ありふれた死
同胞が死んだ。
それは普通のようで、普通でないもの。
ありふれたもののようで、ありふれていないもの。
今回で一体何度目の、魂鎮めの歌だろうか。
「喜雨……準備は出来たかしら?」
「はい」
呼びに来た母親に、喜雨はわずかに顔を上げて答える。
それに悲しみをたたえた表情の母親は、涙が流れそうになるのをこらえつつ、喜雨を促す。淡々と、これは現実ではない、そう思っているかのように……現実であることを否定するかのように。
無言で廊下を歩き、暗い雷の鳴り響く外へ出て、そして向かった先。
森の中の広場には既に同胞達が集まっていた。
その輪の中心には白い衣をまとった老女。
「お母様…………」
その姿を目にした喜雨の母親は無意識に呟いた。
それを喜雨だけは耳にしていたが、何も言わずに母親の横をすり抜け、老女――――祖母の横に立つ。
その様子に周囲は静まり返った。
すすり泣く声すら消えた。
静かにそれを確認するかのように喜雨は視線を走らせる。そして再び祖母の亡骸に目を移すと、ひとつ呼吸をした。
そしてその口から流れ出るのは妖狐族に伝わる魂鎮めの歌。
皆、この歌によって送られる。
この歌によって送られる生を全うできたことが何よりの幸福。
そして、この歌を歌えるものより先に逝けたことが何よりの――――――。
それを今この場にいる妖狐族は皆思った。しかし、だからと言って悲しくないわけがない。
――――――長のための魂鎮めの儀なのだから。
今日、妖狐族は長を失った。
次の長は既に決まっている。その性格もなにもかも、長として申し分はない。
しかし今回亡くなった長も、長としての尊敬を一身に集めていた。
誰よりも優しく、誰よりも厳しく。
分け隔てなく皆と接し、笑いあい、悲しみを共有してきた。
そんな長が――同胞が亡くなって、悲しくないはずがなかった。
皆、泣いた。
魂鎮めの歌を歌っている喜雨以外は皆。
いなくなってしまった長を偲んで泣いた。
これからの自分達の未来を憂えて泣いた。
生まれてそう時の経たない自分。
本来であれば、魂鎮めの歌を歌うには幼すぎる自分。
本当ならば、魂鎮めの歌を歌うのはまだまだ先のはずだった。それなのに自分の祖母のために、いやそれだけでなくたくさんの同胞のためにこれまで何度となく歌った。
たくさんの同胞をその歌で送った。
しかし、まだ自分は同胞を迎え入れる歌は歌ったことがない。
送る歌は何度となく歌ってきたのに。その逆はまったくなかった。
その思いに悲しくなる喜雨。
彼女が現在のところ妖狐族の中では一番年下。
どれだけ喜雨が生まれて時が経ったのか。幼いとはいっても、元々成長の遅い一族だ。
そしてその間に誰も生まれていないというのは異常だった。
そして、死んでいく数もまた異常だ。
妖狐族はその数を減らしていた。
決して疫病がはやっているわけではない。元々異常な遺伝子を持っているわけでもない。近縁のものと婚姻を結んでいたわけでもない。
それなのに年々、『急に』死んでいくものが増えた。
前触れなどなかった。
ある日、気付いたら死んでいた。
そんなことが何度も続き、魂鎮めの歌を歌うものも喜雨だけとなり――――――。
(ひとりに、なるのかな)
今この場の年齢を考えれば、順当に行ったとして死ぬのは喜雨が最後だ。
もしこれから先、同胞が生まれなければその可能性は一気に上がる。
歌いながらそれを考えた喜雨は、心の中で涙を流した。
魂鎮めの歌を歌うものは決して涙を見せてはいけない。
笑顔でその魂を送らねばならない。
そんなことをほんの少し前に先代の魂鎮めの歌を歌う者の――――――今わの際に伝え聞いた。
けれどそれを喜雨は出来なかった。
笑顔は浮かべることが出来なかった。
涙を流すことだけは何とかこらえてはいるが――――それが周囲には更に涙を誘う。
そんな中で、喜雨の歌声がたくさんの嘆きの声と共に響いた。
– END –