Raining in the sun shine 19

「「あはははははははは」」
「てめーらなァア!!」

「…………何の騒ぎなんだ、これ」

「おや、よく分かったね、この部屋だって」
「そりゃ知ってるさ――――――で、何なんだ?」
「いや、それがねえ――――――」

「「って、てめーは誰だ!!」」

 慈雨が部屋へ顔を出した時と同じように声を合わせて今度は幽助と桑原が慈雨に向かって叫ぶ。
 ――――叫ぶと言うより、突っ込みに近いかもしれないが。何せ静流ともともとの知り合いのように――実際そうなのだが――会話を始めたのだから。
「なんだ、知らないのかい?」
「知らねーよ」
 ぶすっとした表情の桑原に対し、静流は面白そうに笑っている。
 そんな彼らに姉弟だなあ、と言う感想を漏らしつつ、慈雨はさっさと正体を明かす。
「俺の名前は慈雨。蔵馬や寒凪の同胞だ」
「どう……ほう?」
「ってーことはおめーも妖狐か?」
「そうだ」
「「…………」」
「何だ?」
 慈雨の肯定に二人は黙って視線を合わせてきた。
 その理由が分からない慈雨は首を傾げるが、桑原が口を開いた。
「…………や、何て言うか、妖狐って多いんだなと」
「は?」
「だって、三人もいるじゃねーか」
 言ったのは幽助。
 その言葉で、ようやく二人が何を言いたいのかを理解した慈雨はため息をついた。
「それは単に俺や寒凪が蔵馬を探して見つけて一緒にいるだけだ。妖狐――俺にとっての“同胞”は、数えるほどしか残ってない」
「は?」
「魔界と人間界にいる俺の同胞は、片手で足りる。たまたま、俺たちがいるところにお前たちが居合わせただけだ」
 本当のところ、幽助と蔵馬が出会ったところに慈雨たちが来たのか、正確な判断はつかない。
 しかし、そのどちらにせよ“今”ここに慈雨たちがいるのは蔵馬がいるからであり、幽助たちの手助けをするためではない。
 そんな意識があるからか、慈雨は幽助たちがたまたま妖狐――この場合、妖狐族――が集まっているところにいるのだと言う。
 しかし、そう表現するのは何も慈雨だけではないだろう。
 寒凪や喜雨も、同じように考えている。
 そんな風に慈雨は思っていた。



「で、それはいいとして、行かないのか?」
「「は?」」
「試合。もうそろそろ次の対戦相手の試合が始まるんじゃないか?」
「「…………あー!!!!!」」
「…………忘れていたのか」
 呆れた慈雨に、幽助たちはおめーが来たからだろうがと文句を言いながら出て行く。
 その後を覆面が追って行き――――慈雨も行こうとするが、静流に止められる。
「なんだ?」
「あとで遊びに行くから慈雨君もいてよ。ついでに、寒凪君とあの女の子も」
 喜雨がその中に入っていないのは、慈雨と一緒にいない時点で用事があるのだと解ったようだ。
 元々、静流はあまり喜雨と話さない。――――いや、むしろ喜雨のほうが静流に近づくことが少なかった。
 それは静流の力に影響を与えることを危惧しているからだが、それなら慈雨や寒凪が側にいても気にしないのは何故なのか。
 その理由を慈雨は知らないが、考えあってのことだろうからと気にすることもなくなっていた。
「了解」
 しかし、慈雨たちより一緒にいた時間の短い喜雨の考えと言うか、役割を理解しているのはさすがだと感心しながら慈雨はそう了承の意を示してから部屋を後にした。





「何か面白いことになったな」
「…………どこが面白いの」
「どこって……どこだろうな」
「慈雨…………」
 はあ、とため息をつく蔵馬の肩を叩きながら慈雨はすっと表情を消す。
「――――――慈雨」
 それに気付いた蔵馬は戸惑いつつ視線を寒凪に向ける。
 それは慈雨の表情の理由を問いたかったのだが、寒凪は首を振っただけだった。それだけでは知っているのか知らないのか判断はつかない。
『寒凪兄様……』
『――――色々、思うところがあるんだろう。放っておけ』
『けど……』
『あの“理由の分からない予感”であれば、邪魔はしないほうがいい』
『…………』
 納得できる理由ではあるが、納得したくないと言っているようで。
 珍しい蔵馬の反応に、寒凪は内心で首をひねっていた。
 しかしそれを表にするような寒凪でもなく。
 結局何とも表現しがたい雰囲気のまま、慈雨に至っては短時間の間にホテルへと戻って行った。

