Raining in the sun shine 2

 慈雨が霊界探偵につき、寒凪が調べたことから三人は「降魔の剣」を持つ飛影という妖怪が一番厄介だと言う判断を下した。
「だけどな~。どんな妖怪か俺ら知らないからなあ……手の出しようがない」
「――――――」
 真っ青な空が頭上に広がっている盟王高校の屋上。
 そこに今、慈雨と寒凪はいた。
 昨晩は暗黒鏡が取り戻され、今日蔵馬は学校を休んでいた。恐らく霊界の取調べを受けているためだろう。蔵馬に抵抗する気などないのだから、心配する必要もないのだろうが、それでも『霊界の妖怪への取調べ』と聞くとあまり良い気がしない慈雨と寒凪だった。コエンマに約束させたことがあるとしても。しかし、二人はただ結果を待つしか出来ない状況だ。
 現在慈雨、喜雨、寒凪の三人は、蔵馬の取調べから得られるであろう『飛影』と言う妖怪の情報待ちで、コエンマから連絡が入るはずだった。
「もうそろそろ、情報は来るだろう」
「まあな。……蔵馬の取調べがそんなにかかるとも思えないし」
 今の蔵馬なら、霊界も話を聞きだすのは苦もないだろう。結構あいつも協力的だし。
 そう言うと、慈雨はもたれていたフェンスから背を離す。
 それに倣うかのように寒凪も腰を上げた。
 ちょうどその時予鈴が鳴る。
「じゃあ、また後でな」
「ああ」
 屋上から室内へ入り、そこから目的の階まで降りてくると、慈雨の言葉に寒凪がそう返し、所属しているクラスの違う二人はその場でおのおの別の教室に向かうために別れた。










“慈雨!!”
「姉貴?」
「――――藤見? どうかしたのか?」
 帰り支度をしていると、急に精神感応(テレパシー)で名を呼ばれたため、いつもの癖で慈雨は口に出して答えてしまった。しかしここは教室で、残っていた生徒もいたためにその声を聞かれてしまった。
「あ、いや……なんでもない」
「そうか?」
 少し不思議に思われたようだが、何とか誤魔化せたようで、それ以上は何も言われることなく声をかけたクラスメイトは帰っていった。
『何だよ、姉貴!』
 自分のせいではあるが、それでも少しは責めても罰は当たらないだろうと語調を強めて問いかける。
“飛影が動き出したようじゃ”
『はあ!?』
“霊界案内人に精神感応で伝えてきおった。霊界探偵の幼馴染をさらったと。返して欲しくば餓鬼玉、暗黒鏡を持って来るようにと”
『あいつ、一般人まで巻き込んだのか!』
 慈雨の叫びに対し、喜雨は冷静に言う。
“寒凪と共に向かうのじゃ。我もすぐに行く”
『了解!』
 そう言うと慈雨は急いで帰り支度を済ませ、教室を出た。今の時間であれば寒凪は既に教室を出ていると考えた慈雨は、まっすぐ下駄箱へと向かう。
 案の定寒凪は靴を出しているところだった。
「っ…………俊哉!!」
 つい本当の名前で呼ぼうとして、ここは学校だと言うことを思い出した慈雨は慌てて寒凪の人間としての名前を呼ぶ。
 名前を呼ばれた寒凪は、顔を上げて慌てている慈雨を見、眉を寄せる。しかし、何か慈雨が慌てなければいけないことがあったと分かるのか、ばたばたと靴を出している慈雨を黙って待っていた。
 そして何も言わずに校門へと足早に向かう慈雨に付いて行く。
 それからいくらか歩いた後。既に学校が見えなくなったところでようやく慈雨は口を開いた。
 もちろん周りに知り合いがいないことを確認し、さらに念のために小さな声で。
「姉貴から連絡があった。飛影が霊界探偵の幼馴染を連れ去ったらしい」
「――――それで?」
「餓鬼玉と暗黒鏡との引き換えだそうだ。これから指定場所に向かう。姉貴も向かってる」
「分かった」
 短い会話を交わす間も歩く速度を緩めることなく進む。まだ周りには人が多く、目的の場所へ急ぐことが出来ない。そうでなければ屋根の上を通ってでも向かっていた。それが出来ないことに内心イラつきながらも、それは決して表に出すことはなくただ黙々と二人は歩いた。
「喜雨は、俺たちがそこへ行ったらどうしろと?」
 今焦っても仕方がないと、寒凪は慈雨にそう問う。そう聞かれて、はたと気付く。
「……やべ、ただ行けってことしか言わなかったぞ、姉貴のやつ」
「――――――あえて言わなくても良いことだったと考えられるんじゃないのか?」
「……だとすると、様子を伺ってるだけで良いのか?」
「そうとしか考えられないだろう?」
「…………まあ、まずいことになったら出て行けば良いか」
「そうだな」
 そう寒凪が言うと、ちょうど人がいないところまで来たために、二人はスピードを上げる。





