Raining in the sun shine 15

 リング上に上がった三人をその外から眺めつつ、寒凪は無表情の下で内心まずいことになったと思った。
 確かに蔵馬と飛影がおらず、しかも幽助が霊力が使えない以上三対三で試合を行うしかない。
 …………が、

(おそらく桑原も相手の霊力は見えないだろう)

 それだけの力の差がある。
 慈雨から喜雨へ、そして寒凪に伝えられた情報に間違いはない。
 その考えまで至った寒凪は、小さくため息をついた。
 幸いそんな微かな行動は誰にも気付かれることなくDr.イチガキチームとの試合は始まった。


 幻海の案は現状では最良だ。
 けれど――と考える。
『あの三人は、コンビネーションプレイのほうが得意じゃったからな』
 耳元で、寒凪が考えていた通りの言葉が聞こえてきた。
 見なくとも観客席にいる喜雨がどうやって声を届けているか知っている寒凪は、肩に乗る小さな蟲を飛ばさないように動きを止めた。
「幻海も知っているのか?」
『知っておろう――――じゃが、こちらの状況を考えればこうするしかなかろうて』
 リング上の幽助たちは彼らのコンビネーションに振り回されている。
「そうか――――」
 二人の予想通り、相手チーム有利に試合は進んでいた。
「――――相手の霊力が見えなければ、どうすることも出来ないぞ」
「そんなもん分かってる!!」
 たまたま目の前に飛ばされた幽助に聞こえるように呟けば、間を置かずにそんな叫びが返ってくる。けれどすぐに言った本人は試合に戻っていった。
 しかし――――
「甘いな」
『寒凪?』
「相手は同じ人間。しかも操られている。奴らの事情を考えたからだとしても、この状況で手を抜けば、むしろ操られているからこそ自分達の身が危ない」
『――――それでも、出来ぬのじゃろう。自分達の命も大事じゃが、操られている者の命もまた大事』
「そういえば、あいつらは操られた人間を相手にしたことはなかったようだな」
『その様じゃな』
 喜雨がふっと笑ったのが分かった。
 リングを挟んで寒凪の反対側ではイチガキが笑っている――勝ち誇った様に。
「喜雨」
『何じゃ?』
「あの背中の機械は外せるのか?」
『もちろんじゃ。――――――奴らを殺せばな。イチガキは、あの三人の命を手にしているからのう』
「そうか」
 何を根拠にそんなことを言ったのかは寒凪には分からない。けれど、喜雨はそんなことで嘘をつかない。それが分かっている寒凪は、肩に乗る蟲をちらりと見た後、蔵馬と連絡を取った。





「寒凪兄様」
 リング上へ上がることを止められた蔵馬は、寒凪の名を呼びながら駆け寄ってきた。
 その後ろには飛影もいる。一緒にいたはずの慈雨はと気配を探れば、喜雨の側にいるのが感じられた。さすがに補欠でもない者が下へ降りるのはためらわれた様だ。
「彼らの師匠には向こうで待ってもらってる」
「そうか――――たいした毒ではなかった様だな」
「まったくね。それよりも……」
 視線をリング上へ向けると、幽助の力が徐々に上がっているのが見えた。
「あいつは、奴らを殺すことしかできんぞ」
「だろうな」
 飛影の言葉を寒凪は肯定する。
「――――それでいいのか?」
「俺は『いい』と答えるぞ」
「「――――――」」
「だが、それが駄目だと言うのなら――――この状況でも殺さずに救う可能性を持つ人間が、一人だけいる」
「……覆面」
「お前はあいつの正体を知っているのか?」
「知っているさ、もちろん。あの三人を救うことが出来るのは、今はあいつだけだ」
 寒凪は言い終わると同時に動いた。
 それについていく蔵馬と飛影。向かった先はリングの外で青くなっているイチガキのところだった。
「機械に頼るしか出来ないのか? お前は――――」
 その言葉にイチガキは顔を上げると、そこに寒凪、蔵馬、そして飛影を目にする。
「マニュアル通りの心理作戦も結構だが、何がきっかけで人間強くなるか分からないんだよ」
 続いた蔵馬の言葉に、イチガキはリング上の三人に向かって叫んだ。

