Raining in the sun shine 20
一向にやむ気配のない雨の降る深夜。
思いっきり騒いでいた女性たちを部屋に送った足でそのまま慈雨と喜雨の泊まる部屋にやって来た蔵馬は、そこでようやく喜雨の居場所を尋ねた。
「あー……なんか、行くところがあるって言って、どっかに行った」
「どこかって……どこに」
「さあ? 気配探ってないから分からない」
「…………」
呆れた表情を浮かべる蔵馬に対し、慈雨は気にした様子も見せない。
そんな慈雨にこれ以上言っても無駄だと感じたのか、自分で喜雨を探してみることにした蔵馬。急に黙ってしまった蔵馬の様子から、何をしたいのかを理解した慈雨だが、何を言うでもなく好きにさせた。どうせ無理なんだけどなあ、とそんな感想を内心にとどめておきながら。
――――――
「喜雨姉様の気配、感じないんだけど」
一時たって、ぼそりと口にした蔵馬に慈雨は肩をすくめた。
「そりゃそうだろうよ。そう言う結界張ってるはずだし」
「はあ? なにそれ、知ってたの!?」
「知ってたって言うか……まあ、そうするだろうなと」
「??」
「こんなところじゃ、邪魔入るだろ」
「邪魔……?」
何のことだ、と首を傾げる蔵馬に、そう言えば話してなかったなと慈雨は思った。
話してもいいものか分からなかった慈雨は寒凪を見るが、この話に入ってくる気がはじめからないのだろう、寒凪はただぼんやりと外を眺めている。――――雨の降り続ける窓の外、喜雨のいるであろう方を。
「覆面が誰か、知ってるか?」
寒凪が何も言わないと言うことは、言ってもいいと思っているのだろうと判断した慈雨は、まずそのことから質問する。
「誰って……霊光波動拳の幻海、でしょう?」
桑原君が、幽助は彼女の弟子だって言ってたし。
迷いなく正しい答えを返した蔵馬。
その、覆面をした中から感じる力が若かったことに関しては疑問すら持っていないようだ。
聞けば、すぐにまた正しい答えを返してくるのだろう。それが分かっているから、慈雨はそのことには触れずに話を進める。
「じゃ、浦飯が今のままじゃ戸愚呂に勝てないことは?」
「それも知ってる」
100%無理だよ。
蔵馬のきっぱりとした声に頷きながら、慈雨は話し始めた。
「そう、どんなに努力しても浦飯は戸愚呂に勝てない。どんなにあがいたってな。勝てる可能性があるとすれば、幻海から奥義を継承する、ただそれのみ。それ以外にあいつは決して勝てない」
だから、その奥義継承が今まさに行われている。
「霊光波動拳の奥義継承だ、そう楽なものじゃない。しかも浦飯はまだまだ修行不足。いくら試合をしている中で成長しているとは言っても、奥義継承を考えられるほどの力はない。それならなおのこと、その“試練”は厳しいものになる。
そんな時、邪魔が入るのはやっぱ良くないんだよ」
いくら森の中だと言っても、もしもがあるかもしれない。
「だから、そのための保険さ、姉貴の結界は。姉貴の結界が張られていれば、もしもなんてありえない。――――百歩譲ってあるとしても、人間界じゃないだろ」
「それはそうだよ。オレも考えられない」
「だろ? だからこそ、幻海は姉貴に頼んだんじゃねーの? 本人に聞いたわけじゃないけどさ」
「……って、今までのは全部想像?」
呆れたと言うような声を出す蔵馬に、図星なのか慈雨は肩をすくめた。
「そうだけど……でも、間違っちゃいないと思うぜ。姉貴の気配を感じない理由なんて、それしか今は考えられないだろう? この島から出て行くわけにもいかないし、別空間に行ってんなら俺の精神感応(テレパシー)が通じないわけない。大した力を入れなかったそれに反応がないってことは、別空間にもいない。力を抑えると頭の悪い妖怪がうじゃうじゃいるここでは関わりたくないことにも関わんなきゃいけなくなるから、そんなことはしない。――――そう考えると、結界内にいるとしか考えられないだろう?」
「……まあ、そうだけど……」
「で、姉貴が結界を張る理由なんて、そんなもんしかないだろう? ぼたんたちはうろちょろしてるから結界なんて張れない。ま、張る必要もないだろうけどさ。コエンマに対しても同じ」
「――そもそも、喜雨姉様だったらどんなことがあってもコエンマには張りそうもない気がするけど」
「くっ…………。まあ、そうだな」
蔵馬の意見に肩を震わせた慈雨。笑いそうになるのをこらえたその表情が、慈雨が蔵馬と同じ意見であることを示している。
「姉貴はそこまで霊界人に対して――――特に上層部には優しくないからな。ま、それはコエンマも理解しているから、泣きついては来ないだろう。そうすると、考えられるのは幻海の要請だけってことだ」
「ふーん……」
