Raining in the sun shine 3
蔵馬の裁判は、もちろんのこと長くかかった。
いくら情状酌量の余地があるとはいえ、そしてコエンマが(脅されて)努力しているとはいえ、そう簡単に結審出来るわけがない。
だが、そうだからと言って納得できるものではない。
――――――特に慈雨は。
慈雨、寒凪、喜雨の中で、慈雨が一番感情を表に出す。それがここにきて一番目だっているだけで、決して他の二人が蔵馬のことを考えていないわけではないが。
内心で、喜雨も寒凪も、いらいらしていることだろう。
毎日、今か今かと待っているが結果が出ない。
そんな中でも蔵馬は学校に来ている。
クラスが違うために、顔を見ることは出来ない。ただ妖気を感じるか、その姿を遠くから見ることでしか確認できない。
その状況が、さらに慈雨のイライラを増していることを寒凪は分かっていた。
慈雨と寒凪のクラスも違うため、昼休みに会うときなどにそれを抑えるよう言うのも既に何度となくしていた。
それでも収まることはなく。
寒凪は、喜雨にこのことを話すべきか悩んでいた。
「いい加減にしないか、慈雨」
「無理だ」
「――――――」
そんな会話が飛び交うここは盟王の屋上。天気は晴天。
いつものように、昼休みになると慈雨と寒凪は来た。
約束はしていなかったが、お互いなんとなく来てしまう。
理由は……ある意味暇だからだろう。
心中は忙しかったが。
三大秘宝盗難事件が解決してからほぼ半月。
まったく連絡がない現状に、さすがに寒凪自身気になっているが、表に出すことはなかった。
そんな寒凪の性質を分かっている慈雨であるが、さすがに今はそれすら気に障るようだ。
「大体、何でお前はそんなに冷静でいられるんだよ……」
「――――蔵馬は情状酌量の余地があるとコエンマも言っていただろう。何より、あれだけ脅しておいてそう簡単に重い刑を科せるわけがない。――――コエンマも、喜雨は恐ろしいだろうからな」
「そりゃあなあ……姉貴の恐ろしさは……」
全てを言わず、慈雨は口をつぐんだ。
しかしそれでも不満そうだ。
「蔵馬を心配していないわけじゃなぞ」
「当たり前だ……お前があいつを心配しない方がおかしい」
「蔵馬は変わりなく登校している。もう少し、待ってみるべきだろう」
「分かってはいるんだけどな……」
慈雨はフェンスに寄りかかり、ぼそりと言う。
そんな慈雨に肩をすくめ、寒凪も慈雨のようにフェンスに寄りかかって言う。
「慈雨、お前の気持ちも分からなくはない。だが、今俺たちに出来ることは待つことだけだ」
「…………ああ」
分かってる。
右手で髪をくしゃりとかきあげながら、慈雨は言う。
それに、ようやく納得したかと寒凪がため息をついたとき、慈雨はしかしこぶしを握って力いっぱい叫んだ。
「でも、俺がこんなに心配するのも情報がまったく入らないからだ!!」
「――――――慈雨」
先ほどとは違う、またかと言うような雰囲気のため息をついた寒凪は、何度目か分からない慈雨の主張を聞くことになる。
「大体あのばばあ、何でこの時期に弟子の選考会なんてやりやがる!!」
コエンマと直接連絡取れないじゃないか!!
