28. 寝顔

 横で動く気配を感じて、意識が浮上する。


 ひくっ


 続いて聞こえた小さな小さな声に完全に目が覚めた。
 ゆっくりと起き上がり、前に流れてくる髪を後ろに流しながら傍らに目を向ければ、真っ暗な中で蔵馬が布団の上に座り込んで、声を殺して泣いていた。


「蔵馬?」


 びくっと、我が声をかけると肩を揺らす。
 そしてぱっと顔を上げ、我を見る。
 暗い中でも変わらない。夜目が利く我らに、暗さなど関係なく見える。
 そんな中で目を丸くし、その蔵馬の目には涙が浮かんでいた――――


「どうしたのじゃ? ――――――恐ろしい夢でも見たのか?」


 問えば、まだ己を隠すことなど出来ない幼い子は顕著な反応を見せる。

「どうして?」

 分かったのか。
 幼いながらに我らの現状を理解している子は聞く。
 そんなこと、自分から言えないと我慢をする子。
「さあ、なぜじゃろう。――――――蔵馬が夜泣くならば、何か我慢の効かぬほど恐ろしい夢を見たのかと、そう思っただけじゃ」
 妖怪に、恐ろしいと感じるものがあるのかと自問する。
 己よりも強いものと出会えばそう言うこともあるだろう。
 しかし、そうではなく。今蔵馬の周りには彼女を守るものしかいない。
 ならば……その夢はどんな夢だった?


「…………怖かった」


 ぽつりと呟く、今にも消え入りそうな声。
 また震え出しそうなその身体にゆっくりと手を伸ばし、温かな子の身体を抱きしめる。
 そうすれば蔵馬は我の胸に顔を埋め、ひくりと、また泣き出す。

 その身体を、我はただ抱きしめるだけ。





「姉様が、血まみれで倒れる夢を見たの」


 ひとしきり泣いた後、大分落ち着いた様子で蔵馬は我を見上げながらそう言った。


「姉様だけじゃなくて……寒凪兄様も、慈雨も……」


 大きな怪我をして、だんだん呼吸が少なくなって……動かなくなって。


「冷たく、なっていくの」


 だから怖かったと、そう言った蔵馬は我の存在を確かめるように再び抱きつく。
 しっかりと、こんなにも力があったのかと我が内心驚くほどの力で。
 しかしそれは放っておいて、我は蔵馬の背を軽く叩く。

 大丈夫だと。我はここにいると。

「心配は要らぬ。我らは簡単に蔵馬の前から消えたりはせぬ」

 言うことは簡単。

 納得させるのは困難。

 しかし幸いにも、それだけの力を少なくとも我は持っている。
 簡単に納得することの少ない蔵馬でも、我の『力』に関することとなれば話は違う。


「うん」


 ようやくニッコリと笑みを浮かべ、安心した様子を見せる。
 それを見、大丈夫だろうと我は思う。

「さあ、もう一度寝るのじゃ」

「はい」

 そう言えば、ごそごそと布団にもぐりこむ蔵馬。
 そしてすぐに寝息が聞こえてきた。

 ――――――先ほどと違うのは、我の寝巻きの一部を、握りこんでいたところだろう。










「喜雨姉様?」
 ぼんやりと空を眺めていると、急にその視界に蔵馬が顔をのぞかせる。
「なんじゃ?」
「いや、何してるのかと思って」
「…………何も」
「だろうね」
 分かっていたけれど、聞いてみただけだと蔵馬は言う。
 無駄なことはしなければ良いのに……と思う我は間違っているだろうか。
「でもまあ……こんな天気だから、ぼうっとしていたくもなるよね」
 そう言うと、蔵馬は我の横に寝転ぶ。我と同じ体勢に――――

「じゃ、おやすみなさい」

 何の脈絡もなくそう言うと、すぐに寝息が聞こえてきた。

「…………相変わらず、寝つきは良いのう」

 呆れ声で言う。
 それでも蔵馬は眠る。



 なぜか分からないが、昔のことを思い出した。
 はっきりと蔵馬が横になって眠るまでを見ていただろうか?


 昔の自身の言葉を思い出した。


『我らは簡単に蔵馬の前から消えたりはせぬ』


 確かに消えることはなかった。
 あのようなことがあっても、人間になってまで消えなかった。
 それが良かったのか。
 たびたび疑問に思うことがある。
 けれどそのたびに誰かに否定される。
 そのようなことを言うなと、考えるなと言われる。


 我がいて嬉しい。


 と、そう言う意味の言葉を言う。





 それは、あのことを知ったとしても蔵馬は言うだろうか?

– END –

Posted by 五嶋藤子