GAME 3

 ホテルの部屋に戻っても、蔵馬の機嫌は低下したままだった。
 何も知らない桑原たちはともかく、柚木と櫻也はどうすればいいのか知っていると思われるが……柚木は蔵馬に声をかけられずにいる。櫻也は櫻也で蔵馬の機嫌など気にしていないようで、蔵馬に言われたことを実行するためにちょろちょろ動いていた。
「……おいおい」
「――――? なに?」
 目線を合わせて声をかけてきた桑原に、柚木は振り返る。
「蔵馬、何とかならないのかよ」
「…………無理だよ。櫻也じゃあるまいし」
「櫻也なら何とかなるのかよ」
「何とかなるって言うか……声をかけるのは出来る。でも、今の母さんの状態を気にしてないから、オレたちが大丈夫な状態にまで浮上させるような会話をしようとは考えないよ」
「…………」
 動き回る櫻也を目で追いながら、桑原は汗を流した。暑いわけでもないのに。
「あ、雨だ……」
 窓の外を見上げながら声を上げた櫻也につられ、全員が外を見る。そとではかなり強い雨が降り出していた。





「遊びに来たよー……お?」
 菓子やジュース、酒ビンを持ってぼたんたちが入ってきた。が、途中で言葉を止めたぼたんは、視線を下に向ける。
「ぼたんさん?」
「……あら、新しい子がまた増えたね」
 ぼたんの視線を追えば、そこには金髪に金の瞳の妖狐――柚木。
 複数の、しかも女性の視線を受けた柚木はしかし、驚いた様子も見せずにぺこりとお辞儀をする。
「この子も蔵馬ちゃんの子供かい?」
「はい」
 静流の質問に、蔵馬は人数分のコップを用意しながら答える。
「でも、櫻也君と似てないですね」
「――――柚木は父親似だからね」
 急に声のトーンが下がった蔵馬。それに全員が気付いた。……少々びくびくしながら、それ以上そのことに触れないようにぼたんが口を開く。
「ゆ、柚木君って言うんだね。あたいはぼたんって言うんだ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
 最後の言葉は柚木に向けて言ったぼたんに、柚木は返す。
 それから少しの間、女性陣と柚木の間で自己紹介が行われた。
「今日はパーッといこう!!」
 ぼたんの声が合図となって、それから楽しそうな声が響く。
 トランプも使われたが……ルールを知らない柚木は引っ張られてぼたんと螢子の間に座り、櫻也は蔵馬のひざの上に座って輪に加わっていた。



「……櫻也?」
 ひざの上に座っている櫻也が急に重くなって、蔵馬は櫻也の名を呼ぶ。
「あらら……眠っちゃったねぇ」
「――珍しいな」
 ぽつりと言った蔵馬に、「そうでもないよ」と言ったのは柚木。
「人間界(こっち)に来てから一睡もしていないから」
「……何をしていたの、夜」
「え? ……人間界見て回ったり、ぼーっと空見てたり」
 星が出てたから。
 頬をかきながらの柚木に対し、蔵馬はため息をついた。
「まあ、柚木たちは人間界に来たのは初めてだし……眠れと言うほうが無理か」
 頭をかきつつ柚木を見た蔵馬に、柚木はしっかりと頷いた。
 再びため息をついた蔵馬は、櫻也を抱えて立ち上がった。そしてそのまま寝室へと向かう。
「柚木。――――お前も寝なさい」
「はーい」
 蔵馬が背を向けていた時に一つあくびをした柚木も呼ばれ、さっさと寝室へ向かう。
 それが合図になったように、女性陣も部屋へと戻っていった。





「母さん……」
「どうした、柚木」
 暗い中でも妖怪である柚木には関係なく、母親が起きていることは苦もなく分かる。
「……父さんは……大丈夫かなあ」
「大丈夫だよ。洞穴は沢山あったし、雨宿りをする場所には事欠かない」
「そうだけど……」
 だんだんと声が小さくなっていく柚木に、蔵馬は微かに笑った。柚木が何を考えているかが分かるからだ。
「もう二度と会いたくないとか、そういうわけじゃないよ。――――ただ、オレを見て逃げ出したのが許せないだけだ。謝ってくれればそれでいい」
「……謝りに来るかなあ……」
「……さあ?」
 来ないのならどれはそれで構わない。
 そう言っている様な声音だったが、本心ではないだろう。
(……母さんも素直じゃなかったよね、そういえば)
 以前伯父に聞いたことを思い出す。口にすることはないが……もしかしたら、蔵馬は柚木の考えていることなどお見通しかもしれない。
(父さんよりは、気が付くし)
 でなければ、盗賊の頭などやっていなかっただろう。
「柚木、もう遅いからいい加減寝なさい。柚木も櫻也と同じで寝ていないんだろう?」
「うん。……おやすみなさい」
「お休み」
 そう蔵馬が返すと、すぐに柚木から寝息が聞こえてきた。
 柚木は櫻也に比べて寝つきは良くない――蔵馬よりも寝つきは悪いだろう。そんな眠るのに時間のかかる柚木がすぐに眠ってしまったことから、どれだけ長い間寝ずにいたのか蔵馬には予想がついた。
「まったく……こんな風になるまで何をしていたの、慈雨」
 起き上がり、窓辺を見るとそこには子供達の父親であり自身の夫でもある慈雨が立っていた。
「いや……柚木も櫻也も寝たがらなかったから……」
 困ったような表情で、慈雨は肩をすくめた。
「無理にでも寝かせておいてよ」
「――――あんまり、強く言うのもどうかと思ってさ」
 初めて人間界に来たんだし。
「お前に久しぶりに会えるし?」
 最後の言葉は近付いてきて、蔵馬の耳元でささやく。

