Raining in the sun shine 7

「あ、いた」
「……この前よくここにいるって言っただろ……」
「ここまでタイミングよくいるとは思わなかったから」


 ようやく慈雨たちが蔵馬に正体を明かした日から数日後の昼休み。
 からからによく晴れた日だ。
 その日、蔵馬は数日前に慈雨に言ったように屋上に顔を出した。
 そしてすぐに目に入ったのは昼ごはんの弁当――しかも明らかに手作り――を広げた慈雨と寒凪の姿。
 蔵馬はそれに内心で驚きつつ、そっけないほど短い言葉を言った。


「基本的に晴れた日はここにいる」
「そうなんだ……。でも、何で教室で食べないの?」
 ここの方が静かなのは分かるけど。あと、寒凪兄様と慈雨のクラスが違うのは知ってるけど。
 寒凪の言葉に納得の声を出しながらも、二人の向かいに腰を下ろしながらさらに蔵馬は問う。
 それに答えたのは慈雨だ。
「特に理由はないな……。ただ、やっぱ教室だとうるさいしな」
 結構面倒なことがあるから……。
 その『結構面倒なこと』の具体的なことは言わなかった慈雨に、なんとなくではあるが理解した蔵馬は苦笑しつつその話題にはこれ以上触れなかった。慈雨たちの外見と性格、廊下に張り出される成績を考えれば分かることだ。
 そんな蔵馬に対し、今度は寒凪は口を開いた。
「それはそうと蔵馬。――――怪我の調子はどうだ?」
「あ、そう言えば……」
 その言葉にようやく気付いたという表情をしながら、慈雨も蔵馬を見る。
 二人に見つめられ、少し居心地が悪そうに座りなおした蔵馬は、歯切れは悪いものの正直に言う。
「まあ……大分いいよ。――――――さすがに二度も同じところを怪我したからね、治りは悪いけど」
「…………一度目は飛影、だよなあ……」
「何で知ってるの」
「――――――見ていたからな」
「へえ……」
 蔵馬は内心でその辺りも聞いておかなければと思ったが、聞く対象の慈雨と寒凪――特に慈雨は蔵馬の言葉を聞いていないようだ。
 二人の状態を唯一正確に理解している寒凪はため息をついた。
「無理はするな」
 寒凪のそんな言葉に、蔵馬は肩をすくめつつ、
「無理しなければいけないことがなければ大丈夫だよ」
 と、当たり前のことを言う。
 そんな反応を示す蔵馬を確認し、慈雨は――と寒凪が視線を移すと……未だぶつぶつと考えに入っているようだった。
 蔵馬には分からないだろうが、寒凪には慈雨の考えが手に取るように分かった。
 ――――単純すぎて、蔵馬に教える気にもなれない。










「――――――――――――でぇ?」

 不機嫌な……不機嫌としか言い表せない声と表情でコエンマに尋ねる慈雨。
 それを寒凪と蔵馬の兄妹は少し距離を置いて見ていた。

 つい数日前と同じ状況で、コエンマは三人の前に自身の映像を送っていた。

 ――――と、それはさておき。
 慈雨が怒っても、コエンマは一番恐ろしい喜雨程の恐怖を味わうことはない。いくら姉弟だからと言って、同じ様に感じるわけはない。
 しかし――――それでも『喜雨と比べると』怖くないのであって、怖いものは怖い。
 ただ、今のコエンマの――と言えるかどうかは疑問だが――状況ではここを乗り越えてその後ろにいる蔵馬に伝えなければいけないことがある。

「く、蔵馬に用があるんだが……」

「またかよ」

 イライラとした様子で言う慈雨の後ろから名前を呼ばれた蔵馬が顔を出す。
「何です?」
 慈雨を押しのけて姿を見せた蔵馬にコエンマはほっとしつつ、用件を口にする。
「実は霊気を操って日が浅いんだ、幽助たちは」
「? まあ、それは見れば分かりますけど……」
 それが何だと首を傾げる蔵馬に、さらに続ける。
「数日前の激しい戦いで霊気を放出した後、数日間はすさまじい全身の疲労と苦痛にさいなまれるんだが……」
「そこを突かれれば、一発で終わりだな」
「…………そうだ」
 さらりと、何てことないように言う慈雨に、後ろでそれを見ていた寒凪はあからさまにため息をついた。
 寒凪は内心で、このことを後で喜雨に報告しようと思った。
 そんな寒凪の考えなど気付いていない慈雨に、蔵馬はその後頭部をすぱんとはたきながら言う。
「じゃあ、オレは幽助達の護衛をすればいいんですね」
「あ、ああ。そうじゃ」

 頼めるか。

 コエンマ自身、蔵馬に拒否権はないことを分かっていながら一応聞く。
「いいですよ」
 コエンマの感じていることを分かってはいるのだろうが、それでもそんなことはなんでもないようにさらりと蔵馬は同意した。
 その横では蔵馬のその言葉にさらに不機嫌になった慈雨がいたが……周りは完璧に無視した。いちいち気にしていたらキリがない……。
「それでは頼んだぞ」
「はい」
 蔵馬の即答にほっとしつつ、コエンマはさっさと姿を消した。
「…………今度しばいてやろうか」
「慈雨!!」
 ぼそっと言った慈雨の言葉を聞かずに済んだのはコエンマにとって幸いなのかもしれない。
 ――――――あまりにも本気だったからだ。