「……姉貴はもう着いたかな」
「どこにいたかにもよるが――――家にいたのであればもう着いてるだろうな」
「だよな……」
 そんな会話をしている間にようやく目的地まで着いた。既に日は暮れかけ、倉庫の中からは微かに霊力がもれている。
「……間に合ったのか?」
「――――――」
 そう慈雨が呟いたとき、上から声が降ってきた。
「今、霊界探偵が飛影を相手にしておるところじゃ」
「…姉貴」
 慈雨と寒凪が声のした方を見上げると、倉庫の屋根の上に喜雨が座っていた。
 その目は霊力がもれている倉庫の小さな窓へと向けられていた。
「だが、この霊力はあの霊界探偵のものとは違うようだが?」
 一息に喜雨の側へと飛び上がった寒凪はそう言う。
「ほんとだ……これは霊界案内人の霊力じゃないのか?」
 同じように寒凪とは喜雨をはさんで反対側へと来た慈雨は、漏れる霊力の質を感じ取って言う。
「飛影という妖怪、邪眼師じゃった」
「なんだって!?」
「――――それで?」
 慈雨が驚きの声を上げ、寒凪が喜雨に続きを促す。
「あの霊界探偵の幼馴染を妖怪へと変えようとしておる。今は霊界案内人が何とかとどめておるが……時間の問題じゃ」
「姉貴! なら――――」
「――――それでもまだ見ているつもりか?」
「寒凪……」
 喜雨の冷静な言葉に、文句を言おうとした慈雨を止め、寒凪は静かに問う。
「コエンマから連絡が入った。蔵馬をこちらへ遣っているそうじゃ」
「もし、間に合わなかったら?」
「それは考えられぬが……もしそうなったならば手を出す」
「そうか――――――」
「…………」
 ただまっすぐ倉庫内を見ている喜雨に、寒凪と慈雨はそれ以上文句を言うことも出来なかった。
 そうこうしている内に、急に飛影の妖気の放出量が増えた。
「なっ……」
「妖気の量が――――」
「……これがあの者の本当の力か?」
 人間界で感じるにはあまりにも禍々しい妖気の量に、慈雨たちは困惑した。
「なんだってこんな奴が人間界にいるんだ……?」
「それよりも――――霊界の怠慢だな」
「まあ、前科がないのであればそう取り締まりも出来ぬだろうが……」
「だが、もう少し力を入れるべきだろう。人間に被害が出ている」
「そうじゃな…………ん?」
「どうした、姉貴?」
 会話の途中で何かに気付いたように顔を上げた喜雨に、慈雨は尋ねた。


