4. 喧嘩
幽助たちが幻海邸に着くと、一種異様な光景が広がっていた。
不機嫌なのを隠そうともしない蔵馬。
その少し離れたところには頬を真っ赤にし、ところどころ小さな傷をつけた慈雨。
そしてさらに離れたところでいつものように無言で、しかし明らかに呆れた様子の寒凪。
そのすぐ隣では恐らく新発売なのであろう、あまり見かけない甘そうなお菓子の箱を膝に載せてのんびりおいしそうに食べている喜雨。
これを異様と言わずになんと言おうか!!!
などと、少し遅れてやって来た幽助始め、いつものメンバーは思っていた。
いや、一番異様なのは蔵馬と慈雨の距離かもしれない。
いつもはそれほど離れていない――――恋人と言う言葉がぴったりの距離で座っていると言うことが多いのに、今日は今までに見たことがないほど二人の間には距離があった。
寒凪と喜雨はいつもと変わらないため、今の部屋の重い空気の原因は蔵馬と慈雨のせいだと言うのは明らかだった。
しかしその理由を問おうにも、蔵馬は不機嫌で聞きにくいし、慈雨は何も聞くなという雰囲気を出し続けている。
となると、向かう先は一つしかない。
「なあ、蔵馬と慈雨はどうしたんだ?」
代表でいつもの通り幽助が寒凪に聞いた。
すると寒凪は幽助たちに目を向け、ため息をついて言った。
「単純なことだ。――――――慈雨が、蔵馬との約束を忘れていたんだ」
………………
「「「「はあ?」」」」
寒凪の言葉に少し間が開いた後、そんな声が幽助たちからもれた。
「それだけ?」
「ああ」
「…………」
思ってもみなかった理由。
そんなことであの蔵馬がここまで不機嫌なのかと、そして慈雨があの状態なのかと驚きを通り越して呆れてしまう。
その様子に、今まで黙って嬉しそうにお菓子をほおばっていた喜雨が口を開いた。
「ただ、その“約束”が蔵馬にとって重要で、それを慈雨は理解していたはずじゃった…………」
それでも慈雨は忘れていたのじゃから、蔵馬が怒るのも当然じゃろう。
「忘れていた慈雨が悪い」
喜雨のきっぱりとした言葉に皆が慈雨を見ると、かなりのダメージを受けたようで、がっくりと肩を落としていた。
喜雨の言葉から、悪いのは慈雨だと言う意見はこの四人の中で一致していることのようだ。
ただ、慈雨自身もそれを認めていて、しかもこの落ち込みようなのだから、少し慈雨が哀れになってくる。
恐らく忘れていたのもわざとではないだろう――――そんなことをすれば後で蔵馬の報復が恐ろしいはずだ。
いつからこの状態なのかは分からないが、さっきのことではないだろう。
だとすれば、もうそろそろ許してもいいのではないだろうか。
そんなことを思った面々。
それを少し面と向かって蔵馬に言うには恐ろしいが、この雰囲気の中にいるのも辛い。
しかし頼みの綱である喜雨と寒凪はまったくこの状態を改善しようと思っていないらしい。
普段とはまったく違う空気の中で、二人は恐ろしく普段と変わらない空気を出している。
「…………なあ、蔵馬……」
「何?」
(((((こ、こわ~…………)))))
ちらりと声をかけた幽助の方を見た蔵馬の目は相当鋭かった。
さすがにこんな反応をされると何も言えなくなる。
言えば命がない、そんなことを思わせるような雰囲気だった。
そして実際何も言えずに、慈雨には悪いが幽助たちはその場から退散することにした。
「「「「はあ~~~~~」」」」
別の部屋に落ち着いた面々は、ようやく肩の力を抜くことが出来た。
疲れることはしていないはずなのに、久しぶりに変な疲れ方をしてしまったようだ。
やっぱり蔵馬を怒らせるもんじゃない、そんな結論を出したところでようやく無駄話が出来るまでになった。
だがまあ、さっきまでの影響が抜けないのは仕方がないことかもしれない。
どうも皆、どこか疲れた雰囲気を出している。
「――――――――――――大丈夫か?」
静かにふすまが開いて顔を出した寒凪は開口一番、そう言う。
それに何のことだかと言う風な表情をして見せた全員に、重症だなと内心思った。
自分たちが疲れていることすら気付いていない様に見える。
まあ、あんなことで疲れを引きずっていると認めるのも悔しいだろう。特に幽助と桑原は。
そう思った寒凪は、それ以上は何も言わずに差し入れとして茶菓子とお茶を差し出した。
それに皆すぐさま手を伸ばす。
「――――――」
呆れ気味にそれを眺める寒凪は、お盆の上のものがなくなると、静かに部屋に入ってきた。
その後ろには喜雨もついて入ってくる。
「なあ……蔵馬たち何とかならねえのか?」
少し落ち着いた桑原が、寒凪に目を向けて言う。
それには他の者も無言で同意するように寒凪を見た。
それに気付いて寒凪は肩をすくめる。
「あれは放っておけばいい。――――そのうち仲直りするだろう」
「そのうちって……いつだよ」
あの状態で、と本当に仲直りするのかと疑わしそうに言う幽助。
それに「いつだろうな」と言う寒凪に、皆ガックリ肩を落とす。
あの状態の二人をまだ見ていなければいけないのか、と。
そんなに頻繁に会うわけではないが……それでも長くかかりそうな現状に、頭を抱えるしかない。
慈雨が落ち込んでいる分にはまったく影響はないが、蔵馬が不機嫌だと場の空気がどうしても悪くなってしまう。
「マジかよ……」
「まあ……」
幽助たちの呟きに、ぽつりと何か考えるように呟いた喜雨に、皆が注目する。
「蔵馬は怒ったまま、許したいのにそのきっかけがつかめぬだけじゃし……、慈雨は慈雨で謝るための言葉選びに必死じゃ」
「…………何で慈雨はさっさと謝んねえんだよ」
別に言葉なんて選ばなくてもいいだろう?
そう問う幽助に、喜雨は小さく笑った。
「怖いんじゃろう…………言葉を間違えて蔵馬に嫌われることが」
「「「「「……………………」」」」」
「心配しすぎじゃ」
そんなことは杞憂じゃと言うのに。
喜雨の言葉に、皆内心で慈雨に呆れた。
“あの”蔵馬に嫌われることが……それは恐ろしいかもしれないが、そう簡単に蔵馬は慈雨を嫌うだろうか。
喜雨の言う通り、心配のしすぎだ。
「慈雨もそろそろそれに気付くだろう。――――――そこまで頭が回らない奴じゃない」
「そうじゃな」
寒凪と喜雨のやり取りを、皆黙って聞いていた。
どの道、あの二人が仲直りしなければ、みんなで集まって騒ぐことも難しいかもしれない。
何はともあれ、さっさともとの鞘に収まってほしいものだと思わずにはいられない幽助たちだった。
– END –