Raining in the sun shine 9

「妖狐喜雨、寒凪、慈雨。貴様らを暗黒武術会にゲストとして招待する。――――しかし既にメンバー中五名が決定している。貴様ら三人の中から一人が補欠として参加しなければならない。もしこれを拒否した場合――――貴様らに残された道は“死”のみだ」


 ケケケケケ


 と、耳につく笑い声を立てながら使い魔は笑みを浮かべる。
「まあ、ゲストが生きて帰れるわけがないがな。――――もちろん貴様らも」
 そう言うと、嫌な声を立てながら用はそれだけだと使い魔は背を向けて飛び立つ。
「慈雨」
「うん?」
 使い魔の姿が見えなくなると、使い魔が来てからずっと黙っていた喜雨が口を開いた。
 とても冷たい声で――――


「消せ」

「了解」


 一言、慈雨に言う喜雨。
 それに同じく一言で返事をした慈雨の姿がすぐに消える。
 ――――そして少し離れたところで一瞬にしてひとつの気配が消えた。
「喜雨」
「ふん。我らの実力も正確に知らぬ奴らに、我らがやられるわけがなかろう」
「――――――それはもちろんそうだが」
「殆どの力を封印した慈雨にすら勝てぬようでは……」
 そこまで言って喜雨はにやりと笑う。
 久しぶりに見たその表情に、寒凪は呆れた――――自分たちを暗黒武術会へ招待した者に。
 喜雨の言うように、今の慈雨に勝てないようでは話にならない。
 そんなものを使い魔として使っているあちら側の実力も知れるというもの。
 そう寒凪が考えていると慈雨が戻って来た。
 当たり前のことだが、傷ひとつないどころか息さえ上がっていない。
 そんな慈雨は首をかしげながら喜雨に問う。
「姉貴……ゲスト五人って誰だ?」
「我らが関わった者……一番は蔵馬じゃろう。蔵馬が関わった『闇社会の人間にとって邪魔な人間』と言えば霊界探偵――浦飯幽助と、その仕事に関わってしまった桑原和真。彼らに関わった飛影。そして――――」


 幻海


「この辺りが妥当なところじゃろうて」
「げ~、それに関われってのか」
 いくら蔵馬がいても、と慈雨は眉をしかめる。
「幻海はまた出場するのか」
 一方の寒凪は昔を思い出し、ため息をついた。
 そんな二人の反応を見つつ……喜雨はまったく違うことを考えていた。


 三人のうち誰を補欠とするかと言うことだ。


 残った二人は留守番、と言うわけにもいかないのは使い魔の言葉で分かった。
 二人は観戦でもしていろと言うことだろう。
 もしくは後方支援。
 どちらにしても完璧にゲスト側に関わることに喜雨はため息をついた。
 出来れば直接関わり合いにはなりたくなかったと言うのが喜雨の思い。

(蔵馬が出場する時点で慈雨も寒凪も関わるつもりじゃろうがな)

 二人の行動が簡単に分かってしまう。
 内心でいろんなものにため息をつきながら喜雨は二人を促し、この場を離れる。
 向かうはこの辺りで感じるには無視できない大きさの妖気。
 大体のところで予想は出来るが……確認するまで安心は出来ない。
 急いで向かった先には既に蔵馬と飛影がいて……三人は少しはなれたところで様子を伺う。
 そして工事中のビルの中から出て来た妖怪。


「「「戸愚呂」」」


 その姿に各々思いを抱く。
 戸愚呂弟は蔵馬と飛影に少し声をかけるとそのまま立ち止まることなく離れた。
 そして次は喜雨、慈雨、寒凪のところへ……


「久しぶりだなあ」


 ニヤリと笑みを浮かべながら言う戸愚呂弟に、三者三様の反応を見せた。
 慈雨は顔をしかめて嫌そうな雰囲気を出し、寒凪はいつもの無表情。
 そして喜雨は――――


「なぜ我らを呼んだ」
「一度人間側に着いたら抜け出せないことは分かってるだろう」
「…………」
「分かっているだろうが、補欠以外の二人も来なければいけない」
「刺客を差し向けても返り討ちにあうのがオチじゃ」
「お前たちに直接向ければ……な」


 分かっているだろう?