◇◆◇

 一本の木の枝に腰を下ろしている喜雨の目の前で、正体を幽助の前に現した幻海が幽助の破壊した岩よりも十倍以上の大きさのものを粉々に破壊した。
 その光景を見ながら、喜雨は「やはり歳には勝てぬか……」とポツリと――寂しそうにつぶやいていた。
 この距離と喜雨の声の大きさからして二人には届いていないだろう。誰に聞かせるつもりもなかったので、反応のないことに関して気にもしない。
 そして幻海の幽助に与える試練を聞く。
 その言葉の厳しさ、内容にふと、昔を思い出した喜雨。

 そう、確か以前にも同じ光景を目にしたことがある。

 あれはいつだったか――――妖怪にとってはほんの少し前。人間にとっては昔の出来事を思い返しながらも喜雨の視線は二人から離れなかった。
 視線はそのままに、けれど内心で過去のことを思い出す喜雨は、知らず知らず笑みを浮かべていた。
(まるであの頃の二人を見るようじゃ)
 もちろん“二人”の中に幽助は入っていない。
 その頃はまだ生まれていないし、何より幻海は若かった。
 けれど若い幻海が、奥義伝承の試練を受けるときと同じだ。
 そう思った喜雨は、もれそうになる声を抑えるのに必死にならなければならなかった。
 師と弟子は、ここまで似るのだろうか、と。
 少なくとも喜雨と、今まで持った弟子たちは似ていないだろう。
 それは妖怪と人間だからと言うのもあるだろうし、そもそも育った環境が違いすぎる。
 環境の違いは幻海とその師の二人にも言えることだが、それでも同じ人間。必要なものを見極める目を持った今、同じような行動を取ることは容易に考えられた。そして、その修行に耐えうるだけの根性とでも言うものが、似たような性質であれば持てるものなのかもしれない。
「さすがに幻海のほうが大人だったけれど」
 そうでなければならなかった部分もある。
 当時の幻海の生きていた環境を思い出し、喜雨はふっと笑った。
 それが何を意味するものなのか、喜雨自身正確な把握をしないまま、幻海は幽助を置いて洞窟へと向かってしまった。
 残された幽助と言えば、幻海に示されたことにショックを受けていて、その場を一歩も動けないでいる。
 しかし、それも仕方がないことなのかもしれない。
 自分を“殺せ”と言われたのだから。
 それこそが第一の試験なのだが、素直な彼にはわからないだろう。
 だからこそその場を動くことなく――――雨が降り出しそうになっているのにそれにすら気付かない。

 ああ、悩むと良い。

 時間はそうないが、それでも今は悩まなければいけない。
 そんな風に内心で幽助に向けて言う。
 それまでは、ここに誰も近づけはしない。
 だから、悩め、と。
 そう、喜雨がここにいる理由はそれだ。
 気付かれず――――幽助に気付かれず、奥義継承に一切の影響を与えずに、他人を寄せ付けない結界を張る。
 それこそが幻海が喜雨をこの場に必要とした理由だ。
 実際に、幻海も結界が張られているとは感じていないだろう。ただ、自分が呼んだから――喜雨に、そう言う結界を張ることを頼んだから、“張られていること”は知っているだけ。感じているわけではない。

 幻海から要請を受けたとき、喜雨は二つ返事で了承した。
 ただ、弟子の――――幽助の様子を結界の内側で見ることと引き換えに。
 結界自体は喜雨の意思があればたとえ喜雨自身が地球の裏側にいたとしても張ったままでいることが出来る。だから結界を張ってしまった後、ホテルに戻ったとしても良かったのだ。
 幻海も、そのつもりだったのだろう、喜雨の言ったことに目を見張っていた。
 けれど喜雨のその言葉に理由を問うことはせずに、認めた。ただ、試練に影響を与えない――――手助けをしないのであればと言う条件で。元々喜雨はそのつもりだった。だから何の問題もなくこの場にいるのだ。
 そう、幻海の言ったとおり、幽助が悩もうが、この先どんなに苦しんでも姿を現すつもりはなかった。

 ただ、見ていたかったのだ。
 その姿を。
 弟子が師に与えられた試練を乗り越えていくその様を。

 それだけを言えば、変に取られるなと苦笑する。
 けれど喜雨はそんな姿が好ましいと思っていた。
 一つ一つ乗り越えていくその姿を見ることが、喜雨自身が弟子を持つ理由だといっていい。
 自身には出来ないこと。
 一度も体験することのなかったことを一歩ずつ進む“弟子”という存在が、とても好ましかった。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子