「幻海も必死だってことだ。弟子を無事に生きてもとの生活に戻すためには何が必要なのかをよく分かってる。――――たとえ力を与えることによって、自分の力がなくなっても、それでも成したいことって言うのはあるんだろ」
「そう。……オレにはよく分からないけどね」
「俺もわかんねーよ。やっぱ人間の考えることだってことじゃねえの」
「そうだね。……それで、どうして喜雨姉様はそれに付き合ってるの? 結界だけ張ってしまえば、あとは破られることはないんだから喜雨姉様がその場を離れても平気でしょう?」
「…………しらねーよ」
姉貴の考えることなんか。
そうため息をつく慈雨に、蔵馬も首をかしげる。それは慈雨の反応に対してではなく、喜雨の行動に対してのものだったが……。
「喜雨は、好きだからな」
「はあ?」
「何が?」
唐突に会話に入った寒凪に向けられた二人分の視線。
それに見向きもせず、ただ外を見ている。けれど言ったっきりにするつもりはないのか、口だけは動かす。
「喜雨は好きだろう。そう言う“試練”に立ち向かい、それを乗り越えていく姿が」
「はあ…………」
「どこがいいんだよ。他人のそんな姿見て」
分からない、と返す二人にようやく向き直った寒凪は、年下の――――他の者に修行をつける喜雨の姿を見る機会のなかった二人に話す。自身が過去に見て、そして知ったことを。
「喜雨はお前たちが、自身の出した修行や試練をこなし、自分のものにしていく姿を見るのが好きだと、俺は感じた。実際そうだろう。――――何度もそんな場面に出くわしたからな」
「……嬉しそうな表情でもしてたのか?」
考えられないな、と慈雨が口にした言葉をしかし寒凪は肯定した。
「ああ、分かりづらくはあるが、確かに嬉しそうだった。――――楽しそう、と言ってもいいかもしれないが」
「楽しそうねえ……」
それ聞くと、Sっ気があるんじゃないかと俺は思うけどね。
事実、今思うとそうとしか思えない辛い……実際に死にそうな思いをした修行も多々あった。
それに関しては寒凪は否定する気もないようだ。しかし、肯定もしない。
「喜雨自身には、そんな経験はないだろう。そもそも俺たちとは比べ物にならない力を持って生まれ、聞いた話ではそのコントロールも労せずして行えるようになったそうだ」
もちろん、時期を見てそれまで外部から封印されていた力を解放した、その後、だろうが。
「そりゃそうだろう。さすがに生まれた時からコントロールできたなんて聞いたら、姉貴のばけものっぷりに驚くね」
もしくは本当は俺と姉貴って血は繋がってないんじゃないかと思うね。
「ああ――――。しかし、時期を見て教えられたものだとしても、喜雨は難なくこなしてしまった。それはその後も同じだった様だ。だからこそ、喜雨はそう言う一つ一つをこなすと言う行為を出来る者が――――羨ましいのだろう」
「そう……かあ?」
「そうなんだろう、喜雨にとっては。ないものねだりなのかもしれない」
「ないものねだり……ねえ」
「喜雨姉様が……??」
蔵馬も信じられないと言う表情をする。
二人にしてみれば、ずっと目標にしてきた喜雨がそんな風に考えていたとは髪の毛先ほども考えたことがなかった。
二人は、喜雨は何でも持っていて、望めばなんでも手に入れることが出来ると思っている節がある。
それは長年そばで暮らしてきて感じたことだろう。それを喜雨自身にも、寒凪にも言うことはなかったがしかし、それぞれの姉や兄よりもお互いが近い慈雨と蔵馬は喜雨に対して感じることは似ていた。
だからこそ寒凪の言葉に首をかしげ、信じられないと口にする。
そんな二人の考えが、わかっているのかいないのか――――おそらくわかっているだろう寒凪は、ふっと笑みを浮かべると再び視線を外へ向けた。
相変わらず降り続ける雨は、それでも明日にはやむだろうと、水を操る寒凪には感じることが出来た。
◇◆◇
準決勝当日の朝になっても喜雨はおろか幽助や幻海も戻ってはいない。
試合観戦はどうするのかと慈雨が連絡を取ろうとしたが、精神感応(テレパシー)に一切反応がないために、仕方なく慈雨は一人で闘技場へ行くことにした。
ちなみに女性陣はと言うと、前日に会場に集合と言う約束をしたために、現在別行動だ。
「それにしてもなあ……今日も変な予感するんだけどなあ……」
さすがにそれは伝えなければと思ったものの、結界の中に入っている喜雨には連絡がつかない。喜雨のいる場所に行ってもいいのだが、結界の中に入っているのでは、きっと邪魔が入っても勝手に追い払うようになっているのだろう。寒凪の言葉と喜雨の性格を考えると、好きなことに集中し始めると周囲を一切注意しなくなるのが喜雨だ。
直接行ったところで話が出来るはずもない。
そう判断した慈雨は、自身の“予感”を寒凪にだけ伝えていた。
さすがに今日は寒凪が試合に出ることはないだろうと予想して。
