Raining in the sun shine 6
「まあ、お疲れってとこか」
妖魔街から戻ってきた蔵馬たちと合流を果し、幽助を桑原宅へ預けて慈雨と寒凪は蔵馬と共に街を歩いていた。ちなみに飛影は慈雨たちの姿を見たと同時になぜかその場に桑原を放り出してどこかへ行ってしまった。幽助は蔵馬が背負っていた。
ようやく、といった感じの慈雨の台詞に蔵馬は微かに笑った。
寒凪はそんな二人を無言で見ている。
長く伸びた影が、遅い時間であることを示している。もう少し経てば、太陽は完全に隠れるだろう。
それほどの時間がかかってしまったのかと思うと同時に、目的の半分も終わらせてない気がする慈雨だった。
折角長年探していた蔵馬とゆっくり話せる時間が持てると思っていたところに入った霊界の指令。
人使い――『人』ではないが――が荒い、とコエンマに慈雨は文句を言いたくなった。
「まあ、これからは時間があるからね」
「――――――そうじゃなきゃ、コエンマがどうなるか分からないなあ……」
蔵馬の言葉があっても慈雨は不機嫌だ。そして恐ろしいことをさらりと言う。
その二人のやり取りに対して寒凪はいつものことだと表情も変えない。
さらにそんな三人の様子を喜雨が見ていれば昔を懐かしんだだろう。
しかし今三人がいるところは街中。周りにいるのは見ず知らずの人間だ。そして三人は三様に目を引く。
――――――そのことに三人とも気付いていなかった。
「でもまさか、慈雨や寒凪兄様まで人間に憑依しているとは思わなかったよ」
蔵馬の言葉に二人は妙な――――困ったような表情をした。
「…………あまり、触れない方がいい?」
それに気付いた蔵馬は、まずいことを言ってしまったかと不安に思いながら聞く。
「あ……うん。まあ、今のところは……」
「――――今は聞かないでくれ。そのうちに話せると思うが」
途切れ途切れの慈雨の言葉を引き継いで言う寒凪。
そんな二人を見ながら蔵馬は珍しいなと思いつつ、頷いた。
どちらかと言えば慈雨も寒凪もものをはっきり言う性質だ。
そんな二人がそろいもそろって奥歯に物が挟まったような言い方をするのだ。蔵馬が不思議に思ったり、珍しいと思ったとしてもおかしくはないだろう。むしろ当然のことだ。
しかし慈雨たちの言葉にその話にはもう触れないと決めた蔵馬。
その様子を見た慈雨と寒凪は内心でほっとした。
又聞きの形で蔵馬が人間に憑依した経緯は既に二人とも知っていた。
あのときのあの状況で、生きるためにはそれが最善の方法だと慈雨も寒凪も思う。
――――――それが人間として生まれてくるはずだっただろう命を犠牲にしたのだとしても。
生きたいと思い、そう言う行動をとっても責められるわけもない。
そのことによって蔵馬の再会を果せたのだから……。
ただそんな蔵馬の状況と、慈雨や寒凪の状況は同じようで異なっていた。
慈雨たちが今持っている肉体も人間のものだ。
術で作ったものではなく、ちゃんと人間の両親から生まれた身体。
その中に、慈雨たちの魂が宿っている。
決して一度二人とも死んだからではない。
蔵馬と同じく瀕死の状態ではあったが。
――――――憑依したことも変わりない。
ただ、その過程が蔵馬のそれとは大きく違っていた。
それを蔵馬に伝えるべきか……それを二人は悩んでいた。
別に言ったからといって、蔵馬の態度が変わることはないだろうことは二人とも分かっていた。
――――――しかしそれでも二人は悩んでいた。蔵馬の性格から考えて、どういう反応をするのか、それが自分たちにとってどういう影響を及ぼすのか……それらが心配が要らない結果だということが分かっていても。
それでも、二人は言わずにいた。
単に、気持ちの問題かもしれない。
寒凪が言ったように『そのうち』に話すことがあるかもしれないだろう。
「そう言えば、寒凪兄様たちが急に現れたから驚いてて忘れていたけど…………」
そう前置きの後に聞こえた蔵馬の言葉に慈雨と寒凪はその場に立ち止まってしまった。
「喜雨姉様はどうしたの?」
「「――――――――――――」」
「…………どうしたの?」
二人が立ち止まったことに気付かず、数歩歩いたところでそのことに気付いた蔵馬は、振り返って二人に向かって言う。