 詳しく言わない戸愚呂に慈雨が口を開こうとしたが寒凪に止められた。
 寒凪を睨みつつ、慈雨は感情を落ち着かせようと一呼吸する。
 その姿を横目で確認しながら喜雨は戸愚呂に言う。
「我らが関わっておぬしたちが無事で済むかのう」
「それはちゃんと考えているさ……お前たちが手を出せないようにな」
 そう言うと戸愚呂弟は離れて行った。
 その背を見送りながら……慈雨はようやく言葉を口にする。
「あの野郎……」
 どうするんだと喜雨に視線を送る慈雨に、喜雨は口を開く。
「武術会には行かねばなるまい……。その間の守護はつけるがのう」
「……どれだけ俺らに関わってると思ってんだよ」
「一人に対し、一匹をつけなくとも良かろう……特に我に関わるものの場合、一人でいることのほうが少ないものばかりだ」
「そりゃそうだけどな」
「我らが武術会会場におれば向こうは手を出すことはない……心配は要らぬ」
「…………」
「――――――暗黒武術会は純粋な戦いの場だ。俺たちが行けば向こうは構わないらしいからな」
「知ってるけどな……」
 行かないのなら関係ないものに手を出すという考えが気に食わないだけだ。
 そう言う慈雨に喜雨はふっと笑った。
 喜雨のその反応に文句を言おうとした慈雨は、蔵馬が近付いてきていることに気付いた。

「……蔵馬」

 少し慌てた様子の蔵馬にどうしたんだと思う。
 そんな反応の慈雨に構わず蔵馬は三人の前で立ち止まると視線を三人に動かしながら問う。
「武術会に喜雨姉様たちも参加するって……」
「そう言われたのう」
「どうして!?」
「知らね」
 そうさらりと言った慈雨。
 そんな慈雨を睨みつつ……
「オレのせい?」
「――――――違うだろう」
 なだめるつもりはなく、ただ事実を言うつもりで蔵馬の問いに寒凪は答えた。


「たとえお前が関わっていなくても――――俺たちは霊界探偵に僅かながらに関わっていた」

「でも」

「蔵馬、お前が関わっていなければ俺たちの中で選手としての参加は一人ではすまなかっただろう」


 だから気にすることはないと言う寒凪に蔵馬は黙る。
 納得はしていないだろう。
 しかし既に決定したことはどうすることも出来ない。

 ――――――自分たちに関わっている人間を危険に晒すことなど、出来るはずもないのだから。



「蔵馬」
 すると蔵馬の背後から声がかかった。
「……飛影」
 いつの間にか側にいた飛影は、目の前の見たことのない三人を警戒心も顕(あらわ)に見ていた。
「誰だ、こいつらは」
「え、えっと……」
 蔵馬は言ってもいいのかと問うような視線を喜雨に送った。
 それに肩をすくめて
「構わぬよ」
 喜雨の言葉に蔵馬は少し悩みながら飛影に答える。
「オレの幼馴染とその姉と……オレの実兄」
「…………」
 驚いた表情をする飛影。
 しかし、それを面白そうに見ている慈雨に気付いて、飛影は不機嫌な表情をする。
 そんな表情の変化も面白がられていることには気付かない。

「ふん」

 そう一言言うと、飛影はそれ以上何も言わずどこかへと行ってしまった。
「…………おもしれえ……」
 そんな感想を漏らす慈雨に蔵馬は言う。
「ちょっと慈雨……」
 さすがに慈雨の言葉には何かを言わずにはいられなかったようだ。
 と、さっと表情を変えて慈雨は蔵馬に目を向ける。

