Raining in the sun shine 21

 周りを囲む空気が変わった。
 そのことに桑原たちが気付いた瞬間、最も近くで感じていた妖気の量が一気に増えた。
「なっ!!」
『な、なんと! 浦飯チーム寒凪選手の姿が急に変わりましたー!!』
 勢いに任せて口にされた言葉。けれど寒凪の姿をしっかりと目にした瞬間、誰もが息を呑んだ。
「…………」
「――時が戻ったな」
 ただ一人冷静に言い放ったのは当の寒凪だった。
「ど、どういうことだよ」
 その声にようやく言葉を口にすることが出来た桑原。それでもまだその姿に意識を奪われている。
 寒凪の姿――――それは銀髪に金の瞳の妖狐。魔界でも滅多に目にすることが叶わない、美しい生き物。
「あの闇アイテムが、本来の蔵馬を呼び出した……か」
「そうだ――――――」
 飛影の言葉を肯定した寒凪は、尋ねられる前に彼らが疑問に思っているだろうことに対する答えを口にする。すなわち、何故寒凪の姿まで変わってしまったのかと言うこと。
「俺たち妖狐族は、特に血の繋がりが強い場合、互いに様々な影響を与える。たとえば強い者の妖気を受け、弱い者の力が一時的にアップする、等だ」
 視線をリングに向けたままの寒凪。それにつられて桑原たちもリング上を見るが、煙によって中の様子はまったく見ることが出来ない。
 ただ、中から今まで蔵馬から感じたことのない禍々しいほどの妖気が感じられるだけだ。
「今回も似た様なものだ。あのアイテムにより蔵馬の肉体は妖狐のものへと戻った。そのために昔の妖気が――――今とは比べ物にならない程大きな妖気が戻り――その力が、血の繋がった俺にも影響した」
「えっ……蔵馬と血繋がってるのかよ」
 唐突に知らなかったことを口にされ、桑原は驚いた声を上げる。
「ああ、兄妹だ。もちろん妖狐としてだが。元々俺と蔵馬の妖気は似通っているからな。ただ血が繋がっている兄妹より、互いの影響は受けやすい」
「へえ……」
 そうなのか、と感心したような桑原。しかしそれ以上は、この場の妖気の強さに飲まれてしまったのか尋ねてこない。これが平常であれば質問や、知らされていなかったことへの文句があったかもしれない……。
 強い妖気を間近で受け、悪いほうへ影響を受けた様に口を開かない桑原に対し、まったく気にならない飛影は寒凪に尋ねる。
「今のお前の力はピーク時のものと同じか?」
「――――何故?」
 寒凪はちらりと視線を飛影に向けるが、すぐに戻した。
「いや、蔵馬から影響を受けて昔の姿に戻ったと言うのなら、蔵馬よりも弱いのかと思っただけだ」
 そうにやりとした笑みを浮かべた表情で言う飛影。より強い者と戦いたい飛影としては、どちらが強いのか――――同じチームの者だとしてもその点は重要なようだ。
「人間の姿をとり、力を抑えた俺と、本来の力を取り戻した蔵馬を比べれば、俺のほうが弱いさ、もちろん。――――だが、今もまだ俺は力を抑えたままだとは言っておこう」
 直接口にはしなかったが、それは飛影を満足させるものだったようだ。
 先ほど蔵馬に対して思ったことと同じものを寒凪に対しても口にする。それに寒凪はYesともNoとも言わなかったが――――。

◇◆◇

「まったく馬鹿なことをするよな……」
 同じ頃、慈雨は観客席でそんなことを口にしていた。
 その声は心底呆れています、と言うのがよく分かるものだった。――――いや、それだけではなく表情や、雰囲気そのものも。
 ただしそんな慈雨に同意するものはこの場にはいない。
 喜雨は初めから今日の試合は見ないと公言していたし、ぼたんたちは何故か会場に来ていない。
 昨日のあの様子なら間違いなく来るだろう、護衛は来てからで構わないだろうと考えていた慈雨は何かあったのかと思い、気配を探る範囲を会場から島全体に広げる。
「…………あーあ。向こうに行ってやがる」
 そうして見つけた場所は前回までの試合が行われていた会場。
 苦笑しながらしかし、彼女たちはこの場にいなくて良かったんじゃないか、と思ったのでほうっておくことにする。
 慈雨がこんなことを考えていたことが彼女たちにばれれば多くの文句が振ってくるだろうが、慈雨にこんな能力があるとは知らないはずだ。それなら慈雨が口にしなければ良い話。
 そう納得してから再び意識を試合へと向ける。

