Raining in the sun shine 23
「プー!!」
「あれ?」
「プーちゃん!! どこにいたんだい?」
パタパタと音を立てながら飛び込んできたプーをキャッチしながらぼたんが言うが、プーは「プ」としか言わないために誰も理解できない。
「…………あれ?」
「どうかしたのかい?」
「――――――」
「静流さん?」
と、急に首をかしげた静流にぼたんたちこそ首を傾げる。
けれどそれに答えずに静流はじっとプーを見つめていた。
「……プー」
その視線に居心地悪そうに鳴くけれど、つかまれた状態ではプーにはどうすることも出来ない。
「プーちゃん、あんた…………」
「――――やっと到着か」
「あ」
「慈雨!」
静流の言葉をさえぎるように声をかけてきたのは呆れた表情をした慈雨。
「遅かったな。もう試合終わるぞ」
「そうなんだよー。会場間違えちまってさー」
飛影や蔵馬の試合まったく見れなかったよ。
ぼやくぼたんにそりゃあ残念だったなと返しつつ、ちらりと静流に視線を送る。それがあまりにも意味深なものだったから、すぐにその理由がわかってしまった静流は黙った。特に隠さなければいけない理由などないだろうにそうさせると言うことは、考えあってのこと。理由は後で聞けばいいかと自身に言い聞かせて気づいたことには口をつぐんだ静流は、呆れた声でリングを見下ろす。
「うちの馬鹿はなーんにもしなかったしね」
「……まあ、そりゃ相手が悪かったな」
「弱いって言ってくれていいんだよ。……そんなに気を使わなくてもさ」
「ははは……まあ、あれだな」
今はまだ、な。
そう言ってから静流と同じく視線をリング上へと向ければそこには幻海と怨爺――――美しい魔闘家鈴木と名乗る……ピエロが向かい合っている。
「大丈夫なのかねえ……?」
霊感のない温子が心配そうにつぶやくが、幻海の実力をよく知っている三人――慈雨、ぼたん、静流にすれば、その心配は杞憂といってよかった。
「心配ないよー。ばーちゃんがあんなやつに負けるわけないから」
「……ま、弱そうだしね」
「実際弱いなあ。――――――と言うより、霊気使う必要ないんじゃないか?」
三者三様に言い合いつつ、試合を見守る。
――――慈雨の言葉通り霊力を使わず……力のみで勝ってしまった幻海。
さすがにコレにはぼたんも静流も何も言えなかった。
ただひとり、慈雨だけが――――
「なんつーか、馬鹿だろ、あいつ」
それだけを言ってぼたんたちを促し、ホテルへ戻るのについていった。
◇◆◇
「行くのか」
ホテルの部屋を出た幻海に、いつからそこにいたのか寒凪が声をかけてきた。
「ああ」
それに短く返す。
「――――たとえ奥義を継承したとしても、あいつが戸愚呂に勝てる可能性はまだ低い」
「わかっている。……戸愚呂は喜雨の用意した試練を乗り越えている。奥義継承よりさらに辛い試練を」
「それでも行くのか」
「奥義を渡してしまったあたしに出来ることなんてないよ。せいぜい、自分の出来ることをするだけさ」
「“死ぬ”とわかっていてもか」
「…………寒凪。人間は時に結果のわかっていることでもやらずにはいられないものさ」
だから行くのだと、まっすぐ向いて言い切った幻海に寒凪はため息をつくことで答える。
それを了承ととったのか。幻海はふっと笑った。
「慈雨にも、元気でやんなと伝えておいてくれ」
「わかった」
その言葉は慈雨はもちろん寒凪にも向けられていた。古くからの知り合いへの別れの言葉。そこに喜雨が入っていなかった理由に思い至った寒凪は、幻海の背を見送った後に完全に消している気配をそのままに、今まさに幻海が出てきた扉を開いた。
◇◆◇
「もうおまえに用はない」
響いた残酷な言葉に、耳にしたものの中で表情を変えたものはいなかった。
とはいえ、その言葉を聞いたのは言われた本人――幻海と、気配を消してそばにいる喜雨のみ。
喜雨は再び枝の上で、そのやり取りを見下ろしていた。
そして思う。
これは自身が引き起こしたことだ、と。
きっと喜雨に人間を妖怪に転生させる力などなければこんなことにはなっていなかっただろう。
寒凪や慈雨、コエンマ。果ては閻魔大王にまで、もし喜雨にそんな力がなかったら、戸愚呂を妖怪に転生させていたのは霊界だった、と言われていても、喜雨は己の考えを曲げなかった。
人間を妖怪に。逆に妖怪を人間に。
それがどんなに難しく、大変なことであるのかを喜雨はよく知っている。
だからこそ否定していた。霊界がそれを行うのは不可能に近い、と。
霊界は人間の生にも、妖怪の生にもかかわっていない。かかわっているのはその“死”に対してだ。
だから人間と妖怪に“死”を与えることが出来ても“生”を与えることは出来ない。たとえ、元々の魂を犠牲にしたとしても。
過去、そんなことを行った記録もなければ出来ると言う記述も霊界には存在しないのだから、出来ないだろう、と。
そう言ってコエンマたちを黙らせた喜雨は、また元の思考に沈んでしまう。
そんな中でも時は流れる。
「80%のオレを見せてやろう」
そんな言葉の後で、戸愚呂は隠していた力を放出する。
それに幻海は息を呑み、周囲の動植物たちも騒ぎ出したが喜雨は表情一つ変えずにその光景を見ていた。
今の喜雨には辛いものがあるのでは、と先に話を聞いていたコエンマは危惧したが、喜雨の自身への封印は内部だけでなく外部からの力をもブロックしていると聞けばそれ以上の言葉はなかった。
だから姿を変えることなくその場にとどまったままの喜雨は、戸愚呂の妖気によって発生した風に髪や服の裾を揺らしながら静かに見守っていた。
幻海の“死”を。
「てめェ!!!!!!!」
叫びながら幽助が戸愚呂に向かっていく。
けれどそれはすぐに腕一本で止められ…………そして――――
「――――――喜雨」
名前を呼ばれ、黙って木から降りた喜雨に戸愚呂は笑みを消して言った。
「幻海の死体を保存してやれ」
「――――――」
「浦飯はそれを望むだろうからな」
「――――それはおぬしが負けたら、と言うことじゃ」
「それが何だと言うんだ」
「負ける気などありはせぬだろうに」
「負けないさ。…………だが、一応用意してやるべきだろう」
そう言うと、戸愚呂はきびすを返して離れていった。ちょうどその先には走ってきたコエンマと鉢合わせたが、それを気にも留めずに歩いていく。コエンマだけが一瞬肩を揺らしたが、何もしないと見て取るとすぐに喜雨のそばに駆け寄ってくる。
「喜雨!」
「…………コエンマ、幻海の死体は我が預かる」
「それは……かまわないが……」
「戸愚呂の……戸愚呂の願いじゃ」
「は?」
喜雨の言葉に目を丸くしたコエンマだが、ため息をついた喜雨はポツリと口にした。
「やはり戸愚呂も人間じゃ。……妖怪はこんなこと考えはせぬ」
– CONTINUE –