そんな蔵馬が怪訝な表情を浮かべていることに気付いた慈雨は、何か言わなければとは思うものの…………言葉が出てこない。それは寒凪もまったく同じ。
そう言えば喜雨は自身のことをいつ蔵馬に伝えるのか、慈雨たちが伝えて良いのか、その一切を言ってはいない。
言ってないのだから慈雨たちの判断でいいのだろうと普通は思う。
しかし、相手は喜雨だ。
考えを途中で変えることはしないが、自身の考えを伝えないことはよくある。
慈雨たちが喜雨の考えに反することをした時、それを喜雨が伝え忘れていた場合は伝えていた場合に比べて大したことにはならない。
あくまで『伝えていた場合』に比べてだが――――――。
にっこり笑って恐ろしいことになるだろうな――――――そんな考えが慈雨と寒凪の頭をよぎった。
「慈雨?」
とりあえず、蔵馬は喜雨の実弟である慈雨に聞く。聞いても答えそうもない雰囲気ではあったが。
「…………姉貴~。どうすんだよ~」
返事は脱力しそうなほど間延びした声。
しかしそれは蔵馬に対しての物ではなく……
“何じゃ、慈雨”
((逃げたな))
喜雨の声が聞こえない寒凪と蔵馬兄妹は内心で同じことを思った。
自分では判断が付かないとすぐに喜雨に頼る癖が慈雨にはある。
そして喜雨の言葉で自分の行動を簡単に決めてしまう。
――――――まあ、慈雨がそう言う行動をとるのは喜雨に関することがその殆どであるから、蔵馬も寒凪も面と向かって指摘することはないが。
蔵馬も寒凪も、喜雨の言うことに逆らえる程の力は持っていない。――――――間違ったことでない限り、逆らう気も起きないが。
「――――――――――――とりあえず、姉貴のうちに来いって」
ようやく蔵馬に向けられた慈雨の言葉は、姉の言葉に従ったものだった。
慈雨の言葉に蔵馬は瞬きをし、
「喜雨姉様に家があるの? と言うより慈雨と一緒じゃないの?」
細かいところまで気付く蔵馬である。
「まあ、それは姉貴本人から聞いたほうが良いと思う……うん」
「寒凪兄様――――――は、無理か」
はっきりと言わない慈雨に聞くのを諦め、蔵馬は寒凪に視線を向けたが……兄は慈雨以上に喜雨のこととなると口を閉ざすことを思い出し、自分から質問を引っ込めた。
その反応を見ながら、慈雨と寒凪は内心ため息をつく。
『そのほうが、後々面白いじゃろう?』
喜雨の言葉を改めて思い返していて――――――二人はこっそり蔵馬に向かって合掌した。
「ここ?」
「そう」
三人の視線の先には一軒家。
表札は――――――
「『藤堂』?」
「そ。とは言っても、姉貴は『藤堂』じゃないけどな」
のんびりと言うと、慈雨はチャイムを押した。
しかし慈雨のその行動を見ながら、蔵馬の頭の中には疑問符が飛んでいた。
『はい、どちら様?』
「あ、祖母さん。だよ。……俊哉とお客さんも一緒なんだけど」
『はいはい。望結(みゆう)から聞いているわ。ちょっと待ってね』
インターフォンから聞こえてきたのは女性の声。
慈雨と女性の会話から――――女性は慈雨の人間のときの『お祖母さん』なのだということは予想できたが……それだけだ。
それに『望結』とは………………
「いらっしゃい」
出てきた女性はにっこり笑って慈雨たちを迎えた。
慈雨が『祖母さん』と言ったとおり老女なのだが、それでもしっかりした雰囲気の美人――――そう蔵馬は思った。
「望結は部屋にいるわ」
「分かった……あ、お茶とかはいらないから」
「ええ…………どうぞ」
慈雨との会話の後、女性は少し途惑っている蔵馬に向かって家の中へ入るよう促した。
「……お邪魔します」
いつもより少し控えめな声を蔵馬は出して室内に入る。
それを聞いた慈雨は内心で笑いをこらえている。
(まあ、蔵馬でも途惑うことはあるよな)
さすがに蔵馬でも面識のない人間の家というのは遠慮がまず先に来るようだ。
(それもそうか)
――――――一応、育ての親は姉貴だし。
何気にひどいと思われることを考えながら、慈雨は遠慮も何もなく目的の部屋へ向かう。
その後に蔵馬、そして寒凪。
ただ着いていくしかない蔵馬は慈雨の背中を見ながら黙って階段を上がっていった。
そしてひとつの扉の前に着く。
蔵馬はなぜか自身が少し緊張していることに気が付いた。
緊張する理由などないにもかかわらず……。
それとも、本当に久しぶりに喜雨に会うからであろうか?
