Raining in the sun shine 5

「うわっ……こりゃひどいな」
「ああ――――」
 皿屋敷に急行した慈雨たちが見たのは数多くの魔回虫。
 とりあえず、周囲の人間に不審に思われないようにすばやく虫を潰していく。
 しかし、たった二人では虫の数が多すぎて間に合わない。
「これだけ飛んでるってことは、寄生できる人間が少ないのか……」
「ああ――。これだけの数がもし人間に寄生すればそれこそ厄介だ」
「…………考えただけで怖いな」
 そんな会話をしながら歩く二人は、それぞれに眉を寄せている。
 人間の陰湿な心にしか寄生しないとは言え、その『陰湿な心』が厄介なのは二人ともよく分かっていた。
「……あいつらは数千匹をこの街に放したんだろ? ……これじゃあ焼け石に水だ」
「そうだな――――」
「やっぱり、姉貴に頼んだ方が一番早いんじゃないか?」
 普通の人間には聞こえない虫を潰す音をさせながら、慈雨は言う。
 喜雨は全ての蟲を操る。彼女が操れない蟲を二人は知らなかった。
 しかし、それに寒凪は厳しい顔をする。
 寒凪も慈雨と同じような動きをしながら言った。
「いや――――もしかしたら喜雨でもどうにも出来ないかもしれない。こいつらを虫笛で操っているのならば、その可能性も否定できない。それでもこいつらに喜雨の言葉が通じれば別だが――――」
「……結局、姉貴もいないから向こうに任せるしかないのか……」
 ため息をつきつつ言う慈雨に、寒凪は黙然と頷いた。
「大丈夫だろうなあ……」
「蔵馬が付いているから大丈夫だとは思うが――――あいつも昔ほどの力はないからな」
「…………そこが問題だよな」
 心配だと顔が言っている慈雨と同じ思いを寒凪は持っていたが、それを表には出さずに歩く。

 昔の蔵馬であったならば、一人でも解決は難しい事ではなかったはずだ。
 しかし今の妖力を考えると……。

 それ以上は考えないようにして、二人はさらに歩を進める。
 時間がたつにつれ、裏道やビルとビルの間にいてなかなか潰すのが難しくなる。さすがにそこばかりを目立つ制服でうろつけるはずがない。
 二人とも、着替えてから来た方が良かったかと思い始めていた。












「なあ、寒凪…………なんでこんなにいないんだ?」
 もしかして、あいつら虫笛を壊したとか?
 慈雨がそう言うのも仕方がない話だった。
 さっきまで、苦労せずに見つけていた魔回虫たちが、まったく見えなくなったからだ。
「それにしては――――――。いや、もしそうだとすれば死骸が落ちててもおかしくない」
「……そうだよな」
 少し考え、同意した慈雨は、「それじゃあ、なんで……」と呟く。
 厳しい表情をした寒凪は、自分を呼ぶ声を聞いた。


“寒凪兄様!!”


「――――――蔵馬か」
「あ? どうした――――」
 寒凪、と続けようとした慈雨を、寒凪は手で制した。
 それで事態を察して黙った慈雨をよそに、寒凪は言う。……周りには聞こえない――慈雨にしか聞こえないような声で。
 寒凪は、普段であればあまり聞くことのない蔵馬の慌てたような声音に何か嫌な予感を感じていた。

「どうした、蔵馬」
“大変なんだ!! 今、皿屋敷にいるよね?”
「ああ――――」
“今すぐ皿屋敷中に行って! 幽助の幼馴染が危ない”
「――――奴らに知られたか」
 簡単に言った蔵馬の言葉の意味を正確に寒凪は理解した。
“そうみたいだ。ぼたんからそう連絡が来たんだけど、途中で通信が途絶えたから……”
「まずいな。――――今すぐ向かおう」
“頼んだよ”
「ああ――――」
 そう呟くと、寒凪は黙って待っていた慈雨を振り返り、今蔵馬と精神感応(テレパシー)で会話した内容を伝える。
 周りに配慮し、声のトーンは落として。
 そしてそれを聞いた慈雨は顔を青くした。
「やばいじゃねえか……」
「そうだ――――急ぐぞ」
「ああ……」
 二人は慌てて皿屋敷中へ向かう。
 だが、今いるところは街中で、二人は全力を出して向かうことが出来ない。
 しかも皿屋敷中はここからは少し距離がある。しかもそこまでの道は人通りが多かった。

