Raining in the sun shine 10
「けー。妖怪が集まってやがる」
港と言うには何もない、暗黒武術会会場へ向かう船の到着場所として指定された場所に着いたき、桑原はそんな風に苦々しく言った。
しかしそれに言葉を返すものはおらず、居心地が悪い思いをしながらも蔵馬の後ろにいる人物を指して尋ねる。
「で、そいつは誰なんだ、蔵馬」
桑原が尋ねたそうにしていたのには気付いていた。
ようやく聞いてきた桑原にしかし、蔵馬は飛影に言ったときとは異なって、正確な答えを言わなかった。
「昔からの知り合い」
「ホントかよ……」
「もちろん。オレが妖怪の頃からのね」
「…………」
無言で疑いの視線を向ける桑原。
しかしそれ以上何も言わない蔵馬だった。
そんな蔵馬の様子に諦めたのか、桑原は蔵馬たちから視線を外し、「浦飯の野郎まだかよ」などと呟いている。
「おい」
桑原に聞こえないくらいの大きさの声で今度は飛影が声をかける。
――――――蔵馬の後ろに立つ人物に対して。
「何だ」
「お前……蔵馬の兄じゃないのか」
「そうだが」
飛影の問いに寒凪は間を空けずに答える。
すると飛影は次に蔵馬へ視線を移し、無表情で聞いた。
「なぜそれを言わない」
「別にいいでしょう? 言ってもそれだけで満足してくれるとも思えないし……食い下がられるのも困るし」
今は詳しく説明する気にはなれないから。
正しくは説明が出来るほどの情報を蔵馬も持っていないから、なのだが……。
しかしそれでも誤魔化せるだけのことは出来るだろうに、それすらしない蔵馬。
“蔵馬”
“何? 寒凪兄様”
“そんなに俺が補欠では困るのか”
飛影に聞かれないよう、寒凪は精神感応(テレパシー)で尋ねる。
“…………困るんじゃない。嫌なんだ”
“何故。俺が参加しなければ喜雨か慈雨が参加することになる”
それよりはましだろうと言う寒凪に、それはそうだけど……と蔵馬は言葉を濁した。
“慈雨は参加を嫌がっているし――まあ、蔵馬がいるのならば出来なくもないだろうが――――しかし、それでもチーム内で問題を起こしそうだと喜雨が判断した。そして当の喜雨は――――”
“あの姿だし?”
“ああ。喜雨にとっては大して問題にならないだろうが、物知らずな妖怪どもには通じないだろう。チーム内でも同じだ。――――何もないに越したことはない”
“だから寒凪兄様ってこと…………”
ふう、と蔵馬はため息をついた。
蔵馬も寒凪が一番適任だということは言われるまでもなく分かっていた。慈雨よりも寒凪のほうがいつも冷静に物事を見ているし、行動もそうだ。それ以上に何事にも冷静なのが喜雨だが……先ほど蔵馬の言ったとおり、彼女の現在の姿に問題があった。であれば、寒凪以外にいないのも事実。
――――しかし、蔵馬は暗黒武術会に三人が関わること自体が嫌なのだ。
だが闇社会にとって邪魔な人間に関わってしまったのだから仕方がない。
自身と同じ理由でここにいるのだ。しかも補欠という、誰かが死ななければ試合には出ることが出来ないので、文句も言えない。
蔵馬がそう思っていると出航の時間が来て、ぎりぎりで幽助ももう一人のメンバーと共に現れた。
それなりに修行を積んだようで、以前よりはましになっていると寒凪は感じた。
しかし今のままではダメだと言うことも分かっていた。
口にすることはなかったが。
「予選……ね」
「さすが暗黒武術会、と言ったところか」
「オイ、どういうことだよ!! オレたちはゲストだろ!!」
「ゲストだから――――だ」
「はあ?」
「ゲストだからこういう扱いなんだ、暗黒武術会と言うのはな」
寒凪の言葉に桑原は納得できないという表情をする。
納得できなくてもそう言うものだと思わなければやっていられない。
それを寒凪は口にすることはなかった。
言っても理解できるとは思わなかったからだ。普通の感覚を持つ人間と、闇社会に生きる人間では感覚も、考えも相容れない。
二人のやり取りを見ていた蔵馬は妙に暗黒武術会のことを知っている寒凪を不思議に思っていた。
それほどこの大会について口を開いているわけではないが、それでも深く知っている様子に首を傾げたくなる。
しかしそれを尋ねる暇もなく予選を通過できなかった妖怪たちが襲ってきた。
「予想通りの行動だ。準備運動にもならんがジッとしているよりはマシか」
「同感…」
飛影の言葉に同意し、蔵馬は寒凪に疑問に思ったことを聞く暇もなかった。
一方。
寒凪は蔵馬が何か自分に対し思う所があることに気付いていたが、それには触れないでおこうと考えていた。
意味深な言葉を言った自覚はあるが、聞かれないうちは寒凪自身から言う必要はないと感じたからだ。
それよりも寒凪は喜雨たちのことを考えていた。
別経路で首縊島に行くことは知っている。
