てのなるほうへ 1
ころころと何かが床を転がる音が耳に入ってきた。
何だろうと視線を下に向ければそこには小さな女の子がサイコロを転がしていて。
「何をしているんだ? 望生(みお)」
尋ねれば、見上げてきてニッコリと笑みを浮かべる。
「すごろく!!」
「――――――ひとりでか?」
「うん!!」
きっぱりと、迷いなく言いきった。
笑みを浮かべながら……しかし、それで面白いのかと俺は内心で疑問に思う。
普通、複数でするものをたった一人でやっているのだから、面白くないんじゃないだろうか……。
しかし、だからと言って俺は付き合おうとはしなかった。
付き合ってやれる暇がなかった、と言っても良い。
今の時期から勉強をしておかなければ、後々困ることになる。
幸い、近くでサイコロを転がす音を立てられても気になって勉強ができなくなるなんてことはない。俺はそんな繊細には出来ていない。
むしろ望生が側にいてくれるから、その安全を気にせずにいられると言うことで、歓迎するところだ。
数ヶ月前、数年ぶりにあいつと電話で会話をしたことが発端だった。
『そっちの状況はどうだ』
「変わりない」
『そうか。――――残念ながらこちらでは動きがあった。妖怪が手を出してくる可能性が出てきた』
「……何をやっているんだ」
どれだけこっちは苦労していると思っているんだと内心で呟きながら、それを声には出さないように注意しつつ聞く。
すると電話の向こうからは疲れた様子の声が聞こえてきた。
『俺たちのせいではない。ある人間が暗躍した結果、霊界探偵がひとりとその関係者二人が魔界へ行かなければいけない状況に陥ったんだ』
「……それが俺たちと何の関係があるんだ」
『関係者中に、俺の妹がいる――妖怪としての。俺たち三人も招待された。もちろん断ったが――――しかし、諦めたかどうかは分からない。もしかすると俺たちのことを調べ上げて、お前達に行きつく可能性もある』
「それで……何かあるかもしれないと?」
『可能性があるだけだ』
「確かに俺たちは……というより望生は弱点になる可能性があるな」
『ああ、それはこちらも認めている』
「…………手を出してくると思うか」
『分からない』
「おい」
間を置かずにはっきり言われ、さすがにもう少し考えろと言いたくなる。
しかし、ここまであいまいな情報しか言わないというのも引っかかる。
『仕方がないだろう。俺たちを招待した三人のうち、二人はどう出るかがまったく分からないんだ』
「残りの一人は?」
『心配は要らないそうだ。しかし他の二人はわからない以上、俺たちに関わり合いのある人間全てに気を配っておかなければならない』
「それでか……」
『ああ。――――お前達以外には既に守護をつけた。しかし――――』
「さすがにこっちには無理か……」
『――そんなことをすれば何のためにあいつと望生を離したのか分からない』
「で、こっちは俺が気をつけていろと?」
『そうだ。幸い、今はまだ力の強い妖怪は人間界に入っては来れない。お前だけでも大丈夫だろう』
「まあ、そうかもしれないが」
『鍛錬は欠かしていないのだろう』
「その点は気にしなくても大丈夫だ」
『それならそう心配も要らないな』
「ずっと一緒にいれるわけじゃないが……離れている間は結界を張って対処しておこう」
『そうしてくれ』
伝えることは伝えると、お互い無駄話をすることもなく電話を切る。
元々そんなことを話す間柄でもない。
結局このときから、今まで以上に望生に目を光らせていなければいけなくなった。
「おにいちゃん?」
数ヶ月前の電話の内容を思い返していると、不思議そうな表情をした望生が俺を見上げていた。
「どうかしたの?」
「いや……なんでもない」
「? そう?」
更に首を傾げる。
しかしすぐに興味をなくしたのか、また手に握っていたサイコロを転がし始めた。
それを見ながら俺は、これからどうすべきか悩んでいた。
– CONTINUE –