかったことに……おそらく年齢が高いと思われる煙鬼たちですら知らなかったことに驚きながら、コエンマははやる気持ちを抑えて説明する。
「昔……いったいどれくらい昔かは知らんが、親父の若い頃にある妖怪が魔界にいた」
 親父、つまり閻魔大王は今コエンマの目の前にいる妖怪たちよりも年齢は上だ。
「その頃はまだ魔界の上に冥界が存在する……そんな時代だったそうだ」
 『冥界』の言葉を聞いて、過去に復活した冥界の王達と戦ったことのある幽助たちは反応した。それでも口を挟むことなくコエンマの言葉を待った。
 
 
 
 どんな妖怪だったか……種族すら分からない。なにせ、記録に残っていないからな。
 どんな妖怪で、どんな力を持っていて、魔界のどこでどう生きていたのか……そんなものは一切不明の妖怪。けれど、強大な力を持った妖怪が存在していた。
 それは霊界、人間界はもとより冥界をも脅かすものだったと言う。
 けれど逆にその力を得れば全世界を手にすることが出来るものでもあった。
 
 
「誰が言い出したかは分からないが」
 
 
 その頃の世界は、微妙なバランスの元に存在していた。
 霊界と冥界の思惑、人間界と魔界に住む者たちの……特に、霊界や冥界の存在を知っている者たちの考えなどが複雑に絡み合って、誰かが動けばそのバランスは簡単に崩れてしまう……そんな状態だった。力を持つ者が動けば、すぐに世界中に数多の死者が出ていただろう。
 そんな中で魔界にいる件(くだん)の妖怪は、どこの世界も欲していた……その力を。
 自分達が有利になるようにその妖怪を捕らえようとか、亡き者にしてその力を奪おう……そんなことをどこも考えていたようだ。霊界も例外ではない。親父も一度はそれを考えたようだ。少なくとも、冥界がその力を手にしてしまえば霊界は滅んでしまう。
 冥界が手にする前にこちらが手に入れる方法……そんなものを考えていた時期もあった。
 
 
「けれど……誰もその妖怪に敵わないことも分かっていた」
 
 
 霊界も冥界も……人間も妖怪も。
 束でかかっていっても、捕らえることはもちろん、傷一つつけられないのではないだろうか。それだけの力の差があり、それ程の存在だった。
 だから長い時が経っても、どこもその妖怪に手出しをしなかった。
 一部、その妖怪に挑んだ者がいたようだが、一瞬で消滅している。
 それがさらに霊界や冥界が手出しを出来なくさせていた。
 
 
「何より、その妖怪が世界を手中に収めようと言う気がなかった」
 
 
 あまりにも四界が自分のその力を狙っていることに疲れたのか、嫌気が差したのか、そんなことを公言してきた。
 霊界にも冥界にも……乗り込んで来て、言ったそうだ。
 
 自分はただ生きていたいだけだ、と。
 世界を自分の物にしようという気はない。
 必要ならば、自分の力をやってもいい。
 
 そこにどんな考えがこめられていたかは分からない。
 けれど確かにその妖怪はそう言って――――――実際に自分の力を綺麗に四等分にしたそうだ。
 
 
 
「四等分?」
 黄泉が怪訝な表情をしながら聞いてきた。
「そうだ。……自分が魔界で生きていくために必要な分だけ残し、あとは取り出した力をきっちり四つに分け、それぞれ霊界、冥界、人間界に魔界の、当時その妖怪のことを知っている、最も力を持っていた者へと渡した」
 霊界は親父……閻魔大王へ。
「冥界には、王の耶雲。人間界では……霊光玉を作った者へ。魔界は誰にやったかはわからない。そうやって四界全てに分けられたことで、それまでの各世界の力のバランスは保たれたまま――――」
「世界の滅亡は避けられたわけだな」
「ああ……」
 
 けれど、結局冥界は滅亡した。
 
「その後、冥界に渡った妖怪の力がどうなったかは分からない。これも記録に残っていないからな」
「わからねえことばっかりじゃねえか」
 あまりの曖昧さにいらいらしたらしい幽助が口を挟む。幽助と同じく冥界と戦ったことのある飛影はコエンマをにらみつけていた。
 そんな視線を分かってはいるものの、コエンマには言い訳しか出来ない。
「仕方あるまい……本当に、記録が残っておらんのだから。それに親父に聞こうにも、決して話そうとせんのだ」
「理由は?」
「分からん……何かあったとしか思えないんだが、親父はそれも言わんし、何よりあの当時のことを知っている者が親父以外に生きていなくてな」
 それほどまでに昔の話だった。
「もしかしたら……煙鬼あたりは知っているかもしれないと思ったんだが…………」
「残念ながら知らんな」
「そのようだな」
 コエンマに名指しされた煙鬼たち。しかし誰一人として知っている者はいなかった。
「昔、ごたごたのようなものがあったのは覚えているが、それがコエンマの言っていることかは分からない……。その当時は、わしたちも大して力のない子供だったからな。もしかしたら、雷禅は知っていたかもしれないが……」
 
 残念ながら、雷禅は数百年前に死んでいる。
 
「その、当時その妖怪から力をもらった魔界の住人が誰だかわかればいいんだろうがな」
 記録に残っていないんじゃろう?
 煙鬼の言葉に頭を抱えつつ、コエンマは頷いた。
「その部分だけ、書かれてはいなかった。おそらくわざと記さなかったんだろうが、その理由は分からない。他の者は記録に残っていたから、何か理由があったのだというのは推測できるが……」
「結局、何も分からないのと同じだな」
「…………」
 厳しい言葉にコエンマはうなだれるしかない。
 
 
 
