Raining in the sun shine 11
「…………寝てやがる」
闘技場へ入ってきた浦飯チームを見て慈雨は呟く。何を考えているんだと思っているのが分かる。
呆れ顔でその声を耳に入れつつ、喜雨はコエンマとぼたんの気配を探っていた。
(まだ入ってきておらぬのか)
出来れば早く席に落ち着いて欲しい。そうでなければ、いつもはしない心配をしていなければならない。既に周囲は妖怪達でいっぱいなのだから。
そう思いながら喜雨は視線をリングへ向ける。
向けた先、慈雨の言う通り霊界探偵は寝ていて、桑原に抱えられていた。蔵馬は同じくリングへと上がってはいたが、寒凪は補欠のため一人リングの外で見ている。
「そんなに辛い修行だったっけか? げんか――――」
「慈雨」
慈雨の言葉を途中で止め、喜雨は表情を変えずに続ける。
「その名は呼ばぬほうが良い――――――色々怨まれておるからのう」
「へ? そうなのか?」
「ああ……。知らぬのか?」
「知るかよ……馬鹿やんなきゃ何にもしねえじゃん、あいつ」
「その馬鹿ばかりする者の方が多いのじゃ」
「…………へ~―――――あ、だから馬鹿なのか」
ぽんとこぶしで反対の手のひらを叩いて、ひとり納得したように言う。
あまりにもあんまりな言葉だが、喜雨とて同意見。
しかも周りに二人の会話を聞いているものなどいないのだから、否定する者がいるはずもない。
「お前たちなあ……」
だが、二人の会話に反応する声が背後から聞こえた。二人が同時に振り返れば、そこには昨晩会ったときと同じ姿をしたコエンマ。
そしてその後ろにはぼたんと幽助、桑原の身内。
来ていることは喜雨も慈雨も知っていたから今更驚くことはない。
しかし反対に慈雨たちがここにいるとは思っていなかった慈雨と面識のあるぼたん、螢子は驚いた表情をする。また、ひとりは喜雨もよく知っている人物だ。しかし視線で声をかけてくることは遠慮してもらう。それだけで通じる相手だった。
「どうしてここに?」
席に着きながら首をかしげる螢子に、慈雨はリングの外を示す。
視線を移した螢子は目を瞠った。
「あ、あの人……」
「あいついるし……ほかにも知り合いが出てるからな」
誰がとは言わず、そうやって慈雨は会話を切り上げた。
もっとも、慈雨が意識してそんなことをしなくても、リング上では桑原が宙吊り状態。
それに気をとられて会話がそれ以上続くことはなかった。
「まあ、最初はあんなもんだろ」
これが桑原の試合終了後の慈雨の感想だった。
元々、ただの人間である桑原に慈雨は期待していない。たとえ蔵馬が修行に付き合ったとしても、今の霊力で簡単に勝てるわけがない。
――――――死ななければいいだけだ。
さすがに側に人間がいる今、口にすることはないが――――――きっと喜雨には分かっただろう。
しかしもちろん喜雨も何も言わない。
二人をよそに、周りはヒートアップしているから、慈雨の言葉を気にする者はいなかった。
そんな中、次は蔵馬の試合。
観客席から見ている限り、寒凪が蔵馬に何か言った気配はなかった。恐らく何も言うつもりはないのだろう。蔵馬に何か忠告しなければいけないことがあるとは考えられないし、あったとしてもこの大会で果して意味があるのだろうか。
――――――一応、人間に踊らされなければならないのだから、何も言わないでいたほうがごたごたも少ない。
そう判断したのか。
とりあえず、それに特に感想を持たなかった慈雨と喜雨。今自分達にできることは、観客として大人しくしているだけだ。
――――――と、その時。
“姉貴”
“何じゃ?”
“何か、嫌な気分なんだけど”
“うむ。我もじゃ”
誰も聞いていないと思うが、念のために互いに精神感応(テレパシー)で会話をする二人。それはこの騒がしい中でも聞こえてきたこの試合、蔵馬が相手をしている妖怪の言葉が聞こえてきたからだ。そして、自分達が聞こえたのだからもっと近くにいる寒凪にははっきりと聞こえただろう。纏う気が明らかに怒りを含んでいた。しかし、ここで寒凪が動くことは出来ない。試合に手出しをすることはもちろん、その場を離れることも出来ない。そんなことが出来るのは――――――
“慈雨、行け”
“了解”
喜雨の合図に、慈雨は姿を消す。誰にも気付かれない様に――――――周囲の妖怪達は試合に熱中していて気付くものはひとりとしていない。気付くとすれば、
「あ、あれ? 慈雨さんは?」
「野暮用じゃ」
「…………」
視線をリング上に向けたまま、喜雨は答えた。そのそっけない反応に質問した螢子は戸惑い、喜雨のことを知っている静流は苦笑し、コエンマは頭を抱えていた。
それに気付いているのかいないのか、喜雨はそれ以上の反応を見せなかった。それは自分の姿が与えるイメージをまったく考えていないもので……説明も何もしていないのだから、そう言う反応があってもおかしくはない。それを理解していない喜雨にコエンマは頭痛が起きそうだった……あとで、言っておいた方がいいだろうと考える程。
「――――――そろそろかのう」
「え?」
ぽつりと、周りにだけ聞こえる声で呟いた喜雨。視線が集まることを感じた彼女は一応注意を促す。
「血を――死を見ることが嫌な者は、これ以上見ぬほうが良いぞ」
その言葉に、全員が視線をリング上に向けたとき――――――
「「「っ!!!!!」」」
数人が息を呑んだ。
それでも視線を外すものは誰一人としていなかった。それはこれからもこの大会の試合を観戦し続けるのならば必要なことだ。しかし――――
(肝が据わっておるのう……)
それだけではないだろうが、まあ、浦飯幽助と桑原和真の身内だ。こうでもなければやっていけないのだろう。
そこまで考えたとき、隣に慈雨の気配を感じた。
「どうじゃった?」
「やってきた……つーか、弱っ」
「そんなものじゃろう。主人がああなのじゃからな」
そう言ってあごで示した先にはシマネキ草を体全体から咲かせた妖怪。
「…………さすが蔵馬」
「そこかい」
コエンマのツッコミが入る。他の視線も集めてはいたが、慈雨は気にも留めていない。
ただ、リングを降りた蔵馬に寒凪が声をかけているのを見ていた。
「使い魔は慈雨が始末した」
「…………あとでお礼を言わなきゃね」
慈雨と喜雨姉様に。
そう呟いた蔵馬に寒凪は頷き返す。しかしその表情が表すものを正確に読み取った蔵馬は首を傾げる。
「どうしてそんなに不機嫌なの?」
「――――――――――――別に」
その不機嫌なまま、寒凪は言う。それに途惑いながらも、蔵馬は寒凪がこうなる理由を考えた。
自身が試合を始める前までは普通だったと思う。それが試合が終わって戻って来たらこうなっていた。
と言うことは、考えるまでもなく蔵馬自身か、試合が理由と言うことになる。――――まあ、後者だろう。
寒凪の性格を考えれば――――――
「……無事だったからいいじゃない。母さんの方は慈雨が対処してくれたんだし」
「――――――」
無言。しかし当たっていたのだろう……否定されなかった。
それにため息をつきながら、蔵馬は視線をリング上に向ける。
これ以上ここで納得させることは難しいかもしれない。ここは喜雨に協力してもらうしかないのではないだろうか。それならすぐに解決しそうだ。
そう判断した蔵馬は、とりあえず今は目の前で始まった試合に集中することにした。
– CONTINUE –