「えーい、何かのマチガイじゃこれは。さあ、さっさと奴らをぶち殺せ!!」

 イチガキの声に反応した三人。
 しかし、レベルアップした幽助には敵わない。
「霊気が完全に戻ったな」
「……幽助らしいレベルアップの仕方だ」
「――――フン」
 三者三様の反応をしながら、それでもイチガキの様子を窺っている。
 けれど既に万策尽きたであろうイチガキは、どうすることも出来ないでいた。





「どうなってる?」
「見たままじゃ」
「そうだろうけどさあ……」
 姉のあんまりな言葉に慈雨は肩を落とした。
 あれからイチガキチームの三人の師匠を連れてここへ来た。
 蔵馬たちは下へと行ったが、あまり試合に関わりたくなかった慈雨はまっすぐ観客席と来たのだった。
「なんか、あんまり骨のない奴だったんだな」
「“あんまり”ではなく“まったく”じゃ」

 そもそも骨があれば人間を操ろうなど考えず、己自身で戦うじゃろうて。

「それもそうだな」
 キツイ言い草だと思いながら、それでも自分だって同じ事を考えているのだ。慈雨に否定する理由はない。


「で、結局あいつが手を下すんだな」
 見下ろした先には己の霊気を片手に集めた覆面。
 周囲はそのことに目を奪われ、動く事も出来ないでいる。
「それはそうであろう。……寒凪が試合に出ているなら別じゃが」
「――――寒凪だったら助からねえじゃん」
 姉の言葉に慈雨は一瞬考え、導かれた答えにいいのかと喜雨に問う。
「良いわけなかろう……補欠は誰かが死ななければ試合には出られぬ。だからこそ、その点を気にすることなく寒凪を補欠に出来たのじゃ」
「だよなあ……」

 あーびっくりした。

 呟きつつ、慈雨は寒凪たちに視線を移す。
「寒凪は……なんであんなに変わらないんだ?」
「そなたも変わっておらぬ」
 慈雨の呟きに喜雨は間髪を入れず言う。
「…………けど、さすがにオレは人間殺すのはやばいのはわかってるぞ?」
「寒凪とて理解しておろう」
「理解しててもこの場合、遠慮しそうにない気がするのはオレだけ?」
「否。そもそも遠慮などせぬじゃろうて」
「だから、それがやばいし、変わらないところだろ」
 コエンマに知られたら一番やばいのは実は寒凪のこんなところだ。
 そんな風に主張する慈雨に、喜雨は否定せず……しかしこんな風に言う。

「では慈雨。そなたは人間にならなければ――――人間として生きていなかったならば、人間を殺しても良いと思っておったか?」

「まさか」
 そんなわけないだろう。
 すぐに否定する慈雨。
「自分の身を守る以外に殺す理由はないだろう? オレらは食人鬼じゃないんだから」
 すると喜雨は「だから変わってはおらぬと言ったのじゃ」と、微かに笑みを浮かべながら言う。
「は?」
 ぽかんとした表情を浮かべて慈雨は喜雨を見る。
 この時、慈雨の頭の中がどうなっているのか――何を考えているのか、喜雨には手に取るように分かった。
「寒凪とて、そのことは十分に理解しておる。人を傷つければ霊界が黙っておらず、人間界で生きていけなることも含めて」
 もし寒凪が人として生きることにならなくとも。
「それは昔から変わらぬ。慈雨、そなたと同じように」
 けれど、と喜雨はいったん言葉をとめる。
 次の言葉を待っている慈雨は、闘技場へと視線を移している喜雨を黙って見ていた。
「ただ、寒凪はそなたと違って遠慮はしないだけじゃ」

 寒凪の一番はどんなときでも妖狐族だというだけ。

 人間の家族がいても、我らとあの者たちのどちらかを選べと言われれば、迷うことなく我らを選ぶ。我らのほうが力があり、あちらのほうが生命の危険があっても――――我が言わねば寒凪は間違いなく我らを選ぶ。
「……そこまで寒凪は妖狐第一だったっけ?」
 昔の記憶を探る慈雨。
 けれど慈雨の記憶にある寒凪は物静かで、いつも喜雨の指示に従っている姿しかない。
 まれに自分の意志で動いているようだったが……頻繁にあったわけではない。それよりも喜雨をはじめとする周囲の頼みを聞いていた姿しか思い出せなかった。
 その姿からは“妖狐第一”の思考は見られなかった。人の――現在人間として関わりのある者たちの頼みも嫌がる様子もなく聞いていた。
 ただ、それでもなお人を傷つなければその場の解決にならないと感じれば、すぐに行動に移すだろうと言う思いはあったが……慈雨だったらそうはいかない。きっとためらいが生じると自身でも思っていた。
「慈雨の生まれた頃にはすでに、同胞は我らを含めて五人のみだったからのう……我が生まれた時には既に妖狐族は滅びの道を進んでおった。それでも寒凪の生まれた頃はまだ同胞は多かった」

