存在、理由

「必要ないことなんてないのよ」

「必要のないひとなんていない」

「いてもいなくても変わらない存在なんて、この世にはないの」

 そんな言葉がぼんやりとした頭の中で響いた。
 それを正確に理解することは出来なかったけれど、相手が言いたいことは分かった。
 それはきっと、今までに聞いたことのない声と、見たことのない姿のせいもあると思う。
 今まで決して見せなかった姿をさらしてしまうほど、慌てていたか、必死だったんだろう。ちょっと信じられないけど。
 でも、信じられなくても現実で。
 ようやく見つけたと、目の前に姿を見せた時の表情は、罪悪感を持たせるには十分だった。

「ごめんなさい」

 だから小さな声ででも謝る。
 すると微かに首が振られる。
 雨に濡れているから、いつもの様な音はしない。
 そして背負っているぼくを、軽く揺すって、

「良いのよ。その代わり、今度またこんな風になったら、私の名前を呼んで」

 そうすれば、何度でもまた言うから。
 何度でも、また――――

 その言葉にぼくは見えているわけもないのに頷き、背中に顔を埋めた。

– END –

Posted by 五嶋藤子