Raining in the sun shine 13

「おや、来たのは君だけかね」
「他に誰が来るかよ」
「そうかね。…………私としては、喜雨、と言う名の妖怪に会ってみたかったんだが」
「誰が会わせるか」
「私はこの部屋に来るように言付けたはずだが?」
「“誰”とは指定してなかっただろ。それなら来るのは俺だ」

 豪奢な左京の滞在する部屋。
 その部屋に呼び出された浦飯チームの関係者。もちろん普通の人間の方ではなく、喜雨と慈雨の方。
 慈雨の言ったように『誰』との指定はなかったため慈雨だけが来ていた。
 まともな理由はないだろう。しかし大会は単に殺しを楽しむ場であるから、大した理由でもないだろうが。

「それで、用件は何だよ」
「そうピリピリしなくてもいいだろう? 戸愚呂の相手をさせようとしているわけではないんだから」
「…………」

(んなこと誰が考えるかよ)

 アホらしい。

 左京の言葉に慈雨は思った。
 そんなくだらないことを左京は考えているのか、と。
 戸愚呂はどうだろうと思う。同じように慈雨が考えているとでも思っただろうか。
(テメエらの誰が俺の相手になるって言うんだ)
 今の状態では戸愚呂の方に分があると誰もが考えるだろう。
 しかし実際は違う。経験の差もある。
 本気になった時、慈雨と戸愚呂の差がどれ程のものか…………


「感想を聞こうと思ってね」
「はあ?」
「どうだったかね、試合を見た感想は」
「――――――アホらしい」
「それは試合を見た感想かね、それとも私の質問がかね」
「どっちもだよ」
 面白いものでも見るような目で慈雨を見る左京に対して、慈雨は呆れ気味だ。これ以上付き合ってなどいられないとばかりの表情。それでも左京は表情を変えることなく続ける。
「そうかい? 私は結構楽しんでいるが」
「その程度の命のやり取りしか見てきてないからだろ」
 あくまでも己のスタンスを変えずに言う慈雨。
 それをただ左京は面白そうに見ているだけだ。
 慈雨がこの部屋に来てから変わらない表情。それが変わるのはどんな時だろうと慈雨は思った。

(…………やめとこ。時間の無駄だ)

 一瞬、逡巡した後に慈雨はそう答えを出した。
 そんなことをするよりも、早く戻りたい。
 蔵馬が試合を観戦するはずで、それに付き合おうと思っていたのだ。まあ、目の前の人間もそうするだろうから、時間には間に合うだろうが。

「これからの試合もアホらしいかね」
「何も知らないやつらが、殺し合いを金儲けの道具にする時点で十分アホらしいし、馬鹿げてる」

 もういいか。予定が入ってるんだよ。

 そう言って答えを聞かずに身を翻す。しかしその背中に左京は言葉を投げた。

「まあ、いい。……しかし、試合に出ない君でも大切なものは守らなければどうなるか分からないよ」

 あの赤毛の子のようにね。



「…………俺らの情報を正確に知った上で言いやがれ」



 吐き捨てるように言った慈雨。しかし内心では嫌なところを衝かれたと思った。
 自分がそれを出来ないのではなく、蔵馬が完璧に己の身を守ることが出来るかと言う点で不安が残るからだ。
 そう考えたのは気付いただろうか。別にそれでも構わないが……実際はどうだっただろう。左京を見ることなく部屋を出て行ったため、それを確認することは出来なかった。





「蔵馬」
「あ、慈雨……来たんだ」
「何か来て欲しくなかった様な言い方だなあ」
 慈雨のじとっとした視線を受けた蔵馬は肩をすくめた。
「そう言うわけじゃないけどね。こう言う試合って、慈雨にとってはつまらないんじゃないかと思って」
「実際つまらないな」
「なら部屋でゆっくりしていればいいのに」
「そう言うわけにもいかねえだろ、今回ばかりは」
「…………」
 なんとなく、慈雨の言いたいことがわかって蔵馬は口をつぐんだ。そして視線をリングに向ける。


「霊気?」

「――――――霊気だな」


 ぽつりと途惑ったように言う蔵馬に、慈雨も同意する。

「Dr.イチガキチームか……」
「知ってる?」
「全然」

 どう見ても雑魚だろ。

 リーダーらしき妖怪を見下ろしながら言う。
 それ以上慈雨は何も言うことはなく、蔵馬自身も試合に集中することにした。





「なあ……おめえ、なんて名前なんだ?」
「――――――そう言えば言っていなかったな」
 ゲストチームの部屋、試合のない日だ。今後の試合に備えようと幽助たちは部屋で休憩していた。
 そこには蔵馬と飛影以外の浦飯チームのメンバー……もちろん寒凪もいた。
 しかし幽助はおろか桑原も寒凪の名前を聞いていなかった。それにようやく気付いた幽助が問い、寒凪もそのことに気付く。

