てのなるほうへ 2

「なあ…………桜木はどうするんだ?」
「…………何を?」
「そりゃあもちろん志望大」


 ちょうど進路指導の後だった。
 前の席に座るクラスメイトの渡辺が振り返り、そんなことを聞いてきた。
「さあ……まだ決めてない」
「――――――決めてないのに、あんな大学書いたのかよ。つかあんな判定出すのかよ」

 全国模試で書いた志望校、結構レベル高いんだぞ。

 呆れ顔で言う渡辺。それに対し、俺はなんでもないように言う。
「勧められたからな」
「…………自慢じゃないって分かってても、すっげーむかつく」
 ムッとした表情を浮かべる。それなら聞かなければいいのにと思った。
 それが表情に出ていたのだろう、さらにむっとなって「頭悪いやつの身にもなれ……」とぶつぶつ文句を言っていた。
「特に、自分の頭がいいと思ったことはない」
 身近に自分や親以上がいたからだとは言わない。
「…………勉強はどれくらいしてんだよ」
「――――――3、4時間くらいじゃないか」
「それでアレかよ……」
 ガックリと肩を落とした渡辺が不思議だ。それくらいやっていれば十分だろう。学校でも勉強はしているんだから。
(まあ、頭のいいやつらに鍛えられたっていうのもあるけどな)
 俺がどう言おうと、結局渡辺は納得しなかった。





「…………雨が降りそうだな」
「あーホントだねえ……」
 困るなあ……傘持ってきてないんだよね~。
 独り言を言った俺に答えるように、下駄箱の前でのんびりとした声を出すクラスメイト。俺は内心で「お前は自転車通学だろう」と突っ込んだが、口には出さなかった。どうせ自転車通学で合羽を着て通学しているのはクラスでも俺くらいなものだ。横にいるクラスメイトを含めほとんどはバスでも帰れるところに住んでいる。
 けれど、言葉からするとどうも傘差しで帰る雰囲気だが…………。
「桜木君ちは遠いんだから、早く帰ったほうがいいよー」
「分かっている」
 そういいながら自転車置き場へと向かう途中、クラスメイトは笑みを浮かべながら後ろへと続く。それは単に彼女も自転車を置いているからなのだが……

「そうそう。いろんな意味で雨降りそうだから、気をつけたほうがいいかもねー」

「――――――――――――」
「なーんか、変な予感がするんだよね。ま、私には関係ないけど」
「…………三波」
「うん?」
「他に気づいたことは?」
「うーん。大してないけど。……そうそう、何か近いよ、それ」
「そうか」
「うん、そう。だからま、頑張ってねー」
 それだけを言うと、三波はさっさと自転車に乗って帰っていった。





『ねえねえ、桜木君って妖怪?』

 高校に入学してすぐ、一人でいた俺にこの土地のイントネーションで声をかけてきたのは三波だった。
『何を言っているんだ……というより、なんで妖怪なんだ』
『えー、おかしいなあ。桜木君にそんな“気”が引っ付いてるよ』
 言葉に注意して言っていることを、表に出さないこと位は出来る。幼い頃から身近にそんな生き物がいて、それを見習っていれば造作ない。ただ、失言でこれからの高校生活を台無しにはしたくなかった――たとえこの土地に住むのが残り高校三年間の予定だとしても。
 まあ、それほど神経質にならなくても構わない話題だったかもしれない。何より、声をかけてきた三波から感じることを考えれば。が、それでも俺のごまかしに対して何の反応も示さず、さらりと言われた言葉に驚いた。
 ――――なんとなく、霊感は強いだろうなと思っていた。そしてそれは当たっていたけれど……どうしてそこまで感じることが出来たのかが不思議だった。
『うちの家系ね、大体みんな霊感が強いの。で、私もそれに漏れず霊感が強いってわけ』

