GAME 2
出来ることなら抱きかかえて部屋へと戻りたかったようだが、自身の怪我の状態を把握している蔵馬は仕方なく櫻也の手をとった。
抱き上げれば櫻也がどれだけ成長したかが直接分かるけれど……。
そんな思いが蔵馬にはあった。
約20年ぶりなのだ、息子と会うのは。
櫻也ならば20年くらいではそうそう以前よりはっきりとした差を見ることは出来ない――――それでも20年近く経っている。人間に憑依した蔵馬にとってそれは長かった。一見して櫻也よりも南野秀子の体のほうが年上に見えるのだから。
(柚木は大きくなっているだろうな……それから――――)
ぎゅっと櫻也の手を握りながら考える。
手に力を感じながら、櫻也は久しぶりに(弱いながらも)蔵馬の――母の妖気を間近に感じていた。
女性であろうと成長すれば身長は七尺弱はあった……そのころと比べれば(手の大きさも含め)小さくなってしまった母。
人間としてならば小さいわけではなく……むしろ身長は高いほうなのだが、それでも櫻也の感じることは変わらない。――それを心配することはないけれど。
だが、自身に対する行動やぬくもりは変わらなかった。
――――それが櫻也にとっては何よりも大切だった。
部屋の扉を閉めたとたん、櫻也は蔵馬の手を離すと、脱衣所やクローゼットを漁って綺麗なタオルを用意する。そんな櫻也の行動にかすかに笑いながら、蔵馬はてきぱきと自身の腕から出たシマネキ草を処理していった。
この光景を慣れないものが見たら気分が悪くなるかもしれない。そんな光景だった。しかし、今この部屋には蔵馬と櫻也の二人しかいない。一緒に戻ってきた者たちは宿泊している別の部屋へと帰っていた。覆面もそれに付いて行っている。
静流たちに、あとで部屋に行くことを約束されはしたが。
「母様」
「なに?」
蔵馬の腕に包帯を巻きながら櫻也は聞いた。
「人間がこんなところに来ていいの?」
「この大会の主催者は人間だからなあ……」
ま、いいんじゃない? 危ないけど。
「…………」
さらりと返された言葉に櫻也は黙ってしまった。
「まったく対策はしていないわけじゃないみたいだから、大丈夫だとは思うよ」
「……ふ~ん」
無理やり返したような櫻也の反応に、蔵馬は笑いながら包帯の巻かれた手で櫻也の頭をなでる。
やはり昔のままだと思いながら。
「そろそろ次の対戦チームの試合があるから見に行くけど、櫻也は――――」
「行く!」
「そう。それじゃあ行こうか」
「はい!」
元気な返事をした櫻也を連れ、蔵馬は会場へと向かう。
その間に様々な視線を向けられたがすべて無視した。
どうせ人間の肉体を持つ、けれど妖怪であるといういびつな自分と純粋な妖怪――しかも銀髪、金目という、至宝とも言われる妖狐族特有の色を持つ櫻也の組み合わせが気になっているだけだ。
もしくは櫻也の外見からよからぬことを企んでいるか、だ。
もちろんそんなことはさせないし、何より蔵馬は――――
(オレは櫻也の母親なんだけど……しかも、櫻也はオレによく似てるって言われ続けてたし)
事実、蔵馬の本性は銀髪に金目の妖狐だ。
(今はその姿に戻ることは不可能だけど)
いつか戻ることになるだろうと、蔵馬は櫻也に会って思った。
櫻也に会わなければ――いや、慈雨たちが自分の側に来ていると知らなければ、そんな考えには至らなかっただろうと蔵馬は思う。
改めて考えると、彼らが来ないことはないだろうとも思うのだが。
彼らの気が長いほうではないことくらい、長い付き合いで知っている。
蔵馬と櫻也がリングを見下ろせる場所に来たとき、次の試合のチームが入ってきたところだった。それを蔵馬が確認したとき、隣に飛影が立った。
「あなたも観戦ですか?」
「ふん」
反応は相変わらずだ。
「お前のほうこそ、ガキを連れてきたのか」
「部屋に一人で置いておくわけにもいきませんからね」
「妖怪どもに目を付けられても知らんぞ」
そう飛影が言うのは、周囲の妖怪が明らかに櫻也を気にしているからだ。当の本人はまったく気にした様子を見せず、蔵馬の服を握ってリングを見下ろしている。
「この辺りにいる妖怪程度であれば心配は要りません。櫻也はそんなに弱くはありませんから」
「――――そうは見えん」
「まあ、見た目で判断すればね。――――けど、見た目だけで判断することがどれだけ愚かなことか……知らないわけではないでしょう?」
「……まあな」
(こいつが“妖狐蔵馬”の息子だから……な)
見た目と実力が同じ妖怪というのはたくさんいる。強かろうが弱かろうが。
しかし、それに当てはまらない者がいるのも事実。そして目の前の櫻也は後者だろうと言うのは、蔵馬の息子だと聞かされたときから予想が出来た。
(父親が誰かは知らんが)
――――弱くはないだろう。
それが飛影の出した答えだった。
「…………弱い」
5分も経ってないよ?