「…………それで、霊界にあった力がなくなって、それで何か影響があるのか?」
 これ以上、その力と妖怪と……その周辺のことを聞いたところで答えが返ってくることはないと分かった黄泉は、コエンマが連絡を取った真意を尋ねた。
 その言葉に表情をさらに厳しくしたコエンマは、重々しく言う。
「なくなった力はそれだけで存在する場所に何かしらの影響を与えるだけで済むと考えられる。もちろんそれだけでも問題だ。しかし、その力を誰かが――――妖怪でも人間でも、もちろん霊界人でも――――得て、それを使ってしまったら……悪意を持って使えば、その世界は滅びてしまう。四分の一の力でも、それだけのことは造作もなく行えてしまうだろう……」
「――――――」
 もちろんそれだけではないと、コエンマは続けた。
「悪意がないのであれば、力を己のものとしても問題はないかもしれない。けれど……霊界では封印していたことからも分かるように、四分の一であっても相当なものだ。もし、何も知らない者が……人間であっても妖怪であっても、力のない弱い者が見つければ、触れただけでその者は消滅するだろう。…………ただ、その力の側にいただけで、死んでしまう可能性もある」
「なんだって!?」
 反応したのは幽助と、数人。
 他のものは予想していたかのように無表情だ。
 けれど内心では果たして平静でいるだろうか?
 それを考えながらコエンマは連絡を取った本当の理由を口にする。
 
「今現在、力がどこにあるのかは分からない。封印していたものの責任としてこちらで探索をするが、魔界まで手が回らない。申し訳ないが、魔界はそちらで探してはくれないだろうか」
 
 そう言ったコエンマに、幽助たち数名はやる気満々の表情を見せたがそれだけでは駄目だった。今の魔界の大統領は黄泉。その黄泉が頷かなければ、魔界全てに探索の手を広げることは出来ないだろう。
 考える様子を見せている黄泉がどんな言葉を返すのか、コエンマは待った。
 最悪の場合は魔界から正式に協力してもらうことは不可能だ。けれど、黄泉とて事の重大さは理解しているはずだ。コエンマはそれにかけることにした。
 
「分かった。こちらのことはこちらに任せてもらおう。――――――霊界の力が必要になるかもしれないが」
「その場合は遠慮なく言ってもらって構わない。こちらの失態が引き起こしたことだからな」
 内心で、黄泉の言葉に安堵のため息をつきながら、コエンマはきっぱりと言った。
「分かった。――――――それならば、その力の規模や、探し出した時の対処の仕方をわかる範囲で話してくれ」
 その黄泉の言葉に、その場にいた全員が気を引き締めてコエンマの言葉に耳を傾けた。
 
 
 
 
 
 それから数刻後。
 現時点での対策方法の検討が終わり、後はそれぞれが動くまでになった時のこと。
 コエンマはふと、通信機の向こう側にいるはずの人物がいないことに気付いた。
「蔵馬はどうしたんだ?」
 魔界トーナメントが始まってから数百年。
 その頃からずっと蔵馬は魔界の中枢で、その頭脳を使って魔界運営に携わってきた。
 戦うことしか頭にない連中の中で、蔵馬の頭脳は貴重だった。……大統領よりも働いているんじゃないかと思う時もあったほど。
 そんな蔵馬だから、昨年黄泉が大統領になった時も当たり前のように幹部に指名されていた。
 だから今この場にいなければおかしいはず……他のものがそろっているからなおさらだ。
 そんなコエンマの疑問に対し、幽助が困ったような表情で言った。
「それがさあ、なんか体調が悪いとかで休んでんだよ」
「は?」
 珍しいこともあるもんだと、人間界と魔界で二重生活を送り、コエンマよりも多忙じゃないかと思われた時期も平気な顔で乗り越えた蔵馬を思い出す。あの頃と比べると、今は魔界での生活しかないのだから、体調を崩すことはないのではないだろうか。
 そんな感想は全員が持っていたようで、戸惑った様子を見せる。
「ここのところ、ずっと体調を崩している。――――まったく動けないわけではないようだから、書類の片付けはしてもらっているが……」
 それでも仕事は溜まるほどであると黄泉は言った。
 そして溜まった分は手分けして他の幹部で捌いていると言うが、それでもそれまで殆どを蔵馬が行っていたために、時間はかかっていると言う。
「それはいいんだが、理由が分からない」
「蔵馬は何にもいわねえんだよ……」
 幽助にとって、蔵馬は付き合いの長い仲間だ。そんな彼女を心配している表情を見せるが、本人が何も言わないのであればどうすることも出来ない。何よりこう言う時に頼りになるのは蔵馬自身だった。
「蔵馬であれば、封印されていた力のことも何か知っていたかもしれないが……」
「そう言えばそうだ」
 黄泉の言葉にコエンマは今気付いたと呟く。
 当時蔵馬が生まれていたわけはないが、かなりの知識を持つ蔵馬のこと、知っていたとしても不思議ではないとコエンマは思った。
 普段なら真っ先に聞いていたはずの相手だが、それだけ自分は切羽詰っていたのだろうと思う。
 今から聞こうかと思ったコエンマだが、体調が悪くて休んでいるならば、今彼女を頼ることはやめておいたほうがいいだろう。
 現在の魔界は蔵馬がいなければ運営が難しいが、霊界も彼女がいなければ困ることが多々あるのだ。
 今まで散々頼ってきたのだから、せめて体調が元に戻るまで相談は控えたほうがいいだろうと、全員一致で決めた。
 
 
 
 それからすぐにコエンマは霊界での対策を立てるために会議へ向かった。
 魔界ではそれぞれの役割を確認し、持ち場へと散っていった。

– CONTINUE –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子