しかし喜雨たちのほうが早くに出てしまい、しかもその情報が寒凪はおろか喜雨たち自身にさえギリギリの時間まで連絡が来ておらず……連絡が来たときにはすぐに出なければ間に合わない時間だった。
そのため詳しいことを寒凪は聞きそびれてしまっていた。
そんなことを考えている寒凪も、もちろん襲ってくる妖怪たちを倒している。
妖力はまったく使わず、覆面をしたメンバーと同じように素手だけで動いていた。
その手際の良さに横目で見ていた蔵馬は感心する。
(相変わらずだなあ……寒凪兄様は)
以前とまったく変わらないその様子に、懐かしいと思う。
無表情でいるのも、文句ひとつ言わずに敵を倒す姿も変わらない。
(というより変わった所なんて殆どないしね、三人とも)
自分は大分変わってしまったけれど。
それなのに不思議に思うほど変化したところを見つけることが出来ない三人。見られるのは人間社会に合わせなければいけない部分だけ。
それが嬉しく思うものの……しかし同時に怖くも感じてしまう。
そんな感情を誰も知らないまま、船は首縊島へと向かっていた。
「へえ……いい部屋だな」
「まあ、こんなものじゃろう」
一方、ホテルに到着した慈雨と喜雨は案内された部屋でそんな感想を口にしていた。
「金の無駄遣い……」
「宿泊費は向こう持ちじゃ。気にすることはあるまい」
「あ、なんだ」
なら遠慮なく。
そう言うと慈雨は伸びをしてソファーへと座った。
喜雨が『向こう』というからには招待した側だろう。そう判断した慈雨は遠慮を捨てた。
同じように喜雨も腰を下ろし、運ばれてきたカップに口をつける。
「…………」
しかし一口飲むと無言で砂糖に手を伸ばした喜雨に、慈雨は呆れ顔で言う。
「姉貴……無理すんなよ。どうせ飲めないの分かってんだから」
「……別に良かろう」
苦虫を噛み潰したような表情を喜雨は見せた。
それは慈雨の言葉にか、口をつけた紅茶の苦味にか。
どちらにせよ後が怖いから慈雨はそれ以上からかうことはしなかった。
コンコン
二人が無言でいる室内に、扉をノックする音が聞こえた。
「何じゃ……コエンマ」
大きくはない、しかしよく響く声で返事をした喜雨。
それがきちんと届いたのだろう、扉の向こうからコエンマの声が聞こえる。
「入れてくれ」
「鍵は開いてるぞ」
慈雨がそう言えば扉が開き、呆れた表情のコエンマが入ってきた。
慈雨と喜雨の二人は鍵をかけると言う習慣がまったくないので、よく人間の家族に怒られている――――家の鍵をかけないことを。コエンマも、似たようなことを考えたのだろう。けれど幸いにもそのことを口にしない。
「……なんだよその格好」
「人間界ヴァージョンだ」
「何だそりゃ」
「これにはふかーいふかーい訳がだな――――」
「それよりコエンマ。何の用じゃ」
「…………幽助たちがここに到着した」
「部屋番号は?」
「404」
「へー、さすがゲスト。そこまでするかよ」
つかホテルに404なんて部屋番あるのか。
妙なところで感心する慈雨を横目に、喜雨はさらに続ける。
「ここには不釣合いな気配も、ぼたんと共にするが?」
「…………そのどアホな部下が口を滑らせた。すまんが彼女らの護衛を頼みたい」
「我らの第一は蔵馬と寒凪じゃ。最低限見はするが、危険を感じられない時は無視するぞ」
「それでも構わない」
呆れた様子の慈雨をよそにそうキッパリと言いきった喜雨にしぶしぶながらコエンマは頷く。
自分が多少の無茶を言っていることは理解していたからだ。
そもそも、喜雨たちを霊界探偵に関わらせたのもコエンマだ。
そのために喜雨たちはこんなところに来ることになってしまった。
いくら蔵馬が関わっていたとしても……幽助本人が知らなくても、彼に関わらせなければ、三人はただ眺めているだけで済んだはず。
いつもいつも――――特に喜雨には嫌なことに関わらせてしまう。
それでも最終的には拒否せずに行ってくれる喜雨に頭が上がらないのは確か。
今回も悩みに悩んで寒凪を補欠として浦飯チームのメンバーとして送り出してくれた。
たとえそれが運営側の陰謀だとしても。
それを考えれば無理強いなど出来るはずもない。
「姉貴」
「何じゃ?」
コエンマが出て行った後、慈雨が口を開いた。
「会いに行くのか?」
「今日は遅いからのう。明日でよかろう」
「遅いって……遅いか?」
時計を見上げながら言う慈雨に喜雨はさらに続けた。
「それに他の者もおるからのう……面倒ごとは好まぬ」
「まあ……確かに面倒なことになりそうだよなあ」
質問攻めにあうのは必至だろう。
それを想像した慈雨はそれ以上この話はしなかった。
「――――――寝よ」
「そうじゃのう……」
これ以上何もすることがなくなっり、それならば明日に備えて寝ようと言った慈雨に、喜雨も同意してベッドに潜り込んだ。
– CONTINUE –