Raining in the sun shine 16

「俺、行ったほうがいいか?」
「そうじゃな……とりあえず、顔を見せるだけはしておけ。そのままそこで観戦しておっても良い」
「了解」
 Dr.イチガキチームとの試合が終わり、連戦で魔性使いチームとの試合を始めると伝えられる。
 そのことを喜雨は知っていたようで、表情を変えなかった。
 一方慈雨は知らなかったが、ゲストならばこういうこともあるだろうとすぐに納得し、冷静にこれから自身がすべきことを喜雨に問うた。
 そして返ってきた言葉は慈雨が言ったことを肯定するものだったため、慈雨は遠慮なく席を立って移動する。
 向かった先はDr.イチガキチームの人間たちのところ。
「大丈夫か?」
 とりあえず妖気を少し出しながら近づいたが、ここまで妖怪が多いと隠しているときと大差ないかもしれないと慈雨は思う。
 けれど妖気も霊気もなしで近づけば驚かせてしまうかもしれない。
 そう考えた慈雨は、普段なら抑えている妖気をほんの少し出しながら声をかけた。
「はい、大丈夫です」
 答えたのは三人の師匠。
 慈雨と面識があるのはこの師匠のほうだ。
 弟子三人は、見たことがあるかもしれない、と言う程度の認識しかない。
 喜雨であればはっきり記憶しているかもしれないが。喜雨本人も、目の前の三人の弟子も。
 そんな三人は記憶にないのだろう、慈雨のことを少し警戒していることが分かる。
 ただ自分たちの師匠が一切の警戒を見せていないので、戸惑っているようだ。
「この方は私の古い知り合いで、今回も助けていただいたのだ」
 そう説明すれば、弟子たちははっとした表情になり丁寧に頭を下げる。
「…………俺は別にその場にいただけだぞ」
 頬をかきながら口にする。そのまま昔なじみの横に座った。
「いいえ、あなたがいなければ私はあの方たちを信じるのに時間がかかりました」
 視線の先には蔵馬と飛影の二人の妖怪。
 確かに囚われた理由が妖怪にあったのだから、見知らぬ妖怪をそう簡単に信じることは出来ないかもしれない。たとえそれが自分を救ったものだったとしても……何か裏があると考えることも出来る。
 それを考えれば自分がいてよかったのかと思った慈雨は、視線を審判に向けた。

「連戦……ねえ」

「大丈夫なのでしょうか。どう見ても戦える方たちは少ない」
 さすがに弟子を持つだけのことはあって、浦飯チームメンバーの状況をよく把握している。
「ああ……動けるのは三人。でも寒凪は補欠だからなあ……実際に試合に出れるのは二人しかいない」
 下で幽助は憤慨しているが、蔵馬と寒凪はただ様子を伺っている。
「汚い……!!」
 慈雨の側にいた三人はそう憤っている。が――――
「ここは暗黒武術会だし……やつらはゲストだからなあ」
「それでも汚いですよ!」
「そういう考えが普通さ。裏社会にに生きるやつらはな」
「しかし――――っ」
 それでもなお納得できない三人。
 彼らの師匠もそれは同じだろうが、経験と知識の差で“そういうものなのだ”と分かっているために、声を出すまでには至らない。
「……ここまでよくまっすぐに育てられたな」
「ええ……自慢の弟子たちです」
「そりゃよかった。――――これから先もこのまま行けばいいけどな」
「そうなるよう、指導していくつもりです。私が可能な限り」
 急に別の話を始めた慈雨たちに、三人は戸惑った表情を見せる。しかもその内容は自分たちのことのようだ……。ただ、慈雨が何を考えてそういたのかは理解できていない。
 そんな三人をほうっておいて、慈雨はさらに続ける。
「気が長いよな……俺ならある程度行ったところで放り出すな」
「それはあなたの場合気が短すぎると思いますが……。そう言えば、人の弟子はおられないのですか?」
 人の姿をしているが、慈雨がどういう妖怪で、どんな環境にいるかは知っている。
 それを考えての言葉だが、慈雨は首を振った。
「いや、俺にはいない。姉貴にはいるけどな」
「ああ……そう言えば、あの方は何人もの弟子を育て上げられていましたね」
「そう。ほんっとに気が長いよ、わが姉ながら」
「それは確かにそうですね。私も見習わなければと思っていますよ」
「やめとけ、人間のお前だと体壊す」
「それはもちろん……可能な限り、がつきますが」
「それなら良いけどな」
 ため息をついた慈雨に笑みを浮かべていたが、ふと表情を改める。
「まずいことになっていますね」
「なっているなあ……蔵馬が無茶するタイプだ、あの妖怪」
「「「え?」」」
 二人の言葉に、弟子たち三人は慌てて視線をリング上へ向ける。
 そこにいたのは既に一試合終え、妖気を封じられた蔵馬と、魔性使いチームの凍矢という妖怪。
 三人には分からなかったが、二人がしていた会話の内容を慈雨たちは察することが出来た。
 蔵馬の言葉は慈雨の予想の範囲内だった。凍矢の言葉には驚いたが、まあそういう考えのやつが出てきても不思議じゃないよなと思えた。