「寒凪だ」
「寒凪?」
「ああ」
「ふーん……」
「浦飯。こいつ、蔵馬の知り合いらしいぜ」
「え、そうなのか!?」
 桑原が首縊島に来る前に聞いたことを幽助に教える。そのことに驚きつつ、本に視線を落としたままの寒凪に目を向けた。
 けれど視線を上げることなく寒凪は頷くだけ。だが寒凪が肯定したことで幽助は興味を持ったようだ。
 蔵馬に対して仲間意識以外は持っていないが、気になることは気になる。何せ美人だ。実際は知らないが、男の気配を感じられなかった蔵馬の知り合いとなれば、話を聞きたいのが性。
 まあ、寒凪の様子を見ると会話が成り立ちそうにもないが……。

「蔵馬といつ知り合ったんだ?」
「――――蔵馬が生まれた時だな」
「「はあ!!??」」
 寒凪の言葉に二人は声を上げる。ちなみに同じ部屋に覆面がいるが……こちらは何の反応も見せなかった。それはそうだろう――――幽助たちは知らないことだが、覆面と寒凪は古い付き合いだ
「生まれた時からって……」
「蔵馬は妖狐。そして俺も妖狐だ。同じ場所で生まれ、育った。俺のほうが年上だから、蔵馬が生まれた時に俺たちは知り合った、と言うだけの話だ」
 蔵馬が桑原に隠した『兄』と言う事実は一応伏せた。そのうち話すことになるだろう。蔵馬は寒凪のことを兄と呼ぶし、まだ二人と直接会っていない喜雨と慈雨も……慈雨は喜雨のことを姉と呼ぶ。

(この島にいれば嫌でも顔を合わせることになる)

 その時に話しても遅くない。

 寒凪はそう判断した。
 実際、寒凪には隠していることが多々あるにもかかわらず、二人には気付かれていない。気付かれていないことを――聞かれていないことをべらべら話す趣味を寒凪は持ち合わせていなかった。

「それよりも、力の回復に努めたほうがいい」
「そうだけどよー。んな簡単に回復出来ねえよ」
「霊丸が撃てねえんじゃな……」

 どうすっかな。

 そう。一回戦で霊丸を連射してしまったために幽助は今、まったく霊丸が撃てない状況だ。
 桑原も似たようなものだ。疲労が溜まって全力を出せないだろう。
 現在浦飯チームの中で全力を出せるのは蔵馬。それから覆面のみ。
 次の試合が迫った中で、このまま進めるほど楽なものではないと寒凪は考えていた。

 しかし、どうすることも出来ない。

 寒凪の場合、蔵馬相手であれば少々回復させることは可能だ。何せ実の兄妹だ。元々の妖気は酷く似たもので、有り体に言えば妖気を『移す』ことで回復させることが出来る。それは喜雨と慈雨の間にも言える。
 しかしそれは妖気の質が似ているからであって、そうでなければ回復させることなど寒凪には不可能だった。
 しかも幽助も桑原も人間だ。寒凪程の妖気など送ってしまえば二人とも一瞬で霊界行き。

 やはり自分自身で回復するしかない。


(問題は、どこまで元に近づけるか――)


 さすがに寒凪がそこまで予測することは出来なかった。





「二回戦はDr.イチガキチーム…………か」
 部屋にひとり喜雨はいた。
 同じ部屋の慈雨は蔵馬についている様に言ってある。既に運営側の、もしくは他のところからの妨害があってもおかしくない頃だ。
 蔵馬が幽助達と一緒にいるならば、寒凪がいるために慈雨は蔵馬の側にいる必要がない。しかし、そうも言っていられない。性格上、蔵馬は慎重を期するだろう。しかし他のメンバーがそうするとは考えられなかった。
 色々気になる事もある。
 今回の対処は間違っていないと喜雨は思っていた。

 そして今、喜雨にそのことに関して考える必要ない。

 必要なのは……


「奴らが何を考えているか、じゃ……」

– CONTINUE –

2020年10月27日

Posted by 五嶋藤子