慈雨や寒凪のときは緊張するも何もなかったから――――――。
「姉貴ー入るぞー」
そう言いながら慈雨は部屋の扉を開けた。
「――――遅かったのう」
「――――――――――――え?」
間を置いて蔵馬の耳に入ってきたのは昔と変わらない口調。
しかし知っている声とは大分違う。
――――――いや、少しは予想していたが……その予想していたよりも大分高い声。
それはどう考えても…………
「子供?」
ちょうど目に入ってきた人物の姿を見て、無意識のうちに蔵馬はそう呟いた。
蔵馬の目の前にいるのはどう考えても子供。
しかもまだ就学前の……幼児。
そんな蔵馬の呟きに、目の前の幼女は苦笑を禁じえない。
もしここで蔵馬の立場にいるのが自分だったらこうはいかないだろう、そんな考えを持ちながら慈雨は口を開いた。
「……姉貴だよ」
「え!?」
目的は喜雨に会うことなのだから、当然この部屋にいるのは喜雨のはずだ。
それが分かっていながら目の前の状況が信じられない蔵馬。
そんな反応が理解できるから、呆れることも怒ることも出来ない喜雨だった。
「まあ、諸々理由はあるが……『人間になった』時期が慈雨たちよりも遅かっただけじゃ」
ちなみに人間のときの我の名前は『森川望結(もりかわみゆう)』じゃ。
とりあえず今はここまで、と言うように言葉を切った喜雨は三人に座るよう促す。
「そう……なんだ。…………ああ、だから慈雨が『遠足』って……」
「あ~、そうそう。『幼稚園』の遠足で遠出してたんだよ、姉貴は」
「そっか……」
ようやく納得がいったような蔵馬。
そして、ここまで言われればなんとなく理解できた。
三人がまだ言えないことがどの辺りにあるのかということが。
ほっと、今まで緊張していたのだろう、そんな風に力を抜いた蔵馬に笑みを浮かべながら喜雨は言う。
「元気そうじゃな」
「まあね。……喜雨姉様たちも元気そうで良かったよ」
「俺らが元気じゃないことはないよなあ……」
「特に、慈雨はのう」
「――――――」
蔵馬の緊張が解ければ後は昔と同じように会話が出来る。
一気に昔、四人が一緒に暮らしていた頃に戻ったようだった。
会いたくて仕方なかった人と会えれば話が弾む。
そうすると自然、時間の経過も早くなる。
元々時間に余裕があったわけではないが――――気付いたときには外は真っ暗だった。
「やべえ、蔵馬時間大丈夫か?」
「…………大丈夫じゃないね」
「――――帰るか」
「そのほうが良かろう」
そんな会話のあと、全員で一階に降りる。
するとちょうど慈雨と喜雨の祖母が顔を出した。
「あら? 夕飯は一緒にどうかと思ったのだけれど……」
「あ~俺は帰んないとやばい」
「いえ、帰ります……」
「――――――」
「そう?」
慈雨、蔵馬の順で答え、寒凪は何も言わなかったがそれでも短くない付き合いで理解できたようで、少し残念な表情をしながらも無理強いはしなかった。
にこにこ笑みを浮かべながら「またいらっしゃい」と言って、慈雨たちの祖母は台所へと戻っていった。
「気をつけて帰るのじゃぞ」
「…………どう気をつけるんだよ」
「見送りの言葉じゃ」
別に本気で心配はしておらぬ。
さらりと言われた言葉に三人は苦笑を浮かべる。
そして、はっと気が付いて蔵馬は喜雨を見た。
「喜雨姉様……また会えるよね?」
慈雨と寒凪は学校で会える。だから会えなくなると言う心配はない。
しかし、喜雨はと言えばまったく状況が違う。
喜雨の今の立場を考えればもしかしたら、と思わなくもない。
そんな蔵馬の心配を喜雨はあっさりと言い切った。
「当たり前であろう? 遠慮する必要などどこにある」
「そう…………よかった」
その言葉を聞いて蔵馬は笑みを浮かべた。
暗くなった道を蔵馬と慈雨は並んで歩きながら、帰宅の途についていた。
ちなみに寒凪の家は喜雨の家のほんの近く……というか、隣だった。
「まさか喜雨姉様のあんな姿が見れるとは思わなかったよ」
「ああ。ま、最初は驚くだろうな……姉貴の昔の姿知ってると」
「……でも、目の強さは同じだね」
「そう簡単にあれは変わらないだろう……変わったら何もんだよって言うぞ、俺は」
「ははは……慈雨なら言いそうだ」
そんなたわいもない会話を続けながら……自宅への道が分かれるところまで来た。
「それじゃあ、俺はこっちだからさ」
「うん…………それじゃあ、また明日?」
「……なんで疑問系なんだよ」
「やあ、クラス違うとなかなか会えないし」
「俺と寒凪だってクラス違うぞ……別に違っても会えるだろう? ……俺らはだいたい昼休みに屋上にいるし」
「あ、そうなんだ……じゃあ、俺も行けたら行ってみるよ」
「ああ……実はまだ話し足りてないんだよなあ……」
ぼやく慈雨に蔵馬は一瞬目を見張ったが、すぐに笑顔を見せた。
「奇遇だ。じつは俺もなんだ」
そう言うと、蔵馬はにっこり笑って続ける。
「それじゃあ、また明日」
「ああ、明日な」
そう言って二人は違う道を家へ向かって歩き出した。
また明日を迎えるために。
– CONTINUE –