 大昔は妖怪退治もしてたみたいだよー。

 世間話をするように言った言葉は生まれたときから――――いや、実際には生まれる前からすぐ側に妖怪がいた俺には小さな衝撃だった。
 別にそんな過去があったことを知らなかったわけではない。周りにいた妖怪は退治されるような弱いものではなかった。ただ、『妖怪』と言う存在を憎むでもなく受け入れている人間がいたことに驚いた。妖怪や霊が見えると言うのは普通では受け入れられない、平気で口にすることの出来ないものだと思っていた。

『じゃあ何で桜木君から妖気を感じるの?』
 俺が妖怪と近いものであることは三波の中では決定事項なのか。いや、実際そうなのだから否定するつもりもないが。
『なぜといわれても……』
『妖怪退治はしてないでしょ?』
『…………そこまで分かるのか』
『分かるよー。嫌な感じの妖気は感じられないから』
『…………』
『強いね。この妖気を持ってる妖怪』
 しかも、複数だ。……三人……や、この場合三匹かな?

 驚いたことを悟られないようにしながら、このことが切欠になり、そして学年が上がっても同じクラスだったことも理由になっただろうが、クラスメイトの女子の中ではわりに言葉を交わす仲になっていた。

 ただし、自分に関係がないと判断すればとことん爆弾を落とすだけ落として平気で何もしない三波には困ったものだが。
 そして後処理はすべて俺がしなければいけなかった。





 現在俺が住んでいるのは学校から自転車で約一時間ほどの距離にある家だ。
 市の中心地からそれほど離れてはいないけれど、周りは田畑が広がる場所。
 元々、俺はこの地方出身ではない。
 同居している――と言うより俺が居候している――人たちもそうだ。数年前までは俺の実家の隣に住んでいた。
 いや一人だけ、この地で生まれたものがいる。が、それを周囲は望んでいなかった。
 望んではいなかったが、ここに来なければいけない理由が出来てしまった。それで仕方なく同居人たちはこの地へ来た。そして、俺も一緒に来た。

 俺の場合は護衛として。



(来た)



 人通りのほとんどない道に入った時のことだった。
 元々視線は学校で授業を受けている最中から感じていた。
 けれどその場ではどうすることも出来なかった。だからすぐ側まで近づいてくるのを放っておくしかなかった。対策を立てることも出来なくはなかったが、俺の場合はこっそり行うにはまだ修行が足りない。
 大体、修行の途中でここへ来てしまったんだ。しかも俺を教えていた妖怪(やつ)から望生を離すために。

(だから、一番当てになる喜雨に助けを求めることは出来ない……と)

 他も同じく。
 なにせ、そこまで望生があいつらから影響を受けやすいとは思っていなかったから。
 ここでは一番戦闘能力の高い俺が前に出るしかないんだ。

「とは言っても、穏便に済ませる自信はないぞ……」

 本気の妖怪とやりあったことはないんだからな。
 そんなことを呟いたところで誰も聞いてはいない。
 もしかしたら俺に近づいてきているやつには聞こえているかもしれないが……まあ、あの程度なら大丈夫だろう。

 ――――――生きて返さずに済みそうだ。

 そう思ったところで俺の乗った自転車の数メートル先にその妖怪が降り立った。
 それは予想の付いたことだったため、慌てることなく俺は自転車をとめる。

「アイツラノカンケイシャノトコロニアンナイシテモラウゾ」

 聞き取りにくい声。
 俺を追ってきた妖怪は俺の身長の半分もない、人の形すらしていない妖怪だった。
 力は俺が知っている妖怪のどれよりも弱い。
 さすがにこれなら……と俺の力を知っているものなら思いそうだ。
 なめているわけじゃないが、少しは自分と相手の力の差を分かっておけと思う。

(ま、それが出来るやつが来たら楽じゃないだろうから、いいのか)

 そう納得すると、周囲に結界を張り巡らせる。――――呪文など、必要ない。
 それを見た妖怪は少したじろいたが、気にしてやる必要などあるわけもない。
 ここは、そう言うところだ。

 俺は目の前の妖怪に向かって言い放った。




「出来るものなら、力ずくで案内させてみろ」

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子