Raining in the sun shine 14
コンコン――――――
「開いておるぞ」
深夜。喜雨が一人部屋にいると訪ねて来た者がいた。しかし喜雨はソファーの上から動くことなく一言言う。それ程大きくなかった声はちゃんと聞こえたようで、静かに戸が開いた。
「喜雨姉様、少しいい?」
「良くなければ応えぬ」
冷たくも取れる言葉に苦笑いを浮かべながら、蔵馬は喜雨の向かいに座った。
「慈雨はどうしたのじゃ」
付いて来そうなものじゃが。
「……ちょっと遠慮してもらった。喜雨姉様と二人だけで話をしたかったから」
蔵馬の言葉に軽く頷くと、喜雨は閉じていた目を開けて蔵馬に視線を移す。そんな風に促された蔵馬は姿勢を正して一言言った。
「何を考えているの?」
それ以上は何もいわない蔵馬。ただ喜雨の反応――言葉を待つだけだった。
喜雨のほうもすぐには反応しなかった。が、少したった後、小さくため息をついた。
「それは、我らを呼んだ人間に聞くべきじゃろう?」
「確かに、それも知りたいけどね。でも――」
それよりも、喜雨姉様が何を考えて行動しているのか知りたい。
「……それほど遠くを見据えて動いておるわけではない。――今、どう動けば深い傷を作ることなく乗り越えられるか“予測”しているだけじゃ」
「――――――嘘」
蔵馬がぽつりと呟く。けれど喜雨は表情も雰囲気も変えることなく――むしろ微笑を浮かべていた。
「なぜ、そう思う?」
「明確な理由があるわけじゃないけれどね――。あえて言うなら『なんとなく』かな。普段の喜雨姉様とどこか違うような気がするから」
「……普段通りにしておったのじゃが?」
「コエンマは気付いてないと思うよ。“オレたち”だから気付いただけで――――」
「やはり慈雨もグルか」
「ぁ…………」
今度の喜雨はあからさまにため息をついた。
それに対して蔵馬は少々身を縮めながら、喜雨の様子を伺うように見る。
しかし、喜雨はそれを咎めるようなことはしなかった……が、呆れた様子で蔵馬を見ていた。
「まあ、その様なことだろうとは予想していたが――――今でなくとも良かろうに」
「……それはオレも言ったんだけどね。慈雨が明日の試合、嫌な予感がするって言うから」
蔵馬の言葉に喜雨は考えるような仕種をした。言った蔵馬も困った表情を隠しもしない。
「――――そうか」
少し経って、ようやく口を開いた喜雨の言葉はそれだった。
「慈雨がそう言うのならば、そうなのじゃろう」
「ハッキリ勘だと言ってくれればいいのにね」
「それでは、困るようなことは何もないではないか」
「そうだけどね」
理由も何も言わないときだけ、慈雨の予感は当たるから。
「必要なときは出ないから使えない」
「そう――――必要のないときばかり言うからのう」
言い合いながら、二人は笑っていた。
「で、本当のところ、何を考えているの?」
「覚えておったのか」
喜雨の言葉に、当然、という表情で蔵馬はいた。
答えを聞くまではここにいるという態度に少し困った表情を浮かべ、喜雨は言う。
「どうすれば良いのか、どう言う態度でおれば良いのか今の我にも未だ判らぬ。――が、もう少しすれば自ずと知ることになる。それまで少々待っておれ」
「――喜雨姉様から直接聞くことはできないってこと……」
考え込んだ蔵馬が出した答えに喜雨は頷くだけだった。
「わかった――――――」
納得出来ない答えだが、これ以上いても意味はないと蔵馬は立ち上がり、喜雨を振り返らずに部屋を出て行った。
翌日。
喜雨は一人会場の観客席へ。
寒凪は幽助たちとともに会場へ。
そして慈雨は蔵馬と一緒に――――
「もう抜けられないのさ、オレもお前も――――そいつもな」
視線を蔵馬から慈雨へと移し、飛影は言う。
「殺るか殺られるかだ」
同時に蔵馬は慈雨の隣から飛影の側へ移動した。
三人の視線の先には2匹の妖怪――Dr.イチガキチームのメンバーだ。
目的は明らかに蔵馬と飛影の足止めだ。ただ、2匹の妖怪は蔵馬たちを殺す気でいることが見て取れるが――――
(役者不足だな)
いくら蔵馬が以前より弱くなっているとしても、飛影が本気を出せる状態でないにしても。
確かに試合開始には間に合わない。けれど試合に出られる時間には終わるだろう。
そんなことを慈雨が考えている間にも1匹目を二人は倒していた。
(やっぱ、力足りねえよ……)
奴は何のためにこんなことをしているのか――と、先の試合で見たDr.イチガキチームのヘッドで補欠の妖怪を思った。
蔵馬たちの前には倍以上の体積があるロボット。
特殊加工が施されており、こちらの攻撃が効かないので少々押され気味だ。しかし慈雨は動こうとはしない。どうやらそれがプレッシャーになっているようで、現時点で有利なはずの妖怪が少し焦っている様にも見える。
