Raining in the sun shine 8
「氷女――――と言うことは、目的は氷泪石か」
「それで、飛影に指令ビデオを預けた理由は?」
『――――囚われている氷女、雪菜の兄が飛影だ』
一を言えば十も百も理解し、言葉にしてくる喜雨と寒凪に、分かっていながら少々押されつつ、コエンマは言う。
「なるほどのう……」
見た目が幼稚園児の喜雨の言葉に、今はそれ程怯える要素はないと言うのに、それでもびくびくしながら二人の様子を伺うコエンマ。
そんなコエンマを無言で見ている寒凪は、喜雨の次の言葉を待っている。
それは自分が考えたことを言うよりも、喜雨のほうが経験も駆け引きも何もかもが勝っているから。
「それで……我らに霊界探偵の援護をしろと?」
言葉は疑問形だが、声音と表情は断定だ。
「…………頼めるか」
恐る恐る。
少し前の妖魔街の時に、慈雨と寒凪に頼んだ時とは比べ物にならない程コエンマの言葉は弱気だ。
その理由を寒凪だけは理解していた。
そして喜雨はと言うと、小さくため息をつく。
「仕方あるまい……蔵馬に依頼しなかっただけマシじゃ」
「未だ怪我が完全に治っている訳ではないからな」
『…………』
シスコン。
などと言えればどれだけすっとするだろう。もちろんそんなことをすれば何倍、何十倍……いや、何千倍の仕返しが来るのは明らかだ。
そんなことをそっと思いながら、コエンマは無言でやり過ごした。
もちろん蔵馬に頼まなくて良かったと考えたことは、自身の中だけに秘されることになる。
『そう言えば……』
ではこれから向かおう、と通信を切ろうとした喜雨たちに対し、コエンマはふと思い出したことを口にした。
『慈雨はどうしたんだ?』
そこでようやくいつも睨んでくる慈雨がいないことを疑問に思ったコエンマ。
それには今気付いたのかと呆れつつも喜雨が答えた。
「蔵馬と一緒におる」
『は?』
「蔵馬とデートじゃと」
『…………………………』
なにーーーーーー!!!!!!!
ようやく理解したコエンマの叫びが霊界と幻海の屋敷に響き、双方の住人から苦情がコエンマの下に集まったのはまた別の話。
「良かったの、慈雨? 行かなくて」
「別に三人でって言われてないし……いいさ、今日くらい」
蔵馬と慈雨はそんな会話をしながら街を歩いていた。
喜雨と寒凪が幻海邸でコエンマと通信機越しに顔を突き合わせている時にはいつも一緒にいる慈雨だが、今日は一人そこから抜けて蔵馬と待ち合わせをしていた。
学校で会ったけれど、一旦自宅へ帰り着替えをしてから再び会っていた。
(あの制服じゃ目立つし)
それが慈雨の言い分だが、整った……美人と評される蔵馬と美形といわれる慈雨が並んで歩いていれば、それだけで人の目を引く。
もちろん蔵馬しか見えていない慈雨は気付いていないが――――――もちろん蔵馬は気付いている。
そして慈雨が自分しか見ていないこともしっているから、嫌な気持ちにはならずに済んでいる。
(慈雨がまっすぐな性格でよかった)
『まっすぐ』の意味が違うかもしれないが……まあ、まっすぐな性格だ。
たまにそれが頭痛のタネだが、こんなときは安心する。
そんなことを蔵馬が考えているとは思ってもいない慈雨は、さてこれからどこに行くかと悩む。
――――結局、蔵馬の行きたいところになってしまうのだが。
とは言うものの、慈雨はもとより蔵馬も自分の格好にまったく頓着しない。
着飾る、と言うことが頭にないため服やアクセサリーショップなど行くことを思いつかない。
そんな二人が思いつくところといえば……書店が一番だろう。
後は図書館……植物園、喫茶店、他。
まあ、喜雨や寒凪が聞けば呆れつつも納得しそうなところだ。
今も書店に寄り、それぞれ欲しいものを購入するとその足で喫茶店へと入っていた。
そこですることと言えばなんてことのない会話。
学校でも出来るだろうと言うものばかり。
しかしその場合は寒凪もいるのだから、やはり違うのだろう。気持ちの問題だとしても。
「蔵馬とこんなところに一緒にいることになるとは思わなかったな」
ふと思ったことを呟いた慈雨。
そんな慈雨の向かいに座った蔵馬は瞬きをする。少し、驚いたようだ。