ちなみにここは高校の屋上である。
いくら屋上でも、叫べば周りに聞こえる可能性は大いにある。
しかも今日は蔵馬も登校している。
耳の良い蔵馬に聞こえたらどうするのだろうと、普通は思う。
が、しかし一応そんなときのために、寒凪は簡単な結界を張っていた。
これで周りには一切声は漏れないし、屋上に二人がいるということも分からない。
――――――ちなみにこれを指示したのは喜雨だ。
こういうこともあるかもしれないと、寒凪に言った喜雨の予想は当たっていて、さすが慈雨の姉だと寒凪は内心喜雨に拍手を送っていた。
だが、それでもこのまま放っておいても困るのは寒凪自身だ。
――――――寒凪も(慈雨もだが)、蔵馬と同じように耳が良い。
それはそうだ、人間ではないのだから。
耳をふさぎたいが、なんとかそれをせずに寒凪は言う。
「仕方がないだろう。幻海には死期が迫ってきているんだからな。――――――それより、ばばあとは違うんじゃないのか?」
確かに見た目はばばあだが、俺たちより年下だぞ。
そう、呆れた表情を見せる寒凪に、慈雨は言い返す。
「あいつはばばあで良いんだよ。つか、あいつがそんなに簡単にくたばるもんか」
そうさらりと言った慈雨も、実際は幻海が弟子を取る理由がちゃんと分かっていた。
妖怪である慈雨たちにとって幻海の年齢などまだまだ子供だが、人間にとってはそろそろ……と考えてもおかしくはない。
そんな中、幻海の習得した力を幻海だけのものにするには惜しい。
伝えられるものであれば後世に伝えた方が良いと、慈雨たちも考えていた。
しかし、今でなくても良いだろうと慈雨は思っている。――――弟子を一人前にするのには時間がかかることを承知の上で。
「せめて蔵馬の裁判が終わるまで待てよ……」
「――――――」
慈雨の言葉に寒凪は呆れてものが言えない。
確かに幻海が弟子を取ったことで、幻海の寺に行くことが出来ないでいる。
それが普通の霊力を持った人間であれば、遠慮などせずに尋ねていただろう。
しかし幻海が取った弟子は霊界探偵だと聞かされた。
それが決まったとき、コエンマから霊界探偵の前に出るなと言われ、また喜雨も出ないほうが良いだろうと判断した。
そうすると、自然、ここ半月ほど幻海の寺に行けなくなる。そしてそこを通してコエンマと連絡を取り合っていたため……その連絡が取れず、裁判の進行状況がまったく分からないという事態に陥ってしまったのだ。
さすがに現在の状況だけでも知ろうと、午後から喜雨が霊界へ向かうことになっている。
そして喜雨が持ち帰ってくる状況を聞くために、慈雨たちは帰りに喜雨の家へ寄ることになっていた。
それが分かっていながら、慈雨から文句が出るのはそれまで待てないからだ。
「姉貴、どうだった!?」
喜雨が壁を通り抜けて自室に入ってくると、待ってましたとばかりに目の前に慈雨が立ちはだかる。
そんな慈雨を見て、喜雨は一瞬後退りしようとした。
しかし、何とかそれをこらえ、代わりにため息をつく。
そして慈雨を無視してベッドで横になっている自身の体の中へ入った。
「姉貴」
「…………我が部屋で待っておらずとも良かろうに……」
「早くどうだったか聞きたいんだよ」
「それでもじゃ……」
「ちなみに勝手に入ったわけじゃないからな。ちゃんと祖母さんには許可を貰った」
「…………寒凪」
なぜ、止めなかった。
そう喜雨が部屋の入り口付近に腰を下ろしている寒凪に問うと、寒凪は小さくため息をついて言う。
「止めたさ。それを聞かなかったのは慈雨だ」
「…………」
予想していた答えに、喜雨は何も言えない。
ここまで予想していた通りに動く慈雨に喜雨は頭痛がするような気がした。
これで自分の実弟だと言うのだから、世の中おかしいのではないかとの喜雨の感想はあながち間違っていないのかもしれない。
そんなことを思いながら慈雨を見上げると、まだかまだかと待っている。
それに、もう何を言っても無駄だと判断した喜雨は布団から抜け出し、あっさりとした作りの部屋の、カーペットの敷かれた床に座った。
「とりあえず、そこに座るのじゃ。寒凪も側に寄れ」
喜雨の言葉に慈雨と寒凪は従う。
ようやく待ち望んだことが話されるのだ。もし従わなければ報告してもらえないと言う気もしていたから、慈雨たちは静かに喜雨の言葉を待つ。
そんな二人の反応に、喜雨は内心ため息をつく。
どうもこの二人は蔵馬のことになると我を忘れる。
――――――その理由を、喜雨は知っている。そして、恐らく自分もそうなのだろうと思っている。それぞれ、そうある理由は違っているが。
今はそんな彼ら二人のためにも、そして自身のためにも、彼らに自分と同じ情報を与えておくべきだと思った。
「蔵馬は――――この先霊界探偵に協力することで免罪が可能と言うことになった」
