Raining in the sun shine 17

 蔵馬の腕から力が抜けた様を見た幽助が声を上げても寒凪は微動だにしなかった。
 ただ正面を見据えている寒凪に、幽助は問う。
「何でそんなに落ち着いてられんだよ。おめえ、蔵馬と付き合い長いんだろう?」
 怒ったようなそれに、寒凪は冷静さを失わずに答えた。
「あの程度で、蔵馬は死なない。いくら人間の身体だと言っても――――――蔵馬自身は妖怪だ。蔵馬の妖気の影響を、あの身体自体多少なりとも受けている」
 だから心配は必要ないと言った寒凪の言葉通りに審判が蔵馬の状態を確認した。
「よっしゃ、実況!! 交代だ!!」
 審判の言葉に安心した幽助は、そう叫んでもう戦えない蔵馬と交代させるように言う。
 けれど寒凪はその言葉に眉を寄せた。
(無理だな)

 交代はさせないだろう。

 そう思っていた。
 しかし、審判は幽助の主張を認める。
 もちろんそれに観客席からは罵声が飛ぶが――――――。

『大会本部から命令です!! 交代は認めません!!』

(やはり、な――――)
 思ったとおりだと、ただ見ているしかない幽助を目に入れながら思う。
 そして観客席のほうから静かな、けれど殺気を含んだ妖気が流れてきていることにも気付いた。
(慈雨、か)
 慈雨ならば、こんな妖気を出していても不思議ではないと思う。
 三人の中で一番同族思いなのは慈雨だ。
 特に蔵馬のこととなると見境がなくなる。
 しかし近くに人間がいるからか、それとも“ルール”を理解しているからなのか定かではないが、まだ手を出そうとはしていない。
 と、その時――――――
『寒凪』
「なんだ」
 自身の耳元で声が聞こえる。
 Dr.イチガキチームとの試合のときから今まで寒凪の肩にとまっていた蟲からだった。
『万が一があれば遠慮はするな』
「――――――本部を敵に回してもいいなら」
『そなたなら、気付かれずに事を済ませることも出来よう』
「分かった」
 たったこれだけの言葉で寒凪は今までの冷静な目を捨てた。
 いや……冷静さは失わずに、周囲に冷たいと思わせるであろう態度を捨て、妹の生命を握っていると勘違いしている妖怪の行動に神経を尖らせた。
 近くにいる幽助、そして現在捕らわれている飛影が動こうとしていることも察知し、それよりも早く動くために気付かれないように力を手に集める。
 そして爆拳が蔵馬を力をこめて殴ろうとしたとき――――

「やめろ、爆拳!!」

(――――――)
 吏将が止めた。
『命拾いをしたな』
「ああ――――――」
 次の瞬間には慈雨の殺気も消えた。
 それを感じながら、寒凪は静かにリング上を見ている。
 誰も……寒凪に指示を出した喜雨と、慈雨以外は寒凪のとろうとしていた行動に気付かずにいるようだ。
 吏将はただ爆拳に幽助へ注意を向けるよう言うだけだ。
「――――――よくこれだけの力しかない妖怪が、蔵馬を殺せると思ったものだな」
「寒凪……?」
 投げ捨てるようにリングから落とされた蔵馬を支えながら幽助は寒凪を見た。
 けれどすぐに第4試合のために幽助にリングへあがるように指示が出る。
「……蔵馬を頼む」
「ああ」
 幽助は寒凪に蔵馬を任せ、すぐにリングへとあがって行った。
「…………寒凪……兄様」
「今は休んでいろ」
「…………」
 何度も殴られてなお意識はあるようで、蔵馬は寒凪の言葉に頷いた。
 それを見てさらに目の前で自分の優位を疑わない妖怪に対し、呆れることしかできない。
 小さくため息をついた寒凪は、目の前の試合などどうでもいいと思いながらも視線だけは前を見据え、意識は完全に蔵馬へと向けた。

 いや、“蔵馬へ”と言うよりは“蔵馬の治療に”だ。

 寒凪と蔵馬は妖気が似通っているため、この二人の間でなら妖気の移動も難なく出来た。
 今の蔵馬はダメージが酷いため、なかなか身体の中に根を張るシマネキ草を枯らすことが出来ない。
 それなら回復させればいいだけなので、寒凪は周囲に気付かれない程度に妖気を蔵馬へと渡していた。
 ある程度渡せば、あとは自力で何とかできる範囲だと判断する。
 そんなことを思っている間にもあっさりと爆拳を殴り倒した幽助は戻ってきた。
「大丈夫か?」
「ああ……何とかね」
 二人の会話を黙って聞いていた寒凪は、次の試合に出ようとしている妖怪に目を向ける。
(風使いの陣――――――か)
 蔵馬は陣を見て驚いていたが、寒凪にとっては大したことのない妖怪だった。それは慈雨や喜雨にも言えるだろう。
 人間に憑依して力を失った蔵馬と違い、寒凪たち三人は以前と同じだけの力を保持したままだった。
 ただ現在は封印していると言うだけで、その気になればその封印を解き、一瞬でここにいる妖怪たちを消すことも可能だった。
 そこまで考えてしかし、今日何度目になるか分からないため息をつく。