「最悪じゃねえか……」
「――――何がだ?」
「ここから皿屋敷中までの道だよ!!」
 何でこんなに多いんだよ……。
「仕方ないだろう? 人間に合わせるしかない。でなければ後々困るのは俺たちだ」
「そうだけどなっ」
 面倒だけれど、力を抑えなければ何のために今まで妖力を封印していたか分からない。
 今日封印を解除したのも、その封印を施した喜雨には許可を取っていない。それは後で話せば許してもらえるだろうが……その、喜雨が封印を施した理由に共感できる二人は封印解除の後も力を使うことはあまりしたくなかった。
 不審に思われない範囲で急ぐしかなかった。










 皿屋敷中に二人が着いた頃には既に日が沈みかけていた。
 普通の中学校にはない、何か妙な雰囲気がそこに漂っている。
 それに二人は嫌な汗を流していた。
「まずいなあ……大丈夫か?」
「分からないが――――急ぐしかないな」
「ああ」
 その、妙な空気が流れている校舎へと二人は走って向かう。
 その間に二人の耳には異様な音が聞こえてきていた。
 それは壁や扉を叩いているというよりも、壊していると言う方がしっくりくる音だ。
 急いでその場所へと向かうが、それでもまずい状況になっているのは聞こえてくる音や声――――狂った人間の叫びにしか聞こえないが――――で分かる。
 二人の中にはただ、急いがなければと言うことしかなかった。





 その頃、ぼたんと螢子は追い詰められていた。
 ぼたんは魔回虫に寄生された人間に頭を殴られ、気を失っている。
 そんなぼたんを支える螢子はただ、ぼたんの名を呼んでいた。
 そこに――――――



「死ねエエえ」



「いやああ。幽助ー!! 助けてェ――――!!」



 次の瞬間、大きな音がして螢子にナイフを振り下ろそうとした岩本がその場に倒れた。


「きゃ!!」
 どうっと音を立てて岩本はおろか他の人間も、螢子が気づいたときにはその場に倒れていた。
 そしてその中に立っている二人。
 見たことのない、しかし先ほどまで自分たちを追い回していた人間たちとは違う雰囲気を持つ二人を螢子は目を丸くして見ていた。
 それは人間が倒れた後に霊感のない螢子にとって変な動き――実際は魔回虫を潰していたのだが――をしていたことにも理由があるが。
 そしてあらかた潰し終わった後、慈雨たちは振り返って螢子たちを見た。
 それに螢子はびくりとし、不安そうな表情でぼたんを抱きしめる。
 その様子に寒凪は眉を寄せたが、慈雨はほっとした様子で口を開いた。


「ごめんな、遅くなって」


「……え?」


 慈雨の言葉にあっけに取られた螢子だったが、言われた言葉とその声音に緊張して体に入れていた力を抜く。
 それは普通の人間の――――何より自分たちを助けに来てくれたことが分かる雰囲気をまとっていたからだ。
「ああ……、ひどい怪我だな……早く手当てをしないと……寒凪」
「分かっている――――――うん?」
「どうした?」
 慈雨の言葉に頷いて、螢子たちに近寄ろうとしていた寒凪はしかし、何かに気付いて後ろを振り返る。
 そんな寒凪を慈雨や螢子は不思議に思ったが、それを無視して寒凪はぽつりと言った。

