Raining in the sun shine 1

『………この鏡を使って彼女を助けたい。オレの望みはそれだけだ。それさえかなえれば宝を返してオレは自首する』







「何を考えているんだ、あいつは」
 仲山総合病院の屋上を眺めながら、男がぽつりと呟いた。
 しかしそんな呆れたような言葉とは裏腹に、その表情は安心したような、しかし少し寂しそうでもあった。
「それだけあの『母親』に愛されたんだろうけれど……」
 男はため息しか出せない。
「俺たちのことなんか、まったく頭にないんだろうな」
「そんなことを考えていたら、こんなことはしないだろう」
 男の呟きに答える形で今まで黙っていた別の男が言う。
 その男をちらりと見た、最初に言葉を発した男――慈雨は再び病院の屋上で話をしている蔵馬と浦飯幽助に目を向ける。
(なぜ、こんなことになったんだ?)
 慈雨はふとそんなことを思った。そう思った後で気付く。それは何に対して思ったのか、と。
 蔵馬のこの行動の原因は分かりきっている。ヒトとしての『母親』が死の淵に立っているからだ。ではさらにその原因はと考える。完治の難しい病気のためだ。そしてその病気にかかったのは――あまり使いたくはないが『運命』なのだろうか。それとも、それが彼女の『人生』なのか。
 そこまで考えて、なぜここまで蔵馬は『親』に縁が薄いのだろうと慈雨は思った。妖狐のときもそうだったなと、今は弱い人間の姿をした同胞を見る。
(ま、俺も変わらないけどな)
 そして自身もヒトとして生きなければならなくなり、関わってしまった人物が持ってきた話がもうひとつの――――慈雨たちがここにいる理由。
 そんなことを考えている間に、蔵馬は呼びに来た男性に連れられ、屋上を後にしていた。――――――母親の命が危ないのだろう。

◇◆◇

『大変だー!!!!』


「うるさい、コエンマ」
 いつもいつも厄介ごとが起こる度に呼び出しを食らっているため、今日もそれだろうと軽い気持ちで幻海の寺へと慈雨たちは来ていた。
 そして通信機の電源を入れたと同時に画面いっぱいに顔を映し、大声で叫ぶコエンマに耳をふさぎながら慈雨は文句を言う。
 冷静なその声に落ち着いたのか、叫んで疲れたからなのか、コエンマはガックリとうなだれながら言った。
『闇の三大秘宝が盗まれたんだぁ~』
「――――――だから?」
『取り戻してくれ~』
「なぜ?」
 即答でそう慈雨に言われ、コエンマはがばっと身を起こした。そして見た慈雨たちの表情は「なぜ自分たちが」とはっきり言っていた。
「霊界探偵を任命したんだろ? そいつにやらせれば良いじゃないか」
『…………ニュースソースはどこだ』
「どこだって良いだろ?」
 そのあっさりとした答えに、コエンマは言葉に詰まりながら思う。霊界探偵云々についてはまだ話していなかったため、予想外のことに慈雨たちを動かすのには苦労しそうだと焦った。
『その霊界探偵がまだまだ未熟で、心配なのだ……。だから手助けをだな――――』
「その辺は俺らに関係ない」
 その言葉に唸りながら、最後の手段だとでも言うようにコエンマは慈雨たちを動かすことが出来るだろうとっておきの言葉を言い放った。
『――――――――――――ならば、三大秘宝を盗んだ犯人の中に“蔵馬”がいたとしてもか?』
「――――――なんだと?」
 コエンマのその言葉を慈雨たちが耳にした瞬間、室内の温度が一気に下がった。もちろんコエンマは同じ空間にはいないのだが、それでも影響を受けたように背中がひやりと冷めた。
 内心冷や汗をかきながら、それでもコエンマは何とか言葉を続けた。慈雨よりも冷めた目で見ている後ろの二人に何とか目を向けないようにしながら。
『これが唯一、犯人を映した映像だ』
 そう言って通信画面に小さく映った犯人の内の一人に、二人が反応した。もちろん、コエンマには分からないほど微かにだったが。残った一人はそれに気付いたが、何も言わずにコエンマの次の言葉を待った。
『こやつらが霊界大秘蔵館から闇の三大秘宝――降魔の剣、暗黒鏡、餓鬼玉を盗み出したんだ』
「……あんなもの、平気で飾っていたのか」
 先ほどよりは大分元に戻った慈雨だが、その言葉はやはりコエンマには冷たかった。それにコエンマは心の中で涙を流しながらも言う。
『霊界探偵は最近任命したばかりでな。もともと大した霊力は持っていなかったんだが、ある事情から霊力を持つことになった。しかしどんな力を持つか分からない犯人を逮捕するだけの力は未だない……だからおぬしたちには霊界探偵の補佐をしてもらいたいのだ。場合によっては主導権を取ってもらってかまわん』
「そこまで切羽詰っているのか?」
『……ああ』
 本当は一週間後に父親である閻魔大王が出張から帰ってくるからなどとは言えないコエンマは、それが顔に出ないように必死になりながら言う。
「――――――分かった」
 後ろに一瞬目をやり、慈雨はコエンマに向かってそうはっきりと言った。後ろの二人にも文句はないようだ。そのことにコエンマはほっとしたが、そんなコエンマに慈雨は言った。
「もし、あいつが本当に蔵馬だった場合――――」
『罪を軽くしろと?』
「……犯行理由にもよるけどな。まあ、情状酌量の余地があればもちろんのこと……そうでなくとも、それなりに」
『むっ……………』
「俺たちを使うんだ、それくらいしてもらわなければ――――俺らを動かせないぞ」
『………………分かった』
 長い沈黙の後、コエンマはそう言った。そしてまっすぐ慈雨たちを見て、『頼んだぞ』と言うと通信を切った。
 コエンマに対して、かなり無理を言っていることは理解している。しかしそれでも犯人の一人が蔵馬だった場合、彼女の生命が危険にさらされることが分かっていながら逮捕に協力するわけにはいかないのだ。彼らにとって。
 そんな思いを抱きながら、三人は幻海邸を後にした。