「ようやく到着したようじゃ」


「は?」
 慈雨の疑問には答えずに、喜雨はその場に立ち上がり、久しぶりに力を使う。
「わっ!!」
「――――」
 慈雨と寒凪それぞれの反応をして、目を見張り、足元を見る。そこには黒い空間が迫ってきていた。
 その瞬間、足元から真っ黒な“もの”が出て来て三人を覆い、別空間へと引きずり込んだ。
「…………姉貴、力使うんなら前もって言ってくれ」
 そう文句を言う慈雨は喜雨の作り出した空間の中に浮いていた。
 しかしそれは寒凪も、そして喜雨自身も同じ。慈雨の文句に表情ひとつ変えずに喜雨は傍らを指差す。するとその部分が光り、外の様子を映し出した。
『ヤツめ…とうとう正体を現したな…』
「あ、蔵馬」
 そこに映った蔵馬の姿に慈雨は声を上げた。
「到着したと言うのは蔵馬のことだったんだな」
「そうじゃ……いくら気配を消していても、蔵馬なら気付いてしまう可能性があるからのう」
「…………そう言うことか」
 それでこの状況かと納得した声で慈雨は言う。その視線の先の蔵馬は、妖気が放出されている倉庫の中へと走って行くところだった。
「蔵馬なら、大丈夫だな」
「――――――妖狐のときならな」
「今は少々力が足りぬ……まあ、それでも何とかするじゃろうが……」
「おい」
 喜雨と寒凪、二人の言葉に慈雨は青筋を立てた。それに気付きながらも二人は無視を決め込んで様子を伺っている。
 傍らに映された映像は、蔵馬の後を追っていた。
 それを一瞬、慈雨は目を離した。
『く、蔵馬貴様!? どういうことだ!?』
 鈍い音が聞こえたかと思って慈雨が再び映像に目を向けると同時に飛影が叫んだ。
「蔵馬!?」
 そこには腹を降魔の剣に貫かれた蔵馬の姿があった。
「っ……」
「――――」
 慈雨と寒凪が息を呑んでいると、蔵馬は流れ出た血を飛影の額の目に向かってかけた。
『う!! 血を!?』
「…………何やってんだよ」
 蔵馬の行動に、口ではそういいながらも慈雨は納得したようだ。しかし、それでも表情は硬かった。
「理由は分かるけど……もっと別の方法を考えろよ」
「一番手っ取り早い方法だったんだろうな」
「蔵馬も妖怪じゃ、それほど心配は要らぬであろう」
「…………それでも心配なんだよ」
「分かっておる」
 そんな会話を繰り広げていると、倉庫の中では先ほどとは比べ物にならない霊力を発する幽助の姿があった。
「ほう……危機が訪れるたびに霊力が増えておる…………面白いのう」
「だが、それだけで奴を倒せるとは思えない」
 楽しそうに言う喜雨に、寒凪は反論した。それに頷きながら喜雨は言った。
「むろん……そのようなことは分かっておる。……じゃが、ほれ、何か思いついたようじゃ」
「――――」
「ああ、もう霊力残ってないな」
 映像に目を向けると、ちょうど幽助が霊丸を打ち、横へと移動していた。
「?? 何やってるんだ?」
「よう見ておれ」
 喜雨の言葉に目を凝らしてみていると、急に飛影が背後から攻撃を受けた。
「…………霊丸?」
『あ、暗黒鏡!?』
 背後を振り向いた飛影のその言葉に、慈雨と寒凪は納得したように声を上げた。
「ああ、なる程……」
「反射を利用したのか」
「それにしてもよく反射したよな……霊気って、反射するもんなんだな」
 のんびりとした声に喜雨は微かに笑う。さっきまでの張り詰めた空気が一変していた。
(相変わらずじゃ)
 二人の様子に内心でほっとし、喜雨は思う。
(これで解決じゃな。それならば……はよう蔵馬に我らのことを知らせたいが……。まだ、蔵馬の処遇が決まっておらぬうちは、我らのことは知られぬほうがよかろう……)
 そんなことを喜雨が考えている間に倉庫内では飛影が倒れ、幽助が蔵馬たちの元へと向かっていた。
「霊界探偵の幼馴染も無事のようじゃ」
「…………蔵馬の怪我が一番酷いけどな」
「命に別状はないだろうからまだマシだろう?」
「そうだけどな……」
 納得いかないという雰囲気の声音で慈雨は言う。内心では同じことを考えているだろう喜雨と寒凪だが、外にはまったく出さなかった。
「今は見逃すのじゃ、慈雨」
「…………あとで文句でも言うか?」
「時期を見てな」
「…………なら、いい」
 はっとため息をついて、一応慈雨は納得したようだった。
 そんなやり取りの間に、倉庫から皆出て行った。そして辺りからも誰の気配もなくなってから、喜雨は再び力を使う。すると今度は先ほどとは反対に、倉庫の屋根の上に三人の姿が現れた。
「…………それで、これからどうするんだ? 一応三大秘宝は取り戻されたから、終わりなんだろうけど」
「――――」
「……そうじゃな。一応、終わりじゃ」
 『一応』にアクセントを置いて喜雨は言う。それに慈雨と寒凪は黙って視線を合わせた。そんな二人に対し、喜雨はさらに続けた。
「蔵馬の裁判待ちじゃ。蔵馬の裁判の判決が下ってから決める」
「――――それから蔵馬に俺たちのことを知らせるか判断するのか?」
「そうじゃ……必要であれば、の話じゃが……恐らく話すことになるじゃろうな」
「……それまでは今までどおりってことか」
「そうじゃ」


「――――分かった」


 喜雨の言葉に、二人は頷きながら声をそろえて言った。

– CONTINUE –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子