「まあ、それはどうでもいいんだけど。――――蔵馬、俺が幼馴染ね……」
「幼馴染でしょう」
 少し押される形になりながらもキッパリと言った蔵馬。
「ふ~~ん。へー」
 じとっと視線を向ける慈雨。
 蔵馬はどうして慈雨がそんな反応を見せるか分かっているし、その考えについて否定するつもりもないのだが……。しかしそれを素直に他人に言えるかというと別の話だ。
「……無茶言わないでよ」
「無茶? 無茶なことかよ!?」
「何でそう言いふらさなきゃいけないわけ!?」


 …………


「止めなくていいのか?」
 いつの間にか蔵馬と慈雨から少しはなれた場所に移動している喜雨と寒凪。
 呆れた様子で二人を見ながら、寒凪は喜雨に尋ねた。
 しかし喜雨は肩をすくめて言う。
「構わぬ……たまには良かろう、ああいうのも」
「――――――これから増えそうな気がするんだが」
「その時はその時じゃ」
 さらりと言う喜雨の視線の先ではまだ言い合いをしている蔵馬と慈雨。
 昔から何かしらの言い合いはしていたのに、よく飽きないことだと寒凪は思った。










「来たか」
「姉貴に言われたんだよ」

 深夜。
 幻海邸に慈雨が姿を現した。
 不機嫌さを隠しもしない慈雨の様子。しかし幻海はそんなこと気にも留めずにいる。

「霊界探偵はどうだ? ……以前よりはマシそうだけど」
「以前よりはな。だが、まだまだ戸愚呂を倒す程ではない」
「んなところまで行ってるとは思ってねえよ」
 さらりと言う慈雨。
「そもそも無理だろう? そう簡単に強くなれるんなら誰も苦労はしねえよ」
 慈雨の言葉に幻海も頷き、慈雨に聞く。
「それで……用件は?」
「あ? ああ……別にこれといってないんだけど……本当に出るのか、暗黒武術会」
 誰がとはいわなかった慈雨に、しかし幻海ははっきりと頷く。
「ああ……どうやらそうしなければいけないようだ」
「け。……たった五十年程度前の願いでももう無効ってか」
「慈雨……そのことは」
「言ってねえよ、誰にも。言うつもりもねえし」
 だけどな。
 そう続ける慈雨に幻海は黙って聞いた。

「ずっと隠し通せるとは思えねえんだよ、どうしても。――――覚悟が必要かもな」

 それだけ言うと慈雨は幻海邸を後にした。
 残る幻海は無言のまま――――――。










「喜雨、桑原和真が蔵馬に修行を頼んだ」
「幻海のところには霊界探偵がいた」
 そう報告する寒凪と慈雨に、喜雨はひとつ頷く。
「あやつの思う通りに動くのは癪じゃが仕方あるまい……」
「まあな……」
 喜雨の言葉に慈雨は同意する。寒凪は頷くだけだが同じ考えのようだ。



「残り二ヶ月弱。――――どこまで成長するかだ」
「成長しないと一回戦すら勝てないだろうし……」
 ため息をひとつ、慈雨はつく。
 自分は関わりたくはないが、蔵馬が危険にさらされるのは嫌だと公言している慈雨だ。
 不安も心配も山積みだろう。
 それは残りの二人も同じで……しかし慈雨ほど表には出さないから分かりにくいとは慈雨の弁。
「ま、様子はちょくちょく見に行けばいいんだろ?」
「ああ……慈雨は霊界探偵を、寒凪は蔵馬たちを」
「「了解」」



 果たして間に合うのか。
 間に合わずとも戦いの中での成長は望めるのか。
 そんなことを考えながら、喜雨は空を見上げた。
 時は既に世界を闇に包む時間だというのに、未だ煌々と光る人工灯のために星は見えなかった。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子