「どう思う。あれが蔵馬だと思うか?」
 長い階段を下りながら、慈雨は同じく隣を歩く同年代の男――寒凪に尋ねた。
「恐らくは、な」
 誰が蔵馬とは言わず、二人は言う。まあ、犯人三人の中で女は一人だけだったからだが。しかしそれよりなにより、二人にはもっと気になることがあった。
「……まさかあいつが蔵馬だったとはなあ…………」
「確かに妖気は感じた、が――」
「蔵馬の妖気とは違ってたからな」
「ああ」
 二人だけにしか分からないような言葉で会話をする。それに対し、もう一人は慈雨と寒凪に目を向けた。それに気付いた慈雨は説明する。
「あの赤い髪の女――蔵馬と思われる人物の着ていた制服。あれは盟王の制服なんだよ、コエンマは知らなかったみたいだけど。しかも、あの子…………盟王一の秀才だ」
「――――なるほどのう」
 自身が盟王高校に通っている慈雨の説明と、同じく無言で頷いていた寒凪にそう答えた人物は、少し考える様子を見せた後に言った。
「ならばとりあえず霊界探偵の様子を見に行く」
「分かった」
「ああ」
 その言葉に慈雨と寒凪はそう返事をした。



 それからすぐに霊界探偵のいると思われる場所に向かった三人は、ぼろぼろになった霊界探偵をぼたんが介抱している所に着いた。気配を消して近付いていたためぼたんが気付くことはなく、そのまま様子を見ることにした。独り言を言っているぼたんの言葉と様子から、出来ることならばあまりかかわりを持たない方が良いと判断したからだ。
 彼らが霊界探偵の自宅へと入って行ったのを確認した後、おもむろに先ほど説明を聞いていた人物が口を開いた。
「慈雨」
「なに?」
「そなたは霊界探偵の様子を見ておれ。恐らくすぐにまた剛鬼に向かっていくじゃろう。必要とあらば助けよ。じゃが、ぎりぎりまで手を出す必要はない」
「了解」
「それから寒凪」
「――――――」
 無言のままの寒凪を、気にもせずに言う。
「あの者が本当に蔵馬であるか、確認せよ。そなたならば分かるじゃろう。それから、現在の状況もな。あの者が人間の生活をしていながら三大秘宝を盗んだ理由が知りたい」
「――――――分かった」
 その言葉に寒凪は頷いた。
 その後すぐに二人分の気配が消える。
 それを確認した後、二人に命令した人物はぽつりと呟いた。
「…………蔵馬は、暗黒鏡を持っておるのではないだろうな。もし、そうであるならば…………」
 そこまで言葉が聞こえた後、すっと気配が消えた。そしてその後には何も残ってはいなかった。

