19. 友人の結婚
玄関の鍵を開ける音がして、その数瞬後に扉が開いた。
「ただいま……」
「お帰り、喜雨」
声が聞こえ、蔵馬は顔を玄関に向けて出し、そう言った。
その先には今朝出かけたときと同じ着飾った姿の恋人。
しかしその表情は疲れたようだった。
「どうしたの、喜雨?」
何かあった?
そんなことなどないなと思いつつ、蔵馬は尋ねた。
何せ今日、喜雨は大学時代の友人の結婚式に出ていたのだから。
幸せな友人を祝福しに行った。
別に何かあるようなものでもないと、そう蔵馬は思った。
「何でもない……」
小さくかすれた声で言う喜雨に、さらに蔵馬は不思議に思った。
足取り重く自分の部屋へと戻っていく喜雨の背中を見ながら、どうしたものかと……どうすればいつもの喜雨に戻ってくれるのかと蔵馬は頭をひねった。
それでもいつもはいい案が色々思いつく頭脳は、恋人が今までこんなことがなかったためにいい案がまったく思いつかなかった。
千年以上生きている妖怪のくせに……と少し落ち込んでしまう。
それにしても、本当にどうしたのだろうか。
朝出て行くときはいつもの喜雨だった。
しかし帰って来るとあの状態。
結婚式でトラブル、なんてそうそうないだろうに。
「蔵馬……」
着替えてきた喜雨は、既に化粧も落としていて、さらに顔色が悪く見える。
「喜雨」
側にゆっくりした足取りで蔵馬に近付いてきた恋人を、蔵馬は抱きしめた。
「―――――――――――どうしたの?」
改めて、答えなかった喜雨に同じことを聞いていいものかどうか迷ったが、結局尋ねた。
放っておくわけにはいかなかったからだ。
「…………」
「言いたくなかったら、言わなくてもいいよ?」
「……………………ちょっと、ね……」
蔵馬の言葉に、喜雨は少しの間の後、小さな声で言った。
そう言った後にまた黙り込んだ喜雨。
そんな喜雨の態度に、蔵馬は喜雨自身が言いたくなるまで待っていたほうがいいかと、抱き上げてソファーまで歩いていく。
ゆっくりと、喜雨に衝撃が行かないように座って彼女を抱えなおすと、喜雨はぽつりと言った。
「…………ご両親が、すごく幸せそうで……」
「――――――なる程ね」
それだけで喜雨の言いたいことが分かった蔵馬。
喜雨には既に両親はいない。
が、蔵馬にはいて……喜雨とも仲がいい。
今二人はそんな人たちをだましているのが現状で…………二人はそれを後ろめたく思っていた。
「まあ……オレたち妖怪は、人間とは寿命が違うしね」
喜雨は完全な妖怪ではないが……寿命や老化は妖狐であった母親の血を濃く継いでいた。
以前はそのことに気付いていなかったが、二十歳を過ぎた辺りからまったく外見が変わらない喜雨を、蔵馬が調べて分かった。
それはいつまでも二人でいれるという喜びと、喜雨も蔵馬の――南野秀一の家族に嘘をついてしまうという後ろめたさが生まれた。
「……私たちは、ずっとだまし続けなければいけないから…………」
「そうだね……きっと、オレたちは母さんたちに人間としての幸せはあげられない」
「…………」
喜雨はその言葉にぎゅっと蔵馬の服を掴んだ。
分かっていたことだった。
妖怪の母を持った時点で、喜雨には分かっていたことだった。
だからと言ってそれを怨んだことはないし、後悔したこともない。
それでも――――――
「分かってたんだけどね……こんなことになることくらい」
それでも……辛い。
そう言った喜雨を蔵馬は抱きしめる。
蔵馬もその思いは同じだ。
いや、蔵馬にとっては“本当の”家族なのだから、その思いは喜雨よりも強いだろう。
特に女手ひとつで育ててくれた母親に対しては。
「もうそろそろ……考えなければいけないかな」
長く伸ばせばそれだけさらに言いたくなくなる。
そして、言わずにいても家族は、周りは不審に思い始めてしまう。
そうならないためにも、せめて家族に対しては――――――。
「でも、いやだよ……」
責められそうで。
「喜雨は……大丈夫だろう。責められるのはオレのほうだ」
「…………」
喜雨は蔵馬のその言葉に黙った。
蔵馬は喜雨以上に悩んでいるのが分かるから。
いつもいつも悩んでいたのだろう。
それこそ、喜雨と知り合う前から。
ずっと、ずっと……。
どうすべきか、喜雨たちにはまだ分からない。
それでも、早く何らかの答えを出さなければいけなくなってきているのは確かだった。
人間は、妖怪ほど長く生きることは出来ないのだから。
– END –