Raining in the sun shine 4
翌日には早速蔵馬を呼び出して、自分たちの存在を明らかにすることにした慈雨と寒凪。
慈雨はようやく、とほっとした様子を見せた。
表面上はいつも冷静さを忘れない寒凪も、慈雨と同じように考えていることが感じられ、喜雨は内心で笑う。
そんな二人にさらに言う。
「霊界探偵の修行も一旦終わったようじゃ――――」
それを聞いた慈雨は、ぴくりとこめかみを振るわせる。
「じゃあ、直接俺らが行っても良かったってことじゃあ……?」
――――――
「まあ……今日からであればそういうことじゃな」
今朝早くに帰っていったそうじゃから。
その言葉に、慈雨はガックリと肩を落とす。寒凪も表に出していないが、似たようなものだろう。
――――それならば、学校が終わってからすぐに行って、直接コエンマから聞いた。
そう言いたそうだ。
「結局、知ることが出来たのだから良いではないか」
喜雨は言うが、納得出来ていないだろう雰囲気の二人。
その雰囲気のまま、二人は喜雨の自宅を後にした。
◇◆◇
そんなことがあったのは昨日。
今日も晴れたために昼休みは二人とも学校の屋上へ来ていた。
昨日決めた通り、蔵馬に自分たちの存在を知らせようと考えている。
しかし、盟王での蔵馬はかなりの有名人だ。
いつも学年トップの成績を維持し、しかもかなりの美人。性格は良い――――と言われている。そうなれば、慈雨たちが彼女を呼び出すのは目立ちすぎる。
――――実際は、慈雨や寒凪も有名人なのだが……本人たちはそのことをまったく知らない。
そんなわけで、どうやって呼び出すことが目立たないことなのかを考えることがまず先だった。
だが、そうそう考えが浮かんでくるはずもなく。
「寒凪が精神感応(テレパシー)で呼びかければ……」
「――――無理だな。あれは普通の精神感応とは違う。今の俺たちでは――――と言うより、一度蔵馬に俺を俺だと認識させなければ出来ない」
「……分かってるさ。言ってみただけだ」
そして、普通の精神感応は諸々の事情から出来ない状況だった。
良く分かっていたことだが、残念なことに変わりはない。
それが出来れば、ここで今悩んでいることなどないのだから。
「普通の奴を使うには……封印を解くしかないんだろ……」
「そうだな」
「…………後で姉貴がうるさそうだな……」
脱力して言う慈雨の表情は、それが一番問題だと言っている。
「仕方がない。――が、封印を解くならばそのまま俺たちの位置を蔵馬に知らせたほうが早いな」
「…………そうだよな……」
「ああ。いずれにしても、今の俺たちでは無理だな」
そう言うと、寒凪は腰を上げる。
「あ? 今からするのか?」
寒凪はそんな慈雨の言葉に肩をすくめた。
「いや、放課後にする。――――今はもう時間がない」
「は?」
目を丸くする慈雨は、寒凪の言った意味が分かっていないようだ。
それに内心で呆れつつ、寒凪は屋上の入り口に向かいながら言う。
「もう昼休みは終わる」
「…………あ」
ようやく寒凪の言ったことが理解できた慈雨は、慌てて寒凪の後を追う。
その時には既に、寒凪は屋上を後にしていたが。
「!?」
放課後、帰り支度をしていた蔵馬は学校の敷地内に妖気を感じて動かしていた手を止めた。
今までにない大きさの妖気を感じるのは学校の屋上。
殺気は感じないが、そんなところに侵入されるまで気付かなかった自分に歯噛みする。
自身の縄張りとしているだけに、もしここにいる人間に危害が加えられるようなことがあったら……。
そう思うとその妖気を放っておくわけにもいかず、蔵馬は荷物を手早くまとめると、周囲に気付かれないよう屋上へと向かう。
その途中、どこかで感じたことのある妖気だと思ったが、それがどこでのことなのか蔵馬には思い出せなかった。
小さな音を立てて、屋上への扉は開いた。
静かに蔵馬は歩を進める。
気配を殺すことはしなかった。そんなことをしても無駄だと思ったからだ。
教室で感じた妖気は、間違いなく自分を呼んでいる。そうでなければ人間を傷つける気がないく、こんなところにいる理由はないだろう。
