Raining in the sun shine 18

「寒凪選手の勝利です! よって、二回戦は浦飯チームの勝利です!!」
 審判の声が会場に響き渡る。当然のように観客席からブーイングが起こるが、寒凪は気にした様子を見せずにリングを下りた。
「強ぇな、おめえ……」
「相手が弱いだけだろう」
 幽助の感心した声にも寒凪は表情を変えることなく言い切った。
 それに幽助は唖然としたが、くすくすと微かな笑い声が聞こえてきてそちらを見れば、蔵馬が手を口に当てて笑っていた。
「そりゃあ、寒凪兄様にとっては弱いだろうね」
「……………」
 蔵馬の言葉から、一体寒凪とはどんなやつなのかと思うが、飛影や覆面が解放されたため、そのことについて口を開くことはやめた。
 この頃になると桑原も意識を取り戻し……たまたま視線を向けた観客席に雪菜を見つけたために騒ぎ出している。
「あー……行くか」
「ああ」
 これ以上ここにとどまる理由もないため、そういった幽助に皆頷いた。
「蔵馬、立てるか?」
「何とかね。……あ、でもだからって抱えなくていいからね。肩貸してくれればいいから」
「――――分かっている」
 微妙な間をおいて言うと、寒凪は蔵馬を支えて立ち上がらせると、そのまま歩き出した。



『慈雨』
(……なに?)
 人間四人とともに観戦していた慈雨に、喜雨は精神感応(テレパシー)で声をかける。
『先に戻っておれ』
(は? それはいいけど、姉貴はどうするんだよ)
『行くところがある』
(はあ。まあいいけど。あんまり遅くならないようにしろよ)
『分かっておる』
 喜雨の声音から何かあるなと慈雨は判断したが、自分が積極的に関わっても邪魔になるか足手まといになるか――――それくらいにしかならないと判断して、ただそう言うだけにとどめた。
 必要ならば聞かなくても喜雨は言うだろうと長年の経験から知っている慈雨は、とりあえず隣に座る人間たちを安全にホテルにでも送るか……と考えていた。たとえここで別れても、彼らなら無事にたどり着くだろうが、馬鹿な妖怪はいるものだ。それで面倒を起こされても――主に頭に血が上りやすそうな顔なじみの弟子たちに――あとで喜雨か寒凪に何か言われるだろう。もしかしたらそこに蔵馬が加わるかもしれない予想に、それだけは勘弁だと慈雨は自主的に人間たちの護衛をすることにした。
 どうせこの後は暇なのだ。
 何か起こりそうな予感はするものの、それが何かはっきり分からない以上慈雨にはどうすることも出来ない。
 この慈雨の“予感”を喜雨たちが嫌がっていることは知っているが、慈雨自身好きで感じているわけではないのでどうすることも出来ない。
 精々、深刻な事態に陥らないように気を張っているしかない。

「難儀なもんだよなあ……」

「はい?」
 ぼそりと低く呟いた慈雨の声を、顔なじみは聞き取ったようだ。さすがにこの距離じゃ聞こえるか、と苦笑するが、説明をする気にはなれない。
 また、慈雨が思ったことを言っても相手も困るだけだ。
「いや、なんでもない」
 だからこんな風にごまかして、さっさとこの場を離れるに限るのだ。

◇◆◇

「――――やはり、殺したか」
 VIPのみが入れるエリアの一室。脳を飛ばされた人間の死体を目にして喜雨は呟く。
「ここまで汚いヤツは、生きている価値はないんでね」
 喜雨のすぐ背後からそんな戸愚呂弟の声がかかる。
 けれど喜雨は戸愚呂が側にいるにもかかわらず、振り返りもしない。
「それでもやつはヒトで――――我らは妖怪じゃ」
「どちらも、霊界にとっては邪魔な、な……」
「じゃから安心して殺したのか? それとも――――」
「ここが暗黒武術会の会場だからだ」
「――――――」
「以前――たった五十年前に来たことがあるあんたなら知っているだろう? あの時も、散々見たはずだ」
「――――」
 喜雨も戸愚呂も動こうとはしなかった。
 ただ、前を――部屋にある、リングを見下ろせる窓を見ながら会話をしていた。
「オレの目的のためには、ヤツは邪魔だったしな」
 話を元に戻した戸愚呂に喜雨は表情をそのままに、声だけが後悔をにじませていた。
「……こんなことになるならば、あの時、あの場に行かねばよかった」
「それは困るな。それではオレが妖怪に転生できない」
「あの時……全ての関係者を殺しておくべきじゃった。全て我が背負うべきじゃったのかもしれぬ」
「“全ての関係者”と言うと……オレや幻海も殺すことになるな。そんなことを言ってもいいのか? 弟子を殺すことになっていたぞ。――――なあ、“師匠”?」
「そなたは我の弟子ではなかった。初めから」
「だが、幻海の最初の師はあんただった、喜雨」
 あんたは自分を慕っている弟子を殺せたかな?
「もしくはあいつらを殺さなくとも、オレは殺すことになっただろう。――それが出来るか? 弟子の仲間を殺すことが出来たか?」
「――――――」
「出来ないだろう?」
 今も昔も。
 戸愚呂の指摘に喜雨は答えなかった。図星だったからだ。何も言われずともそれを理解している戸愚呂は続ける。

 だからあんたはオレを妖怪にしなければならなかったし、今もどんな人間が殺されようと、ただ見ているしかない。

 そう言い切ると、戸愚呂は二度と喜雨を見ることなくその場を離れていった。
 けれど……喜雨はそれでも動かない。

「――――――分かっておる」
 戸愚呂の姿が完全に見えなくなり、ぽつりと喜雨は呟く。
「分かっておるさ……そなたが――――幻海を殺す時も、ただ見ておるしかないことも……な」
 遠くない未来、間違いなく事実になるだろう。
 そんなことを思いながら、喜雨はようやくその場を離れた。
 向かうは幻海が口にしていた森の中――――

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子