(果たして浦飯との力の差がどれほどあるか)

 なければないだけこの場合はいい。
 むしろ幽助の力のほうが上ならば言うことはないのだが、さすがにそれは無理かと寒凪は思った。
 感じる力は若干陣のほうが上。
 Dr.イチガキチームとの試合での成長を見れば、逆転することは可能だろう。
(しかし――――――)
 あの成長の仕方を考えると、一見した陣の性格では難しいと寒凪は思った。

◇◆◇

『陣・浦飯両選手、場外10カウント。引き分けとします!!』

「やはりな」
「……兄様……」
「向こうのオーナーの力だ。――――馬鹿馬鹿しいにも程がある」
 本部のアナウンスに寒凪ははき捨てるように言った。
「……動かせないの?」
「無理だろう。ゲストのオーナーにそんな力はない。実質力を持つ喜雨も、人間を傷つけることが出来ない以上どうすることも出来ない」

 やつらのルールに従う他ない。

 いつもの声音でそう言いながらも表情は厳しい。
「…………そう言えば、寒凪兄様はこういうのは嫌いだったね」
 蔵馬の苦笑に寒凪は頷く。
「たったこれだけのこと、どうして正面から戦えないんだ、あいつらは」
「そういうやつらだから、こんなところでオーナーやってるんでしょう?」
 そんな蔵馬の言葉にも、寒凪は変わらず…………そしてリング上では幽助が残った吏将を睨んでいた。
 しかし――――

「そう言えば、補欠が残っていたな」

 馬鹿にした表情を浮かべたまま、吏将は自身を睨んでいる寒凪にようやく気付いた風に言う。
「――――――」
「せっかく参加したんだから戦ってみるか? どうせその程度の力では私に敵うわけはないが」
 あくまで自分のほうが力は上。
 それを疑いもなく思っている吏将に、今度は寒凪が馬鹿にしたい気持ちになっていた。さすがにそれを表に出すことはないが、内心では――――――。
 側にいる蔵馬が苦笑している気配を感じ、ますますその思いは強まる。
 その間に審判がメンバーの一人が死亡しない限り補欠の試合への参加は認められていないと口を挟んだが、その声は小さなものだった。審判自身、本部の判定には異を唱えており、このまま魔性使いチームの勝利にするのは我慢できなかったのだろう。
 その本部からは何も連絡がなく、吏将の望みどおりに最後の試合、寒凪対吏将の試合が行われることになった。



「寒凪対吏将、はじめ!!」

 試合が始まっても、どちらも動かなかった。
 吏将は先ほどと変わらず、余裕を持った表情でいるのに対し、寒凪は無表情。
 会場中が寒凪を力のない妖怪と見る中で、その表情では諦めているように取れなくもなかった。
 しかしもちろん寒凪は諦めたわけではない。
 ただ、向こうの都合のいいようにしか動かない試合に嫌気が差していただけだ。

「せっかく試合に参加したんだ、冥土の土産にいいものを見せてやろう」

 そう言うと吏将は自ら場外へと出た。
「――――――土使いか」
 リングに上がってから無言だった寒凪が口を開いた。
 その視線の先では吏将の身体を土が覆っていく様が見られた。
「修羅念土闘衣!」
 そして鎧の様な形を成した後、再び吏将はリングへと戻ってきた。
「――――――」
「くくくく……。さらに力の差がはっきりして、恐ろしくて声も出まい」
 そんな吏将に対し、寒凪は静かに口を開いた。

「五行説と言うものを知っているか? 」

「なに……?」
 唐突な質問に、吏将は眉をひそめる。
 しかし寒凪はそれに構うことなく続けた。
「五行とは木火土金水の五元素。この間にはそれぞれ円環的関係性がある。――――五行相克。金より強いものが火、火より強いものが水。そして水より強いものが土」
「ふん。だからなんだと言うのだ」
「――――――お前は五行で言えば土の性。そして俺は――――水の性だ」
 言いながら寒凪は自身の周囲に水を出す。
 それにリングの外で見ていた幽助は息を呑んだが、寒凪の言葉を聞いていた吏将はそれににやりと笑みを浮かべた。
「つまり、お前は私には勝てないと言うことだな!!」
 言いながら、吏将は寒凪へと向かって走り出した。

「ボンバー・タックル!!」

 技を叫びながら向かってくる吏将に、それでも寒凪は表情を崩さない。
 それどころか……

「ただし、それが当てはまるのは力が拮抗しているか――――――土の性を持つお前が水の性を持つ俺よりも数段強い場合のみだ」

 言い切ると同時に寒凪の周囲の水の量が――――今まで感じられなかった大量の妖気を含み、寒凪の意のままに動く水の量が増えた。
「なにっ!?」
「――――――己の未熟さを思い知るがいい」
 寒凪が言い終わらないうちに吏将はその水に押し流されていた。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子