 問題は、この状況では百パーセント蔵馬は無茶な勝ち方をする、と言うことだった。

「負けることは考えられないんだけどな……さすがに」
 けれど……と続けられた言葉を、試合を気にしながら四人は聞いていた。
「妖気が表に出せないとなると……これが困るんだな。得意の植物を操ることは出来ないし、体術も無理」
「八方塞じゃないですか!」
「この状況で、勝てるんですか? しかも相手は相当強い」
「…………唯一、出来ないこともないかと思えることが、あるにはある」
「え……?」
「出来るかどうかはわからないけどな。俺が同じ状況に陥ったら、出来ないことはわかるんだが……そもそも能力が違うから一概には言えない。蔵馬の能力だったら出来るかもしれない」
 ま、見てれば分かるだろう。
 そう締めくくった慈雨は、それ以上何も言わなかったため、四人も同じようにただ黙って視線をリング上へと向けた。



(相変わらず無茶をする)
 慈雨、喜雨、寒凪の中でもっとも側で蔵馬の試合を見ている寒凪はそう内心で呟いた。
 横の幽助は心配そうに見ている。
 今まで妖気に頼った戦い方をしていた蔵馬だ。それしか出来ないと思われても仕方がないだろうと思った。
 そもそもめったに見せない体術も出来る状況ではないので、どうすることも出来ない。
(今可能なのは――――出来るかどうかもわからないことだ)
 少なくとも自分には無理だと、寒凪は慈雨と同じように思った。
 そんなことを寒凪が考えている間に蔵馬は行動に移していた。
(――――――)
 周囲に知られないくらいにかすかに表情を厳しいものにする。
 今、蔵馬の考えていることに気付いているのは何人いるだろうと考え、自分たちしかいないだろうとの結論に寒凪はたどり着いた。
 少なくとも横にいる幽助と、リング上の凍矢は気付いてはいない。
 気付いていれば幽助は何か言うだろうし、凍矢は行動をすぐに起こしたはずだ。
 蔵馬の危険性について今まで考えて行動していた凍矢が、気付いていれば邪魔をしないはずがない。
 しかしそれをしない状況は、気付いていないと断言して良いだろう。
 そう考えた寒凪はこの時点で蔵馬の勝利を確信した。

 寒凪は慈雨ほど蔵馬の力を信じてはいない。

 妹であり、同族であっても。そしてその力を知っていてなお。
 単に何が起こるかわからないと考えているからなのか、もっと別の理由があるからなのか。
 それには口をつぐんだまま、寒凪は誰にもそのことを言わずに来た。
 ――――喜雨は、気付いているだろうとは思っている。
 そして現在、同じ思いのまま――――蔵馬の腕からシマネキ草が伸びるのを目にしていた。

「蔵馬ー!!」

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子