その焦りが、一気に余裕へと変わったのはロボットが蔵馬を捕らえたと思われた時だった。
「ばーか」
しかし、飛影ですら蔵馬の状況に声をあげたと言うのに、慈雨は笑いながらそう言うのみ。
「そう簡単に、やられるかよ…………なあ?」
蔵馬。
慈雨が言ったのと、Dr.イチガキチームのメンバーの前に蔵馬が無傷ではなかったものの、姿を現したのは同時だった。
「ば…ばかな。これは一体」
驚きでそれ以上何も言えない妖怪に、蔵馬は種明かしをする。手懐けたロボットの上に乗って。
それは蔵馬だからこそ出来たこと。
(俺には出来ないな……)
そう思いながら慈雨はようやく木から下りる。
「キミはどうする? 服従か? 死か?」
蔵馬が言ったのと同時に慈雨は妖怪の背後に回り込む。
逃げられることは考えていなかった。
たとえ逃げたとしてもすぐに捕まえることは可能。
しかし、手っ取り早いのは脅してしまうこと。
こちら側に逆らうことが出来ないように、恐怖を与えること。
――――――服従させることだ。
「わ、分かった!! 言う!! 全て話す!」
案の定、自身の状況を正確に把握した妖怪は、簡単に屈服した。
「で、こんなところに監禁していた、と――――」
慈雨が呆れ声を出したのには理由がある。
「いくらこう言う所しか監禁できる場所がなかったとは言ってもなあ……」
視線をめぐらせればそこは薄暗い洞穴。
この島にはいくつかあるうちのひとつに、Dr.イチガキチームの人間達にとって大切なヒトがいた。
「蔵馬、治せるか?」
「――――――簡単」
ほんの少し見ただけで、蔵馬はそう言い切った。
それに信じられないような表情をDr.イチガキチームの妖怪はするが、今は口をつぐんだまま……不必要なことを言って、自身の命に関わることになってしまっては困ると考えたのだろうか。
実際のところ、それはいいほうに転がることも、悪いほうに転がることもなかった。
蔵馬は無言で薬を作り、それを人間に与える。
その表情はどう見ても呆れたという思いを浮かべていた。
「どうした?」
それにいち早く気付いた慈雨が問う。
「いや……」
それに肩をすくめる蔵馬。
「こんなに解毒薬を作るのが簡単だとは思ってなかったから」
妖怪から、チームの人間――――実験台を手に入れるためにその師を病気にしたと……病気に見せかけるために毒を使ったと聞いた時に、どんなに難しい物を使ったのか。解毒薬は作れるのかと心配したらしい。しかし実際は、そんな心配など杞憂だったわけで。蔵馬が呆れるのも無理はない。
大体、植物を操る蔵馬に植物で勝てる者はそういるものじゃない。
しかもここは人間界。
ここでしか生きたことのない、もしくは魔界と人間界を自由に出入りできる弱い妖怪が、自由の利かない程の強さの蔵馬に勝てると慈雨は思えなかった。
力の、妖気の差は知識の差に繋がることも多々ある。
今回それが顕著だったようだ。
薬を与えられ、ようやく目を開けた人間は目の前にいる妖怪――――蔵馬に目を見張る。
「大丈夫です。あなたを害するつもりはありません」
「…………」
けれど、蔵馬の言葉に口を開かない人間は、体をこわばらせながらそれでも何とか体勢を起こす。
「あ……」
そうしてようやく目に入ってきた別の妖怪――慈雨の姿を捉え、声を上げた。
「よう、久しぶり」
「…………お久しぶりです」
何でもないことの様に――知り合いに声をかける様に言った慈雨に、彼は目を見張りながらも何とか言葉を返す。
「慈雨、知り合い?」
「ああ……ちょっと前からのな」
慈雨を見て尋ねた蔵馬にそう答えながら、慈雨は男を支えて立ち上がらせる。
多少ふらついたものの、さっきまで意識のなかった人間とは思えない回復振りだ。
そのことに驚いている男に現状を説明し――もちろん病気とそれを治したことについても――、会場へと急ぐことにした。
「あの、ありがとうございます」
見た目は年下に見えても、実際は年上だと分かっている慈雨に友人と話す様に話しかけている蔵馬に、男はそう丁寧に礼を言うと、蔵馬は肩をすくめた。
「いえ、どうせこうしなければ会場には行けませんでしたから」
「…………それはどう言う……」
はっきりと言わない蔵馬に、男はもちろんのこと慈雨も飛影も首をかしげる。
それに困ったような表情を見せた蔵馬は、三人に聞こえる様な声でぽつりと言った。
「今、連絡がありました。――――――あなたの弟子たちが、イチガキに命を握られているそうです」
そして、それから救う方法は――――――“彼らの死”以外にはないと。
– CONTINUE –