「そうだね……。オレも、慈雨が人間になるとは思ってなかったし……こうして普通の人間の生活が出来るとも思ってなかったから」
蔵馬の言葉の裏に、慈雨たちが蔵馬のことを知った事件が含まれていることに気付く。けれどそれを直接は言うことをせず、かすかに笑みを浮かべた。
どんなことを蔵馬がやっていても、そのおかげで蔵馬を見つけることが出来たのだから――――。
あのことがなければ、同じ学校に蔵馬がいることに気付くのはもっと後になっていただろう。
「でも……良かったよ、一緒に来れて。昔はこんなこと出来なかったからな」
笑みを浮かべながら言う慈雨に、蔵馬は初めて微かな変化を感じながら同じように笑みを浮かべる。
変化は自分にもあるし、変化は悪いものではないと思う。
「そうだね……魔界でこんな風にのんびりすることもなかったし」
何より、そんなことをする雰囲気でもなかった。
もちろん、喜雨と寒凪は蔵馬と慈雨、二人が自由に育つように――――生活できるように気を使っていたが。
そのことに気付いていた二人はなるべく手をかけないように気をつけて……結果、身を隠すように生きてきた。
それは蔵馬が三人の下からいなくなるまで続いていた。
そのため、蔵馬も慈雨も周囲を気にせず一緒にいると言うことはなかった。
感慨に浸るようになるのも無理はない。
昔と今を比べ、色々思い出すことがあったのだろう。
それからは二人が別れてからこれまでのことを報告しあっていく。
その中で、さらりと慈雨はどれだけ心配したかを言い、蔵馬は気にした様子もなくさらりと流す。
見るものが見たら怖いかもしれないその会話。
しかし二人にとってはこれが普通。
大体、嫌味や何やらを得意とするものが二人の育ての親なのだから、こんな風なっても不思議ではないのだ。
それでも……怖いかもしれない。
「そう言えば……コエンマは何の用で兄様たちを呼び出したの?」
「…………ああ、あれね」
ある程度――――全ては無理だったが、二人が満足するだけの応酬の後、一息ついた後の蔵馬の疑問に慈雨は間を置きつつも答える。
「この前――――団地跡で霊界探偵がやりあった後に、飛影がビデオテープ渡してたろ?」
「うん」
「それ関連だよ」
「…………なぜ、喜雨姉様たちが霊界探偵の仕事に関わるの」
「……それ、蔵馬たちのに関わってるときに気付かねえ?」
「…………」
慈雨の言葉に無言になった蔵馬。
しかしその表情は……慈雨を睨んでいた。
(やべー)
地雷を踏んだ。
それを知った慈雨は慌てて話を元に戻す。
「霊界探偵がいない間、俺らがその代わりをやってたんだよ……。で、今の霊界探偵は就任して日が浅いから、不安なんだと。だから――――」
「手伝い?」
「そうそう」
「――――――姿を現さないまま?」
「それは姉貴の方針」
そのほうが何かといいんだと。
理由は知らないと言う慈雨に、蔵馬は喜雨の性格を考え……そう言うこともあるだろうと思い当たる。
「ま、手伝っても幽助にはいい事はないだろうし」
頼ることを覚えられてもいけないから……。
「そうだな」
そう思うことにしている。
ぼそぼそ呟く慈雨に、蔵馬は笑みをこらえながらカップに口をつけた。
「面倒なことになったな」
「ああ……」
――――骨爛村・垂金権造の別荘
目の前でやり取りされたことに喜雨も寒凪も事態が悪いほうへと進んでいることを悟った。
「まさか……このようなところに戸愚呂がおるとは」
「――――――しかも、左京と」
「ああ」
嫌な組み合わせだと、喜雨は昔を思い返しながら眉をしかめる。
コエンマからの依頼の後、二人で来てみればあらかた終わった後だった。
ただ――――円形の部屋の真ん中で倒れている妖怪が誰か分かったとき、その表情は変わった。
そして予想した通り起き上がった戸愚呂兄弟と、通信画面に現れた左京の姿に全てが見えた。
「“また”――――関わらねばならぬのだな」
暗黒武術会に……。
ため息をつく喜雨を寒凪は黙って見ながら、
(まずいことになったな――――)
なぜこんなにも問題が次々と……間接的にではあっても関わってしまうのかと思った。
– CONTINUE –