「ホントに馬鹿だよなあ……“蔵馬”なんて名前の妖怪、そういるわけないだろうが」

 むしろ“蔵馬”はひとりだけだといっても過言ではないだろう。
「大体、残虐非道を絵に描いたようなことやってる妖怪の名前を好んで付ける親はいないだろ」
 ぶつぶつと口にする慈雨のその言葉を耳にしている者はいない。
 周囲はリングに注目していることもあるが、そもそも慈雨の声が小さすぎた。きっと慣れている者――――喜雨や寒凪、そして蔵馬しか聞き取ることは不可能だろう。
 そんな声のまま、続けようとした慈雨は表情を変えた。
「…………へえ」
 角度的にちょうど死々若丸が刀を投げるのが見えた。
 そして結界を突き破ったその刀が、裏浦島に突き刺さるのも――――蔵馬の妖気に隠れて感じ取りにくい弱い妖気がなくなるのも分かった。
「―――――― 一人目、ってとこか? まあ、“妖狐蔵馬”にかかれば弱いけどな」
 ようやくまともなやつを見つけたと、そう言う慈雨の視線の先で、久しぶりに見る蔵馬の本来の姿。
「久しぶり。――――――そして、またな」
 そう言った慈雨の言葉の通り、その姿はすぐに人間の蔵馬の姿に戻る。
 妖狐に戻る前の、傷を負った姿。
「どうせなら、その傷も治っちまえばいいのにな」
 ぼそりと口にした内容を、慈雨自身が「まあ、無理か」と内心で否定した。
 慈雨自身にも出来ない。
 寒凪にも――――そして喜雨にも。

 そう、“時が戻った”のなら、無理だ。

 自分の意思で戻るならまだしも、今回の場合は不可抗力だ。
 そんなものまでコントロールできるものなどいないだろう。

◇◆◇

 何も手を下さずに勝ったことに内心不満に思いながら、ため息をついた蔵馬。しかしすぐに自分の背後から懐かしい妖気とその大きさを感じ、振り返る。そこにはもちろん寒凪がいるのだが……。
「寒凪兄様……」
 寒凪に視線を止めたままリングを降りる蔵馬に対し、寒凪は肩をすくめてから一瞬のうちに人間の姿へと戻った。
「自由に変えられるのか!?」
 驚く桑原に、寒凪は「ああ」とそっけなく答えた。
 戻ってきた蔵馬がほんの少し羨ましそうな表情をしたことには気付いていたが、それに対して何かを言うこともなかった。
「妖気は自由に扱えるからな。―――― 一応外部からの封印はされているが、元の姿に戻る力まで封印されているわけではない。その逆も然り」
 だから、姿を変えることは自身の意思ひとつだと寒凪は言う。
「力もそうだ。――――だが、今すぐに必要なものではないし、目を付けられでもすると、困る。俺も蔵馬と同じように人間として生活しているからな」
「へえ……」
 だから力を抑えているんだという寒凪。
 けれど、それにしてはこんなところにいるんだなと桑原は思ったが、口にはしなかった。
 しかし、その“原因”となったと思っている蔵馬は違う。
 慈雨や寒凪に否定されたとしても、すんなり信じられるほどの素直さは持っていない。

『お前のせいではない――と言っても聞かないのだろうな』
『――――出来るわけ、ないでしょう?』

 頭の中に響いてきた声に、蔵馬は静かに返す。
 リング上に移していた視線をちらりと寒凪に向ければ、呆れたような表情を浮かべてため息をついているのが目に入った。
『言ったはずだ。お前が関わらずとも、俺たちは霊界探偵に関わっていた、と』
『それでも、幽助に関わった最初の事件はオレたちがしたことだ』
『――――――』
 それに関して寒凪は否定しない。
 蔵馬の言うこともひとつの原因だと言う考えはあるのだろう。全てではなくても。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子