だが、気を抜くことはしない。
相手が何を考えているか分からないからだ。
注意しながら屋上へと出る。
しかしそこには誰もいなかった。
気配も感じない。
だがここから妖気が感じられたのは確かであるし、ここに来る間もそれを感じ、移動した様子もなかった。決して妖気の主がどこかへ行ったとは考えられなかった。
「どこだ……」
無意識のうちに小さく蔵馬は呟く。
「こっちだよ」
蔵馬の呟きに答えるような形で言われた言葉に蔵馬は驚いて、声のした方を振り返る。
小さな、本当に小さな呟きが、誰かに聞かれるとは思ってもみなかった。
「えっ……?」
蔵馬が振り返った先には、屋上への入り口の屋根の上に座った盟王の男子生徒の制服を着た……人間。
妖気はまったく感じられない。
だからと言って、安心することは出来ない……が、見知った顔に眉を寄せる。
「藤見君……?」
その蔵馬の言葉に、藤見は目を見張った。
「……俺のこと知ってるんだな、南野さん」
今の蔵馬の言葉に合わせるように蔵馬の人間名を藤見は言う。
まさかその名前を蔵馬が知っているとはは思わなかった。
「……有名だからね」
――――――
「…………はあ?」
警戒心を解かない蔵馬の言葉に気付いていないのか気にしていないのか、は驚いたように声を上げた。
そんな、警戒心のかけらもない反応に、今度は蔵馬の方が驚いてしまう。もちろんそれを表に出すことはしないが……先ほど蔵馬の呟きに答えたのだから、蔵馬がここへ来た理由は分かっているはず。なのにこの態度。驚くを通り越して呆れさえする。
そんな蔵馬の気持ちが分かったのか、単に勘なのか、は頬をかきつつ言う。
「まあ、そのことは良いとして……やっぱ分からないか」
「――――――」
の言葉の意味が分からず、蔵馬は沈黙した。
そんな反応を見て、は肩をすくめて言う。
「この姿では初めまして。そして久しぶり――――――――――――蔵馬」
「!!!!!」
の言葉に、今度は蔵馬が目を見張る。
「なぜ、その名を……」
一見、普通の人間にしか見えない同学年の男子生徒の言葉に蔵馬は驚くしか出来なかった。
そして警戒をさらに強める。
感じる力はそれほどでもない。それならば負けるとは思わないが、それでも相手は人間。ようやく三大秘宝盗難時の刑が決まった蔵馬に、騒ぎを起こすことはためらわれた。
それで困るのは結局のところ蔵馬自身だからだ。
そんな蔵馬の様子に、はため息をつきつつ言う。
「やっぱりこの姿じゃ無理だったなぁ……力もないし」
そう言うと、は屋根の上から軽く飛び降り、蔵馬の目の前に立つ。
さらに警戒を強くする蔵馬に苦笑しつつ、は続けた。
「でも、これなら分かるだろう?」
そしては右手で左の手首を掴み、力を込める。
その様子を蔵馬は警戒しながら見ていた。
するとどこかで小さく金属のあわさる音が聞こえた。
その音には、確かに聞き覚えがあった。
それがいつのことなのか、蔵馬は分からずにこめかみに手をやる。
がもう片方にも同じように手をかけると頭痛がしてきた。
そして――――――
カラン
その音が聞こえ、蔵馬がに目を向けると、ここへ来る原因となった妖気とは別の、しかし良く知った妖気をまとっていた。
それは……
「慈雨……」
そう呟いた蔵馬に、――慈雨は昔と変わらない笑顔を見せる。
「どう…して……?」
いろいろな感情が込められているであろうその言葉に、慈雨は少し困ったように言う。
「それは……まあ、色々理由があってさ……」
その辺りのことははっきり言えない慈雨だった。
説明が下手なこともあるのだが、どの辺りまで言っていいものか判断が付かなかったと言うのもある。自分たちの存在を知らせることだけは許可が下りていたが……。
そんな慈雨の言葉を不思議に思いながらも、蔵馬はふと気が付く。
「オレをここに呼んだ妖気……慈雨の妖気じゃなかった」
「ん? ああ、あれは――――」
「俺だ、蔵馬」
慈雨の言葉を遮り、建物の影から声がした。
そちらを向くと、そこには慈雨と同じように制服を着た男。
