GAME 1

「母様……弱くなったね」
「仕方ねえだろ。あんな弱っちい体じゃ、母さん程の妖怪の魂をそのまま入れられるわけないんだから」
「兄様……?」
「……」
 厳しい言葉を言い放った兄を不思議に思ったのか、弟は見上げながら兄を呼ぶ。けれど呼ばれた当人は黙り込み、弟を見ることもなく視線は一方向に向いたままだ。
「どうした、柚木(ゆぎ)?」
「あ、父様!」
「……父さん」
 沈黙が流れていたところに声がかかった。明らかに兄弟よりも大人の男の声。その声に振り返った二人は男を“父”と呼んだ。男は兄弟二人の間に立つと、兄の方の頭に手を置く。
「柚木、お前にしては言葉が乱暴だな」
 微かに笑いながらのその言葉に、兄――柚木はうつむいてしまう。
「別に……いつも通りだよ」
「違うよ。いつもなら兄様あんなこと言わない」
「…………」
 弟の言葉に再び黙る柚木。さらに言い募ろうとした弟を男は頭をなでることで止める。そうしておいて、自身が柚木に問うた。
「お前がそんな風に言うのは蔵馬が人間に憑依してしまったことが嫌だからか?」
「――――そうだよ」
 言われ、しぶしぶながら柚木は認めた。
「それは分からなくもないが――、けどな、人間に憑依しなければ蔵馬は死んでいた。もしそうなっていたら、どんなことが起きていたかは……お前なら分かるだろう?」
「分かってるよ、そんなことくらい……。母さんがどんなことを考えてそんな行動をとったのか……たぶん、オレの考えは間違ってないと思う。――――けど」
 そこで一旦、柚木は口を閉じた。そしてぎゅっと手を握り締めると、視線を再び蔵馬へと向けた。
「けど、頭で分かってたって、感情までは納得できない。――だって人間は――」
「柚木」
 男の静かな声に柚木の言葉は止められた。止めた男はひとつ、ため息をつく。
「昔のことだ――。今更言ったとして、人間は何も覚えてはいないし、なにより元々殆どの人間が与り知らないことだ」
「――――」
「それに、蔵馬はこうなったことに後悔はないようだ」
「?? 父様、どうして分かるの?」
 弟の方の問いに、そちらへ目を向けながら続ける。
「それは今でも蔵馬が人間として人間界で生きているからだ。――――人間でいることが嫌なら、さっさと帰ってきただろう? 力が弱くなってても、帰ってくれば関係ないし、元の力を取り戻す方法も今よりある」
「……じゃあ、僕たちは捨てられたの?」
 急に落ち込んだ声を出した弟に、男はしゃがみこんで目を合わせながら言う。
「そうじゃない。ただ、人間としての家族が捨てられなかっただけだろう。――――蔵馬がそんなこと簡単に出来ないくらい知っているだろう?」
「……うん」
「だから心配することはない。ちゃんとお前たちのことも気にかけているさ」
「うん!」
 そんな風に明るい声を出した弟の後に、柚木は男に問う。
「それより父さん。母さんに会いに行くの?」
「なんだ、柚木は会いたくないのか?」
「そんなわけないだろ! けど、行って迷惑になるかもしれないし……」
 そう言いながら蔵馬を見る。ちょうど対凍矢戦が終わり、もうこれ以上戦えないところまできていた。しかし会場は不穏な空気に包まれている。
「迷惑にはならないさ。むしろ力になれるだろうな……特に櫻也(おうや)が行けば」
「えっ?」
 急に名前を呼ばれた男の子供で柚木の弟――櫻也はぱっと顔を上げる。なぜ自分の名が出てきたのか分からないと言う表情だ。
「この中で一番蔵馬と気の質が似ているのは櫻也だからな。何かしら力を貸せるだろう」
「へー」
 嬉しそうに言う櫻也。それを見ながら柚木はつぶやいた。