 けれど、その数は急速に減っていった。

「それを生まれてからずっと目にしてきたのだ、寒凪は」
 どんな思いで見てきたのだろうか。
 それは分からないが、寒凪の成長に影響を与えたのは間違いないだろう。
 いくら仲間意識が強い妖狐族とは言え、それでも妖怪でもあるのだから、自己を一番に考えることも多々ある。
「けれど、寒凪にはそんなところが少しもない。――まれに、何のために生きているのかと思うことがある」
 かすかに微笑を浮かべながら寒凪を見ている喜雨。
 そんな喜雨を横目に、そう言えば姉は寒凪をずっと見ていたんだといまさらのように思った。
 妖狐族が滅びの道を進んでいくのを見ていたのは何も寒凪だけではない。喜雨もまた、それを見ていて、しかも両親の死もその目で見ていた。
 慈雨に両親の記憶はない。
 父親は慈雨の生まれる前に既に亡くなっていたし、母も慈雨を生んですぐに亡くなった。
 妖狐は他の妖怪と同じように、生まれてすぐから目は見えるし、周りの音を認識することもできる。
 けれどまれに……そう、慈雨や蔵馬のようにそれを記憶していないものもいる。
 それはきっと生命の危険にさらされたことがほとんどなかったからだろうと慈雨は推測している。
 記憶にある限り、なかった。
 喜雨の側にいれば安全だったし、後年離れていることはあっても、その時には既に慈雨の力はその辺の妖怪では太刀打ちできないまでになっていたから、身の危険を感じたことはないと言っていい。
 けれどそれは喜雨が――――それに寒凪が側にいたからだ。
 そんな二人は危険を感じることは多々あっただろうし、慈雨たちが生まれてからはさらに気を張ることも多くなっただろう。
 そんな喜雨たちと、慈雨では考え方も思いもまったく違って当然だ。
 だから寒凪が何を考えているのかも――――慈雨には正確に理解することは不可能なのかもしれない。
 そしてそれは、喜雨に対しても――――

「じゃが、寒凪はいつまでたっても変わらなかった。妖狐が――――我が一番で次が蔵馬。その次が慈雨、そなただ。この三人の順番はそのつど変わるがのう。それからようやく他の者が来る」

 そして自身はいったい何番目に来るかわからない。

「寒凪に、妖怪、人間、そして霊界人の区別はない。どこまでも個々の者しか区別をつけない。それ以上も、それ以下も……どこにもない。ただ、我らが上位に来るから妖狐が第一だと言うだけ」
 もしかしたら“妖狐族”の区別もしていないかもしれない。
 けれど喜雨は寒凪にとって妖狐族は第一ではないかもしれないと推察しても、断定はしなかった。
 個々を区別するのは構わない。
 けれど、己を上位に持ってこない寒凪にとって、それは悪影響にしかならない。
 妖怪と人間、そして霊界人の区別をつけないと言うことは一見いいことなのかもしれない。どれも対等な存在と認識している点では。
 けれど、その三つには力の差と言うものが存在している。――――その存在を滅ぼすことも可能なほどの力の差が。
 魔界では構わないその考え方であっても、ここは人間界だ。人間の住む世界だ。
 そして、霊界の監視下に置かれた世界。
 そんな世界では、寒凪のような考えでは……場合によっては人間に躊躇なく手を振り下ろすような考えは危険以外の何者でもない。

「そなたも寒凪も、何も変わってはいない。人間を傷つけては霊界が黙ってはいないことも、そもそもそんな必要が普段はないこともちゃんと理解しておる。けれど――だからといって手を下さないかと言えば、寒凪の場合は否と言うだけ」

 寒凪には人間や妖怪と言うくくりは、何の意味も持っていないというだけじゃ……

 すべてが対等であるというだけ。

 そう言った喜雨の視線の先では、幻海が手を下した三人が起き上がっていた。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子