Raining in the sun shine 12

 第一試合を一番近くで観戦していて寒凪は思ったことがある。

 ――――蔵馬以外、自身の実力を正確に理解できていない。

 実戦不足が一番の原因だろう。それに加え、選択した行動のもたらす結果を考えきれていない。それはこの場合致命的だ。命のやり取りをする大会。ひとつのミスが自分の命を危うくする――――たとえその試合は大丈夫だったとしても、次の試合はどうなるか。――――方法が他になかったとしても、今を乗り切ることしか考えていないのはどうか。

 まだまだ大会は始まったばかり。
 ゲストの立場ではこれから先、楽な状況はないと言っていい。

(さて、どうするか)

 自分が補欠に選ばれた理由。
 表面的には単純だ。しかし、それに隠れている本来の理由――――伝えられなかったそれを分からない程、喜雨と付き合いが短いわけではない。
 だがしかし、この場合寒凪自身がどう動くかで状況が良くも悪くもなる。
 それを理解したうえで、寒凪は行動しなければならなかった。





「慈雨、喜雨姉様」
 ノックをし、中から返事があったのを確認してから蔵馬は室内に入る。その後ろには寒凪が続いた。
「お疲れ」
 自身で茶の用意をしながら、首だけ振り向いた慈雨は蔵馬の顔を見て言う。それに頷きながら部屋を見渡すと、この部屋の宿泊客ではない、しかしいてもおかしくない人物を見つける。
「あれ、コエンマもいたんですか」
「……ああ、これからのことをちょっとな」
「そうですか」
 頷いた蔵馬を見ながら、コエンマは眉をしかめる。
「そんなことより……治療したらどうだ?」
「え、ああ……分かってますよ」
 試合が終わり、そのまま部屋に戻らずにここまで来たのだ。蔵馬は左頬に受けた傷の治療をしていなかった。それにコエンマは呆れたと言うより心配になったのだが、他の四人は気にした様子もない。この場合一番心配するだろう慈雨も、蔵馬の能力を知っているために慌てることもない。
 そんな慈雨のそばに置いてある椅子に蔵馬は座ってどこから取り出したのか、植物を出していく。
「あ、これ使えよ」
「ありがとう」
 そう言いつつ慈雨はぬらしたタオルを蔵馬に渡す。――――こうなることを予測していたとしか思えない行動だった。しかしそれを指摘する者はおらず、こんな関係の四人の中にひとり放り込まれた感のコエンマは早く終わらせようと決心した。


「今日の試合を見てどう思った? 幽助たちは勝ち進めると――――」
「今のままでは無理じゃ」


 コエンマの言葉を遮って、喜雨はきっぱりと言う。そんな反応にコエンマは目を見張ったが……大きなため息をついて肩を落とす。
「やはりそうか……」
「あの程度の実力で勝ち進めと言うのが酷じゃ。暗黒武術会は、そう簡単なものではない」
「…………」
「しかし、成長が望めるのであれば結果は変わってくる。――――信じられないほどの成長が見込めればの話じゃが」
「可能性は?」
「ないとは言えぬ。己の実力と、現実との差を理解すればな」
「………………出来ると思うか?」
「我が知るわけなかろう。あやつらの性格を我は知らぬ」

 まあ、あやつらに行動力があれば何とかなるのではないか?

「保障はせぬが」

 あくまでも他人事。
 それを言外に臭わせながら喜雨は言う。
「…………どうすれば――」
「言ったであろう、コエンマ」


 蔵馬が関わっておらねば、我らはここにはおらぬ。


「――――――」
 冷静な……冷たい目。
 それをコエンマに向けながら、さらりと言う喜雨。それを慈雨と寒凪は否定することはない。蔵馬は肩をすくめていたが、自身が何を言っても無駄だ分かっているために、無駄なことはしない。
 諦めきれないのはこの場ではコエンマだけだ。


「あまり、意味のないことを言わない方がいいですよ」


 静かに、コエンマに言い聞かせるように言ったのは蔵馬だった。


「何?」
「コエンマだって知ってるでしょう? 妖狐族は身内には甘いですが――――それ以外にはとことん冷たいってことを」
「それは……そうだが」
「オレが変わってるだけで、喜雨姉様や寒凪兄様、それに慈雨は至って正常ですよ、妖狐族としてはね」
「…………」
「まあ、オレは姉様たちが人間の家族にどう対応しているのかは知りませんから、その辺りのことは何とも言えませんけど」