「でも、絶対怒られると思うけど……会いに行ったことにじゃなくて――」


 さらに続けようとした柚木の言葉は、これ以上戦えない蔵馬の試合続行のアナウンスによって、さえぎられた。










「母様!!」
「…………櫻也?」

 パタパタと足音を立てていそうな雰囲気を出しながら、一切足音をさせずに駆けてくる小さな妖狐を見た瞬間、蔵馬は今まで仲間に見せたことのないあっけにとられた表情をした。
 そんな珍しい蔵馬の表情を目にしても、それより何より櫻也の言葉とそれを否定しない蔵馬に驚く一同。
 銀色の髪に金色の瞳。そして獣耳と尾を持つ明らかに妖怪の子供と蔵馬を見比べてしまう。
 そんな仲間のことなど気にしている状況ではないのだろう、蔵馬は目の前に急に現れた息子――しかもどう考えても試合を見ていたとしか考えられない――を抱きとめる。
 一同を驚かせた櫻也自身はそれで満足してしまったのか、蔵馬に抱きついて尾を嬉しそうに振っているのみで何も言わない。ほほえましい光景だが、和んでいるような状況ではない。
 ようやく最初のショックが収まって、周囲を気にする余裕の出てきた蔵馬は幽助たちの様子に内心ため息をついた。隠すほどのことではなかったが、それでもこれから追求されることに対応するのは現時点で無理だ。――――無理だと言うより遠慮したい。それほど疲れているのだから。
 けれど、どうにかしなければいけないのは目に見えている。さて、どうしようかと蔵馬が考えたとき、意外なところから声がかかった。

「いつまでもこんなところにいないで、さっさと移動しよう。――――蔵馬ちゃんも、手当てしなきゃ」

「あ、ああ。はい」
 言ったのは桑原の姉――静流で。それにようやく全員がそれぞれ動き出す。
 確かに皆ぼろぼろだ。
 特に蔵馬にいたっては血まみれ傷まみれ。はっきり言って年頃の女性の格好ではない。
 それに気づいているのは何人いるのか――――そんな中、雪菜がまず桑原の怪我を治すべく動く。一緒に蔵馬にも声をかけたが、蔵馬自身がそれを辞退した。一瞬不安そうな表情をした櫻也も目に入ったのだろう、無理に言葉をつむぐことなく雪菜は桑原をつれてその場を離れた。
 そしてすぐに飛影が姿を消す。それを気にかける者もなく続いて螢子、それを追って幽助。それから……幽助たちも、蔵馬も気になるようで散々迷った表情をしながらぼたんが幽助たちの後を追っていった。
 その後姿を見送った静流が、苦笑しながら振り返って
「部屋にに戻ろうか」
 そう言ったのを合図に残った者はホテルへの道を歩き出した。


「…………そう言えば……櫻也君だっけ?」


「?? ……はい」
 名を呼ばれ、一瞬何故自分の名前を知っているのかと言う表情をした櫻也。しかし、先ほど母親が自分の名前を呼んだことを思い出して、しっかりと頷いた。
 声をかけた静流は興味津々の温子を抑えながら問う。
「ここまでひとりで来たの?」
「いいえ。父様と、兄様と来ました」
 しっかりとした答えに、今気付いたという表情を浮かべた蔵馬。
「…………慈雨たちはどうしたの」
 と言うよりどうして櫻也だけが姿を見せたの?
「えっと……」
 蔵馬の顔を見上げ、櫻也は少し考えるようなしぐさを見せる。

「怒られる可能性が大きいから、僕だけで会いに行って来るようにって」

 言葉を選びつつのそれに、蔵馬は目を細めた。
「へえ」
 たった一言、それだけの反応に櫻也以外は内心で思う。
(ああ、蔵馬ちゃん怒ってる)
 ついさっき言葉を交わしたばかりだが、それでも分かることはある。
 分からないほうがおかしいだろう。
 それでも櫻也はそんな蔵馬を目にしても怯えることはなかった。ただ事実を言ったまでだし、言った自分が怒られたわけではないから――――。


「まあ、どうせ嫌でも会わなきゃいけないから」


 その間、櫻也はオレと一緒にいるんだよ。
「はーい」
 蔵馬の表情と言葉に対する返事にしては明るく嬉しそうな声で櫻也は答えた。



 それを目にした者は、櫻也の表現しがたい一面を見たとか見なかったとか。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子