一瞬で悟ったこと

「何度来ても思うのですが、空気が重いですね」
「そうか?」
 私がため息を突きながら言った言葉を、目の前の妖怪(ひと)は首をかしげながら返す。
 その様子を見て、ああ、やっぱりこの妖怪も魔界生まれの魔界育ち……生粋の妖怪なのだと改めて思い知った。

「まあ、霊界人には多少辛いかもしれぬな」
「慣れなければ、多少どころではありません」
 これでもまだ私だからましだと思われます。
 そう言えば、肩をすくめて「そうかものう」と言う。
 一瞬、どうでもいいことだと言っているように聞こえたが、確かに妖怪が霊界人の心配をするというのもおかしい。
 何よりこちらから魔界へと来ているのだからなおさらだ。
 舜潤が魔界へ来たのは大統領に会うためだ。
 まあ、言ってしまえばコエンマのお使い。
 けれど魔界には霊界をよく思っていない妖怪もたくさんいるため、それじゃあとたまたまヒマだった喜雨にコエンマが護衛を頼んだのだ。
 コエンマの頼みに喜雨は嫌そうな顔をしたものの、何か取引でもしたのだろう。そうしてまで護衛はいらないと言った舜潤だったが、コエンマは却下した。霊界がどれだけ魔界でいい感情を持たれていないかを身を持って知っているかのようだった。
 さすがにそこまで言われれば断ることも出来ない。
 幸い護衛と、そして案内役としていてくれる喜雨を舜潤は知っている。
 以前に会話もしたことがあるので、他にこういうことを頼めそうな妖怪よりは安心していられた。
 以前の会話では仲間思いの、人間思いの妖怪だと感じていたが――――しかし、実際はやっぱり妖怪だった。

 しかもかなりの力を持った。

 魔界へ入ってから喜雨は抑えていた力を少し解放していた。
 それは現在の体で耐えうるだけの小さなものだったが、そのうちに封じられた力の大きさを一瞬感じることが出来て、舜潤は戦慄を覚えた。
 今まで体験した中で一番の恐怖。
 もしかしたら、霊界に対していい感情を持たない妖怪よりも喜雨のほうが危険かもしれないと思った。
 けれどそれも一瞬のことだ。
 すぐに自分に視線を向けた喜雨の、その目にそれ以上思ってはいけないと本能が告げた。
 きっと喜雨は舜潤が何を考えたか気付いている。
 気付いているが、それをする気はないのだ。ただ――――舜潤たちが考えなければ。
 その可能性を考え、いつも疑っていれば喜雨はその通りの行動をとる。
 けれど考えることなく信じていればその可能性はない。
 そこに至る考えは分かる気がした。
 誰も自分を信じてくれない者の側になどいたくはない。
 自分を信じてくれる者を信じたい。
 信じないどころか疑う心を持った者の側になどいたくはないだろう。
 疑ったものの心のとおりに行動する理由は分からないが、それは長い間――舜潤でさえ気の遠くなるほどに生きてきた喜雨のそれまでの年月がそうさせるのだろうと、理由もなく思った。

 そんなことを思った結果、舜潤は喜雨の力を考えないようにして喜雨の後に続く。
 現在は人間界で暮らしているとはいえ、さすがは妖怪。
 舜潤ではこうも無駄なく魔界を駆け抜け、目的地にはつけなかっただろうと思うほど短い時間で大統領の元へいくことができた。

– END –

Posted by 五嶋藤子