このことを試合前の蔵馬に伝えるわけにはいかない。
別に伝えたところで蔵馬が試合に負けるような精神的ダメージを与えるわけではないが、蔵馬が慈雨の“予感”を嫌っているのは事実だ。
単純に、そんなものを伝えるのが慈雨はいやだった。それだけだ。
そしてそのことを寒凪は理解している。だからこそ蔵馬には話さず、寒凪にだけ話した。
たとえ寒凪だけが知っていたとしても、“もしも”があっても対処は出来る。そんな判断を下したのだった。
「それにしても……」
弱いなあ……。
リング上に集まった相手メンバーを見てぼそりと口にする。
(けどま、こっちもこっちで弱いしな)
勝つか負けるかの判断すると、半々だと慈雨は思った。
「さいころ次第――――だけど、こっちのいい具合にはあたってくれそうもないな」
次第に感じる“予感”はそういっている。
誰が、とは断定できない。まあ、一見して感じる妖気から大体の予想はつくが、しかしそれで断定する気も慈雨にはなかった。蔵馬や喜雨、寒凪は性格だが慈雨のこれは単に姉である喜雨に扱かれて身につけたものと言っていい。こういう見方をしておかなければ、もしものことがあり、そのせいでまずい事態に陥ったときの喜雨の反応が怖いからと言う、なんとも情けない理由だった。
だがしかし、そのことに喜雨は怒っても、蔵馬や寒凪は呆れはしても否定はしないだろうと慈雨は思っている。
――――それだけ喜雨は本当に怖いから。
「呆気ない……な」
瞬殺で倒された魔金太郎に視線を向ける。
なんともまあ弱い。
「これでよくあんな口がたたけたもんだよなあ……」
逆に感心するね。
蔵馬か寒凪がいれば「感心してないだろう」と言う突込みが入りそうな声音でつぶやくと、慈雨は足を組んでつまらなさそうな表情をする。
実際、慈雨ほどの実力があればつまらないだろう。
次の試合も飛影が出ているが、攻撃をしても次にはそれを超える防御を身につける相手に、決して優勢とはいえない。
しかし、慈雨であれば瞬殺の可能な相手だ。
――――いや、むしろ相手チーム全員が束でかかってきても瞬殺出来るだけの実力差がある。
慈雨と飛影との間にすでに実力差が天と地ほど……といって正確かどうか慈雨にはわからないが、それくらいあるのではと思ってしまうことがままあるのは事実。
だからと言って確認することはしないが。
慈雨は別に戦うことが好きなわけではないし、この武術会のような試合と言う名の殺し合いから単なる喧嘩まで、そのどれを目にしても自分も戦いたいとか喧嘩をしたいと思ったことは一切ない。それが「あまり妖怪らしくない」と言われるゆえんなのだが、慈雨は一切気にしていない。
ただ、好きなように生きていたいだけ。
蔵馬と喜雨と寒凪と。それから気に入っている――――大切なヒトたちと。
ただ、それだけだった。
その中に喧嘩は入っていない。
それだけだったのだ。
結局第二試合は相手の能力を超えた攻撃を仕掛けた飛影の勝利で終わった。
そして第三試合。
「うっわ、やな感じ……」
それは相手に対しての言葉なのか。寒凪が聴けばそう尋ねただろう言葉も今は聞くものがいない。それをいいことに慈雨はそう言ったっきり黙りこむ。
(別にあいつが強いわけでもないしなあ……何でこんなに嫌な感じがするんだ……?)
今までにないほどの“それ”に、慈雨は眉をしかめる。しかしそれ以外は“つまらないです”と言うポーズを崩さない。
あくまで試合はつまらない。
けれど、嫌な感じは強くなる。
(これが単に“嫌な結果”の“予感”じゃなきゃいいんだけど……区別つかねえからちょっとは期待出来るけどな)
そう、慈雨の“予感”に良い悪いの区別なく感じる。そして慈雨自身にその区別はつかない。
だからこそ蔵馬も喜雨も嫌っているのだと、慈雨は理解していた。
これがたとえ悪い方だけの“予感”であっても、はっきりと“悪い”といえるのであればむしろ歓迎しただろう。
しかしそうではないから二人は慈雨のそれを歓迎しないのだ。
(期待できるから―――――って、おいおい!)
期待できるからいいじゃないか。
そんな慈雨の思考をさえぎったのは視線の先で行われている試合。
「蔵馬選手、敵の奸計にはまってしまったようです!!」
「…………これが“やな感じ”……なわけねえよな……」
それにしては生易しすぎる。
またしてもぼろぼろになった蔵馬を視線で追いつつ慈雨は思考の海に沈む。
「この状況でも蔵馬があいつに負けるとは考えられない……魔性使いチームのあいつみたいに妖気を封じても……無理だろうな。あいつは凍矢よりも弱い。あんなのに負けたら凍矢に失礼だろ……けど、じゃあなんなんだ、コレは――――」
ぶつぶつと。
長い独り言の間にも試合は進み……そして相手は“闇アイテム”を取り出し――――蓋を開いた。
– CONTINUE –