「…………何でこんなとこに……」
「嫌なら授業に戻ればいいだろう」
 今はまだ授業中だ。
「それこそ嫌だ」
 蔵馬がこっちにいるのに……。
 蔵馬中心の慈雨の言葉に呆れつつも、寒凪はそれ以上言わずに視線を元に戻す。
 視線の先、少し距離が離れたところでは蔵馬と飛影が会話をしていた。


『霊界から幽助達の護衛を頼まれたんだけど…腹にうけた傷が治りきってないんでね。前にだれかさんにやられた古傷と同じ場所でして』
『………なにが言いたい』


「遊んでるなあ、蔵馬」
 面白そうに呟く慈雨に、寒凪は頭痛がする思いだった。あまりの感情と表情の変化の激しさに。
 どうしてこんな風に育ったのだろうと不思議に思うが……誰が育てたかと言えば喜雨しかいないので、それ以上考えることをやめた。――――後で知られたときが恐ろしい。
 それぞれの反応をしていた二人をよそに、蔵馬と飛影の会話は続き、結局最後まで蔵馬が飛影をいじって終わった。
 蔵馬が屋上から出て行ってから少したってから、二人の側にひとつの気配が立つ。
「大丈夫なのか?」
「え、飛影が?」
「ああ」
 側に立った蔵馬に向かい、視線を移さずに寒凪は尋ねた。
 すると蔵馬は肩をすくめる。
「大丈夫。自分を倒した人間だからね。――――今度は自分が倒したいはずだし」
「なるほど……ほかの奴にあいつを取られたくないってか」
「……何だか変な表現だね」
「当たってると思うけど」
「まあ……そうかもしれないけど」
 慈雨のぼやきに蔵馬は苦笑している。
「それにしても気付かなかったんだな」
 すると寒凪は蔵馬に聞く。
 今度は寒凪に視線を移しつつ、蔵馬は微妙な表情をする。
「寒凪兄様たちが、気配を消してたからね」
「完璧にしていたつもりはないがな」
「それだけの力はないんでしょう」
「へぇ~」
 そんな二人の会話に、間延びした声を慈雨は出した。それはどことなく……いい事を聞いたと言外に言っていた。
「慈雨って……飛影に対してキツイよね」
「当たり前だろう」
 何を今更。
 キッパリ言い切る慈雨に、蔵馬はため息をつくしかない。
「……別に良いけど……問題は起こさないでね」
 それだけが心配だ。
 そう言う蔵馬に、慈雨は笑みを向ける。
「大丈夫だよ。蔵馬の邪魔はしないって」
「…………心配」

 いつもの会話だ。





 とん、と慈雨と寒凪の立った場所の側で音がした。
「何じゃ、終わったのか」
 そしてすぐに声がかかる。
「相手が弱すぎた」
「だよなあ……ふつーの人間に負けるんだもんな」
 三人の視線の先には、ぼろぼろになった半妖怪の山。
 そして少し離れたところにある二人の……一応今回の黒幕の姿。
 それを見て、眉間に皺を寄せた喜雨はすっと視線を外した。
 するとちょうど飛影が幽助に何かを渡すのが目に入ってきた。
 喜雨がそれに気を止めたことに気づいた慈雨と寒凪も視線を移す。
「…………ビデオテープ?」
「そうだな」
「しかも次の指令って……」
 まだそんなものがあったのかと慈雨は呆れ気味だ。
 残りの二人も似たような表情だ。
「今度は蔵馬は関わる必要はなさそうだな」
「……なんでそう思うんだ?」
 寒凪の言葉に疑問を持った慈雨は、そのまま口にする。
 すると、寒凪を見上げるように視線を移した喜雨がヒントを出す。
「何じゃ、コエンマは蔵馬に直接伝えてはいないのか」
「ああ。――――――手伝わせるなら、今日姿を見せたときに言っていただろう」
「…………何だ。そんなことか」
 途端にだれた慈雨。
 それを呆れた目で見つつ、喜雨はさらりと言う。
「慈雨は気付かなかったのじゃな……もう少々、周りに気を配れ」
 特に言葉にはな。情報を落としたくなくば。
「……分かってるよ」
 喜雨の言葉があまりにも当たっているために、慈雨はやばいやばいと冷や汗を流す。


「強かろうが、情報を落としては何にもならぬぞ」


 喜雨は先ほどの慈雨達の会話は知らないはずだ。
 それなのにピンポイントな言葉に、慈雨は思いっきり落ち込む。
 誰に言われようが、喜雨の言葉が一番効くようだった。



「あれ? 慈雨はどうしたの」
 蔵馬が三人の側に来るまでの間、ずっと慈雨は落ち込んだままだった。

– CONTINUE –

2020年10月27日

Posted by 五嶋藤子