試合終了の声がかかる前に櫻也が蔵馬を見上げて言う。
それに櫻也を見ずに頭をなでることで答える。視線はリングの方向。それを追った櫻也の視線の先には蔵馬たちを指差す死々若丸がいた。
「笑わせるぜ」
飛影の呟きに、おそらく下からは見えていない櫻也は大きく頷いた。
「父さん……いつまでこんな風にしているつもり?」
母や弟を眺めながら、柚木は父親に尋ねた。
丁度裏御伽チームが離れていくところを目に入れつつ、慈雨は答えた。
「さあ……どうしようか」
「さあって……いつまでも隠れてても、どうしようもないよ?」
どの道母さんに怒られるんだから。
立ち上がり、会場を後にしようとしている慈雨の後ろをついて行きながら柚木は言う。
「そうなんだよな……」
がっくりと肩を落としながら慈雨は言う。
それを見た柚木は、そんなに母さんに怒られたくないのか、と思った。
(まあ、確かに怒られるのは嫌だろうけど)
単純にそれだけではないのだが、柚木はそんな風に思って終わった。
そうやって、二人それぞれに考えにふけっていたために重大なことに気付かなかった。
「慈雨、柚木」
「「…………あ」」
唐突に名を呼ばれ、顔を上げればそこには蔵馬と櫻也がいた。
少し離れたところには浦飯チームのほかのメンバーもいるのだが、慈雨たちには見えていない。
――――そして、蔵馬を見て同じ反応を示した二人はしかし、その後の行動は異なった。
慈雨はすぐに蔵馬に背を向けて走り出し、柚木はその場に立ったまま……。
そんな二人に――主に慈雨に――反応した蔵馬は、慈雨を追うために走り出した。
現状を予想していた者と、していなかった者の差だろうか。
柚木の横を通り過ぎた蔵馬はすぐに慈雨に追いつき、襟をつかむと――――
ガツッ!!
「うわっ……」
誰かが声を漏らした。
蔵馬が力いっぱい慈雨の頭をげんこつで殴ったからだ。
「……櫻也」
「なあに?」
いつの間にか側まで来ていた櫻也に、柚木は顔を引きつらせながら聞いた。
「何でここにいるんだ?」
「何でって……父様と兄様の気に母様が気付いたから」
「……変えてないぞ?」
「そんなのわかんないよ……あ、でも僕がいるからとは母様言ってたよ」
「…………あっ!」
櫻也の一言に、柚木はしまったと言う表情をした。
(忘れてた……今は母さんより櫻也のほうが妖力は強いんだった)
そして、似たような気を持つ者同士は強いほうが弱いほうへ影響を与えやすいと言う事実。――簡単に言えば、強くするのだ。少なくとも妖狐族は。
それを忘れていたことに柚木は頭を抱えた。しかし、そんな兄を見ても櫻也はよく分からないと言う表情を浮かべていた。
「柚木、櫻也。おいで」
蔵馬に呼ばれて見てみると、頭を抱えたまま動かない慈雨を置いて、蔵馬は二人の側にいた。
差し出されていた手をとり、父親が気になりながらも手を引かれるままについて行く。
「おい蔵馬……いいのか?」
慈雨を振り返りながら桑原に聞かれたが、蔵馬は振り返りもしない。
それどころかさらに歩調を速める。
「いいんですよ……逃げたってことは、会いたくなかったんでしょうから」
「…………」
冷たい言葉に誰も何も言えなかった。
ただ、蔵馬がどう思っているか。それは全員がその言葉で分かった。
――――――蔵馬はとても怒っている、と。
– CONTINUE –