「……悪かったよ」

 先ほど柚木に言ったこととは違い、蔵馬のほうが慈雨に謝っていた。
「ま、仕方がないけどな……こんなことになっているんじゃ、連絡を取りたくてもできないだろ」
「そんなの……言い訳にしかならない」
「自分を責めてどうするんだよ。――――今のままじゃどうにも出来なかったことは分かるんだからな」
 そう言う慈雨に対し、蔵馬は首を振る。
「そんなこと、言い訳にしちゃいけないことをやったんだ、オレは……」
「??」
 何のことだと暗に聞く慈雨に、蔵馬はふっと息を吐いた。
「母親になって100年位経つのにね、寂しい思いをさせてたって気付いたんだよ」
 柚木も櫻也も再会してからずっと自分の側を離れないことに、蔵馬自身気付いていた。昔はそうでもなかったのに。
 そう言う蔵馬は隣で寝ている櫻也の髪を撫でている。
 それに対して、何だそんなことかと慈雨は漏らした。
「そんなことじゃないよ」
「そんなことだろう。確かにお前は家を出ていることが殆どだったけどな。別に俺はいたんだし、他にも――――」
「でも、母親はやっぱり違うよ。……そのことに、ようやく気付いた」
「そんなもんかね。俺のところも母親は忙しかったぜ」
「お義母さまは……でも、家に帰って来ないってことはなかったでしょ」
「そりゃあ……元々、簡単に邑から出られない立場だし」
 首をかしげる慈雨。
 それでもずっと一緒にいて、育ててもらったと言う記憶はあまりない。常に忙しかったからと慈雨は言う。その代わりをしていたのは父親や姉たちだ、と。まあ、嫌ってはいないから母親のことを理解していたんだろうとは思うが。
「まったく育ててもらってないわけはないでしょう。けど、オレはここ20年近く……柚木たちに会ってさえいなかった」
「それは仕方がないだろ…………そんなこと、柚木たちだって理解しているさ」
 だから文句も言わなかっただろう?
「そうなんだよね……少しくらい、文句があっても良かった」
「ないよ。……言い聞かせたからな」
「何を?」
 はっとため息をついて、慈雨は櫻也を起こさないように静かにベッドに腰掛けると、蔵馬に手を伸ばす。
「蔵馬に会っても、今までいなかったことに文句を言わないこと。何か理由があるはずだから、それをわかってやれない奴に蔵馬に合う資格はない――――ってさ」
「…………まったく」
 呆れた表情をする蔵馬を、慈雨は微かに笑いながら引き寄せた。
「それくらい、柚木も櫻也も理解できる年齢だ」
「柚木と櫻也“は”ね……」
「…………」
 妙な部分にアクセントを置いた蔵馬の言葉に、慈雨は微かに肩を揺らす。
「…………慈雨……だから“連れて来なかった”の?」
「あ~……まあ、うん」
「――――――はあ」
 慈雨の腕の中で蔵馬は頭を抑えた。
 確かに慈雨の行動には賛成するので、蔵馬も強いことは言えない。会いたいが、今の状況では会わないほうがいい。そんなことを思ったのだった。
 蔵馬のため息でそれを悟った慈雨は、軽く蔵馬の背中を叩くと、寝るように促す。
「明日も試合があるんだろ。……さすがにもう寝たほうがいい」
「……そうするよ」
 おとなしくそれに従った蔵馬に再び顔を近づける慈雨。


「悪かった……逃げて。会いたくなかったわけじゃないんだ。ただ、言い訳がつかなかったから――――」


「そう思うんなら、二度とあんなことしないでよ。……嫌な考えに陥るから」
 その嫌な考えを思い出してしまったのか、蔵馬は眉をひそめる。
 それに気付いて慈雨は苦笑しながら、大丈夫だと言うように布団の上から軽く叩いた。
「わかってるさ」
「それなら……いい……」
 そう言ったのを最後に、蔵馬はすっと眠りに落ちていった。
 それをすべて見ていた慈雨は……ぽつりと呟く。


「やっぱり来て良かったよ。……今の蔵馬は心配だ」


 いろんな意味で危険の側にいる蔵馬の、その側に行こうと考えて良かったと、行動して良かったと慈雨は思ったのだった。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子