「――――どうやら、虫笛は壊せたようだな」

「へ? ……あ、ホントだ」

 慈雨が廊下の先を見ると、潰されていない魔回虫が何匹か落ちていた。
「あの……」
 そんな二人の様子に、霊感のない螢子は不思議そうだ。
「ああ、君は霊感がないから見えないか……」
「???」
 慈雨の言葉に、螢子は何を言われているか理解できない様子だった。
 その時、ぼたんが身じろいだ。
「あ、ぼたんさん!!」
「…………螢子ちゃん? あ、あれ!?」
 気付いたぼたんは辺りを見回して、床の上に倒れている自分たちを追い回していた人間を見て目を丸くした。
 そしてその側に立っている慈雨と寒凪に目を留め、警戒した声で問う。
「あんたたちは……?」
「…………コエンマに聞いてないか?」
「コエンマ様に?」
 いいや、と首を横に振るぼたんに慈雨はため息をついた。
「……こういうところはちゃんとしてくれないと……困るんだけどな……」
 本当に困ったように言う慈雨から、ぼたんは妖気を感じ取ってさらに警戒する。
 そんなぼたんに気付いて、螢子は慌てて言った。
「ぼたんさん、この人たちが助けてくれたんです」
 だから大丈夫だと言う螢子に驚き、ぼたんは慈雨と寒凪の顔を交互に見る。
 そんなぼたんに螢子は頷き、さらにぼたんは途惑う。
 その間、慈雨はぼたんにどう説明しようかと考えていた。しかしうまい言葉が出てこない。
 どうしようかと本気で悩んでいる慈雨に対し、寒凪は小さく呟いた。



「――――――蔵馬」



「え? あんた蔵馬を知っているのかい?」
「――――――」
「……知ってるけど」
 ぼたんの質問に黙っている寒凪に代わり、慈雨はそう言った。
「そうなのかい……」
 慈雨の言葉に少し考えるような仕草をしたぼたんに向かい、今度は黙っていた寒凪が声をかける。

「蔵馬たちが人間界へ戻ってくるそうだが――――人間二人が気を失っているそうだ」
「なっ……」
「え?」
 絶句したぼたんと、そんなぼたんの様子に気を取られた螢子に、寒凪は続けた。
「――――それで、どこに運べばいいか蔵馬には分からないそうだが」

 どうすれば良い。

 尋ねる寒凪にぼたんは困った表情を見せた。
「どうすればって……幽助のところは……温子さんいないだろうし……桑ちゃんのところは……」
「桑原君も幽助と一緒なんですか!?」
「え、ああ……そうなんだよ」
 螢子の様子にぼたんは押され気味だ。それでもなんとなく今必要なことは理解したのだろう、螢子は少し考えた後顔を上げた。
「桑原君のうちなら多分大丈夫だと思います。……静流さん、桑原君のお姉さんがいれば……」
「――――場所は分かるか?」
「はい」
「……でも、蔵馬はその場所知っているか?」
「――――――――――――知らないそうだ」
「…………まあ、俺らの妖気をたどれば分かるか」
「そうだな」
 慈雨と寒凪のそんなやり取りに、ぼたんと螢子は意味が分からないという表情をしていた。しかし、それは仕方がないだろう。寒凪が、蔵馬と精神感応で会話をしているとは考えもしないから――。


「……!!」


 そんな中、慈雨と寒凪ははっとしたように外を見る。
「どうしたんだい……?」
 それを不思議に思い、ぼたんが聞くと慈雨が少し考えるようなしぐさをした。
「や……誰かが警察に通報したみたいだ」
「え?」
「……パトカーのサイレンが聞こえるんだよ」
「恐らく――――こちらに向かっているんだろうな。他に警察が動かなければいけないような雰囲気のところはない」
「……は~」
 耳がいいんだねえ。
 呆れたような感心したような声で言うぼたん。螢子は二人の言葉に驚いたようだったが。

「じゃ、移動するか」

「「え!?」」

「――――――このままここに残っていたら、警察に事情を聞かれるぞ」

 面倒ごとは御免だと声が言っている寒凪に、ぼたんたちはただ頷いた。

「それに……俺らは桑原って言うやつの家知らないから、案内してもらわないと」
「あ、そっか」
 ようやく納得した様子の二人に、慈雨たちは動く。


「わぁ!!」
「きゃっ!!」


 急にぼたんは寒凪に、螢子は慈雨に抱えあげられ、二人は驚いた声を上げる。
 それに苦笑をしながら慈雨が言った。
「悪いけど、ちょっと大人しくしててくれよ……これで出ないと間に合いそうもないから」
「ど、どういうことですか!?」
 螢子は緊張した様子で尋ねた。さすがにこんな風に抱き上げられたことはない。――――いわゆる、お姫様抱っこという格好。
 ぼたんは目を白黒させている。
 それを無視し、慈雨たちは窓から外へ飛び出した。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子