 それでもきっと、家族と今の関係を作るのに長い年月かかったんでしょうね、人間としての姿を見る限り。


「オレはあまり時間は関係ないほうですけど……珍しいタイプですよ、オレみたいなのはね」


 蔵馬が手を止めずに言った言葉には、コエンマも返すことが出来なかった。
 その『時間がかかっていた』時のことをはっきりと記憶しているから……それ程昔のことではない。最近のことでもないが。


「それに、やっぱり自分で何とかしなければいけないと思いますよ。喜雨姉様に頼っているうちは、優勝は望めないでしょうね」
「勝たなければ死んでしまう」
「負けなきゃいいんですよ、チームとしてね」
「試合の最中に死んだらどうする」
「その時はその時。それが人生だったんでしょう。自分が弱くて負けたんだから、文句は言えない」

 そう言うところでしょう? ここは――――――

「…………やっぱりお前も妖怪だな」
「――オレは自分が人間だと思ったことはないですよ」
 むっとしながら言った蔵馬に、コエンマは呆れた様子を見せる。他の三人は何の反応も見せない。ただ黙って聞いているだけで、表情の変化もない。
 それを見たコエンマは、これ以上何も言う気にはなれなかったのだろう。一言二言、言い置いて出て行った。

 とにかく今のままでいいから周囲に気を配り、浦飯チームの親族を守ること。

 それ以上を、頼める空気ではなかった。





「少し、厳しすぎじゃねえか?」
「あれ、慈雨。本気で言ってる?」
「全然」
 コエンマが出て行った後、慈雨は言った。が、本気で言ってはいない。そんなことを考える慈雨ではない。
「全て事実じゃ」
「――――俺たちにそんなことを望むほうが間違っている」

 何年人間をしていようが根本は妖怪である四人だ。
 それは変わることはない。
 何年もかけて守りたいと思えるようになった人間ならまだしも、知り合ってそれほど経たない人間に何を思うこともない。

 明日死のうが、目の前で殺されようが。

 そんな状況、魔界では当たり前のことだった。
 その感覚を今も持ち合わせている慈雨たちに、すぐに考えを改めろと言っても無理な話だ。たとえここが人間界であっても変わらない。

「蔵馬は、どうするんだ?」
「え?」
「チームのメンバーを守ろうとか思ってるか?」
「全然。――――その必要はないでしょう。そんなことをしたら怒りそうだし……それくらいのプライドはあるでしょう。何より、そんな余裕はないよ」

 慈雨たちと違ってどれだけ妖力が落ちたと思っているの。

「ま、そうだよな。……今の蔵馬じゃ、戸愚呂はおろかそれ以下の奴でも倒すのは難しいだろうな」
 慈雨の言葉に蔵馬は苦笑する。
 そんな慈雨は、きっと本気を出せば簡単に戸愚呂は倒せるだろう。以前と変わらない力を持っているのなら、本気を出す必要もないかもしれない。
 昔は蔵馬もそうだった。
 しかし今は違う。

 弱い人間の肉体。
 それ相応にしか持つことの叶わない妖気。

 その点においては慈雨たちのほうが異常なのだが、今の状況ではその異常さが羨ましくもある。
 望んでも今更だが。

「とにかく今は力をつけることだな」
「分かってる。そうすぐには結果は出ないだろうけれど……それでもやれるだけやってみるよ」
「ま、死ななきゃいいんだよ」

 死ななきゃ何とでもなるさ。

 あっさりとした慈雨の言葉。なんとも『らしい』言葉に蔵馬は苦笑するしかない。





「これからどうするつもりじゃ?」
「とりあえず、明日は『試合観戦』をしようかと思って」
「それでまた組み合わせ抽選するんだろ? どこと当たるかだよな」
「――――――どの道、まともな組み合わせではないだろうがな」
「言えてる……」
「どこと当たろうと全力でするだけ……。まあ、死にませんよ」

 肩をすくめつつ、笑顔を見せる蔵馬。
 それに慈雨と寒凪は心の中だけでほっとしていた。

 次の喜雨の言葉を聞くまでは。



「そうでなければこの島にいる全ての者がどうなるか……保障はせぬ」

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子