◇◆◇

 それから数日後。
 その間に剛鬼は霊界探偵により逮捕され、そして今日は満月の晩――――暗黒鏡が最大の魔力を発する日。
 この数日の間に、寒凪の調べによって犯人の中の一人は確かに蔵馬だということが確認された。そして、現在の生活環境も調べられた。母親が病気で入院していることも……。しかし妖狐時代の蔵馬しか知らない三人は、それが三大秘宝を盗んだ理由だとは分からなかった。そして母親のためだと言うことを知って、安心したのは言うまでもない。
 慈雨たちの見つめる先――病院の屋上では先ほど戻ってきた蔵馬と霊界探偵の浦飯幽助が暗黒鏡に向かっていた。
『願いがかなうと同時に命を奪われてしまう魔の鏡。暗黒鏡と呼ばれ、持ち主が転々と変わるゆえんさ』
 聞こえる蔵馬の言葉に、慈雨たちは表情を険しくした。分かっていたことだが……それでも納得できるものではない。
「『母親』を助けるのは良いけどな……だからって自分の生命を捨ててどうするんだよ……!!!」
 そう言って、願いを口にする蔵馬のいる病院の屋上へ飛び出そうとした慈雨を、慈雨に霊界探偵の様子を見ているよう指示した人物――喜雨が止めた。
「待つのじゃ、慈雨」
「何でだよ!!」
 振り返り、慈雨は叫ぶ。
「蔵馬が死んでも良いって言うのかよ、姉貴!!」
「そこまで言ってはおらぬ」
 慈雨に姉貴、と呼ばれた喜雨は、表情を変えずに言う。
「じゃが、ここで我らが出て行くわけにはいかぬ――――」
「だけど、それじゃあ蔵馬が死んじまう!!」
「分かっておる!」
「…………姉貴」
 滅多に叫ぶことなどない喜雨の様子に、喜雨は黙った。そこまでしてしまった喜雨の表情を見た喜雨は、言葉が出なかった。今まで見たことのない表情を姉がしていたからだ。
 その慈雨の後ろでは今まさに蔵馬の生命が奪われようとしている。
 そんな時――――――


『な、なにをする!?』


 急に聞こえた蔵馬の叫び声に、三人ははっとして病院の屋上を見る。するとそこには蔵馬と同じように暗黒鏡に手をかざす幽助がいた。


『おい、鏡!! オレの命を少し分けてやる!! そうすればこいつの命全部とらなくても願いはかなうだろ!!』


「――――――何を考えているんだ、あの人間は」
 ぼそりと、今まで黙っていた寒凪の言葉は、偶然にも蔵馬の言葉と同じだった。
 何も言わなかったが、慈雨や喜雨も、同じ想いだった。さすがにその理由まで三人は頭が回らなかったようだが。
 しかしその後に続いた幽助の言葉に、三人は目を見張る。
『母親が自分のことで泣いてんの見たことあっか? あんなにバツのワリーもんはねーぜ!!』
「…………あのもの……いくつじゃ?」
「確か、中二」
「その若さでようあのような言葉が出てくるのう」
 感心したように喜雨が呟いた時、暗黒鏡が光を放った。
 一瞬、屋上が見えなくなる。
「どうなった!?」
 慈雨が叫んだとき、光が消えて屋上には蔵馬と幽助が倒れていた。
「…………」
 その光景に息を呑んだ三人だが、微かに蔵馬が動いたのを見逃さなかった。そして起き上がって母親の病室に走って行った蔵馬を見て三人は胸をなでおろした。
「……霊界探偵も無事のようじゃ」
「あ、ほんとだ」
「――――――」
 喜雨の言葉に慈雨と寒凪が幽助に目を向けると、起き上がって暗黒鏡を回収したところだった。どうやら、どちらも命を取られることはなかったようだ。どこかに異常がある様子もない。
 そのうち幽助も屋上から去った。そこで初めて慈雨と寒凪は、どちらからともなく今まで緊張していた体から力を抜いた。
 そんな二人に反し、喜雨だけは表情を和らげることはなかった。それどころか、その喜雨の言葉に二人は表情を厳しくした。




「残りは――――降魔の剣」

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子