その生徒を、蔵馬は知っていた。
慈雨と――――藤見と同じように盟王で有名な生徒。
しかし、そこから感じるのは妖気。
そしてその妖気の質は――――蔵馬本来の妖気に似ている。
「――――――寒凪兄様」
「久しぶりだな、蔵馬。――――元気そうで何よりだ」
自分を『兄』と呼んだ蔵馬を、優しい目で寒凪は見る。
そんな寒凪を見た蔵馬から、力が抜けていった。
警戒心が完全に解かれた蔵馬に近付き、寒凪は蔵馬の頭に手を添える。
そのまま撫で始めた寒凪を驚いた目で見た蔵馬だったが、懐かしい感触に自然、嬉しそうな表情になる。
先ほどとはまったく違う、穏やかな空気が流れる。
……しかし、それを面白くないと感じる男が一人。
慈雨は蔵馬と寒凪、二人を見ながら半ばふてくされ気味だ。
そんな慈雨を寒凪は気付いてはいたが、完全に無視した。久しぶりに大切な妹に会えたのに、慈雨の機嫌をとることなど考えたくもなかった。――――何故そんなことをしなければいけないのだ、とも思う。
そんな中、無粋なもの――慈雨にとっては救いだろうか。しかし結局のところ望まないものだが――はやってくる。
『蔵馬~慈雨~寒凪~~~!!!!』
「「「コエンマ」」」
情けない声が聞こえたため、その方向を向くと空中にへんなものを咥えた使い羽が飛んでいた。
その変なものにはコエンマの顔。
――――――簡易通信機とでも言うものなのだろうか。
そこに必死な顔をして映っているコエンマは、三人を確認した後に言う。
『蔵馬、指令じゃ。慈雨と寒凪も力を貸してくれ!』
「嫌だ」「断る」
返事をしようとした蔵馬を差し置いて、慈雨と寒凪は即答した。
それに蔵馬は目を丸くし、コエンマは座っていた椅子から転げ落ちる。
蔵馬が二人を見ると、その表情は真剣で。……というより、なぜ自分たちがと言っている様子だ。
『な、なぜだ……』
よろよろと画面に姿を現したコエンマに、冷めた目で寒凪は言う。
「蔵馬に指令が出るのは分かる。が、なぜ俺たちまで巻き込む」
『べ、別に指令じゃない!!頼んどるだけだっ!!』
冷たすぎる寒凪の視線に嫌な汗をかきながら必死にコエンマは言う。
『それに……』
「それに?」
言葉を繰り返す慈雨に、静かに言葉を待つ寒凪。その二人に内心大汗をかきながらコエンマは言った。
『おぬしたちの働き次第では…………』
それ以上コエンマは言葉を続けなかったが、横目でちらりと蔵馬を見たためにその意味を二人は理解した。いや、側で見ていた蔵馬も。
「――――――」
「……反則だぞ、コエンマ」
「…………」
そんな反論も、コエンマは流す。さすがにこれを喜雨に対しては言えないだろうが。
しぶしぶといった体で慈雨たちは了承した。
それを確認し、コエンマは霊界探偵に指令を出さなければいけない事態について話す。
妖魔街の“四聖獣”
「で、俺たちは何をすればいいんだ?」
蔵馬が妖魔街へ向かった後、残された慈雨はコエンマに尋ねる。
『皿屋敷市に魔回虫が放されたのだ。その回収を喜雨と共にやってくれ。虫を操る喜雨ならば――――』
「それは無理だ」
コエンマの言葉を遮る形で同じく残っていた寒凪は言う。その横で、慈雨も困ったように頬をかいていた。
『どういうことだ?』
「……姉貴、今日遠足で夕方まで戻らない」
ちなみにその場所はここから結構離れている。
そう言った慈雨の言葉にコエンマは一瞬のうちに真っ青になった。そして慌てる。喜雨がいなければ――――もし幽助たちが間に合わなかった場合、最悪のことが起こる。
そんなコエンマの様子を見ながら、慈雨は言う。
「まあ、とりあえず俺らは行ってみる。……行かないよりはましだろう?」
『あ、ああ、そうだ。……では、頼んだぞ』
「ああ……」
「――――」
返事をする慈雨と、無言で頷く寒凪を確認すると、使い羽は去っていった。
「……とりあえず、皿屋敷に行くか」
「そうだな」
蔵馬から預かった彼女の荷物――邪魔になるからと慈雨に預けたのだ――を手に取りながら言う慈雨に、寒凪は頷いた。
そして二人は魔回虫が大量に放たれた街へと向かった。
– CONTINUE –