その言葉に、二人はほっとした様子を見せたが、ふと寒凪は気付く。自分のその考えが正しいかどうか喜雨に尋ねようとして彼女を見ると、その表情を見てそれが正しかったことを知る。
「――――――つまり、まだどうなるか分からないと? 蔵馬の今後次第では、極刑の可能性もある――――と?」
「なっ!?」
寒凪のこの発言に驚き、慈雨は彼を見た。その表情は真剣で。喜雨に確認を取る言葉ではあったが、恐らく寒凪は自分の言葉に確信を持っているのだろう。
「そうなのか、姉貴?」
慈雨も喜雨を見、寒凪の言葉に間違いがないことを喜雨の表情から知る。
「…………そう言うことじゃ」
「何でそうなるんだよ!」
「……蔵馬は改心しておるし、捜査にも協力的だっために反抗するとは考えられぬ……だからそんな中途半端な判決でも良しとしたのじゃろう」
「…………そりゃあ、今の蔵馬が霊界に対して反抗するとは考えられないけど」
「――――きちんとした判決が欲しかったものだな」
「同感」
「…………」
慈雨と寒凪、二人の言葉は喜雨が霊界から帰って来る間中感じていたことだ。
なぜ、霊界ははっきりした結論を出さなかったのか。
『霊界探偵に協力すれば免罪が可能』ではなく『刑は霊界探偵に協力すること』で良かったのではないか。
そんな判断を下した霊界の考えに、喜雨は歯噛みした。
何を考えているのか。
何が不安なのか。
何を恐れているのか。
何を、何を。
奴らは何故、そんなにも蔵馬に対して負の感情を持つのだ。
そんなことの繰り返しの中、喜雨は帰って来た。
そしてこのことを慈雨たちに伝え、同じ反応が返ってきたのを見て喜雨は安心したのだ。
――――自分だけの感情ではなかったことに。
「で、……それだけ?」
「……否。飛影も蔵馬と同じじゃ」
「ってことは、あいつ蔵馬と“一緒に”霊界探偵に協力するって事か……」
「そう言うことじゃな」
『一緒に』のところを強調した慈雨の声音は少し不満そうだった。その理由が分かる喜雨は微かな笑いをこらえようとしている。もちろん、その側では寒凪も同じような反応を見せたが……。それでもふと疑問に思うことがあって、寒凪は喜雨に尋ねる。
「よく飛影がそれを了承したな」
「……受け入れぬであれば、それなりの刑に服してもらうとコエンマが言ったそうじゃ。蔵馬もそれに加勢したらしいが……」
肩をすくめて言う喜雨の言葉に、慈雨と寒凪は寒気を覚えた。
「それは――――――」
「飛影も恐ろしかっただろうなぁ……なんせ蔵馬の脅し方は姉貴直伝だから――――」
「…………慈雨、そなたにも同じ事をしてやろうか?」
「え、遠慮しとく……」
喜雨の低い……低い声に慈雨は慌てた。
喜雨を怒らせるな。それが自分たちの中での決まりだ。どんな事が原因で喜雨が怒るかは長い付き合いでもまだ完璧に把握できていない。だからこそ喜雨に対する言動には注意していたはずなのに。それをすっかり忘れていた慈雨は、姉にそんな言葉でしか自分の意見を言えなかった。
一方、その傍らで寒凪は内心冷や汗を流しながら聞いていた。寒凪は、恐らく自分の考えを口に出して言っていたら、慈雨と同じような状態に陥っていただろうと予想出来た。
口にしなくて良かった、と思っていた寒凪を、慈雨は横目で睨んでいた。
「まあ、それは冗談としてじゃ」
「……………………姉貴…」
「文句があるのならば聞かずとも良いのじゃぞ」
そなたたちが一番望んだものを申そうとしたのに。
「言ってくれ!!」
喜雨の言葉を聞いた瞬間、慈雨は身を乗り出して叫んだ。寒凪も、叫ぶまではしなかったが何か期待を込めた目で見ていた。
もちろんどんな内容なのか二人が分かっているわけでもないのだが、それでも喜雨が「一番望んだもの」というからには、本当にそういうものなのだろうと思える。
その辺りに関して、喜雨が嘘をつくことは決してないことを二人は知っていたから……条件反射のようなものだ、二人の反応は。
そんな二人を見る喜雨の目は優しげだ。
「蔵馬に我らのことを話しても良いと判断した。数日のうちに蔵馬と接触し、我らのことを伝えるのじゃ」
そなたたちならば機会はいくらでもあるじゃろう?
その喜雨の言葉に慈雨は表に出して、寒凪は内心でガッツポーズをする。
しかしすぐに二人ともはたと気づいて喜雨を見た。
「……何で姉貴がいないときに……?」
その問いに、喜雨は何かを企んでいる表情を見せて頷く。
「そのほうが、後々面白いじゃろう?」
その言葉を聞いた二人は昔から考えればずいぶんと低い身長の喜雨を見ながら、『後々』に蔵馬が喜雨と会った時の様子がありありと思い浮かべることが出来、内心で蔵馬に励ましの言葉を送る。――――少々、気が早かったが。
– CONTINUE –