Fide sed qui vide.

 私、アジュール・ゼイレンが刑に服してから四年。
 恩赦により、その刑が解かれて一年。
 髪が血のバレンタインの頃と同じくらいの長さに伸びた時、私は再び赤い軍服に袖を通した。

◇◆◇

 髪が伸びたことにより、鏡に映る自分の姿に違和感を覚えた。
 けれど、だからと言って今更四年前と同じまで切ろうとは思わない。
 今の私はアジュール・ゼイレンで、アスラン・ザラではない。
 つい最近までは、服装でそれを示していた。けれど今日からはあの頃――アスラン・ザラと呼ばれていた頃と同じ軍服。そして、あの頃の“私”を知っているものもいまだ多くいるザフト。
 刑に服している頃からたまに顔を合わせていたイザークやディアッカですら未だに間違えるくらいだ。そんなことされたら、勘違いしてしまう――私はアスラン・ザラでいいのだと。
 もちろんそんなわけはなく、私はアジュール・ゼイレンでなければならない。
 
「まあ、間違えてもそれはそれでいいんだけどね」
 
 アスランの名前でも、この格好の時なら反応できるだろうし。
 そう言った時、イザークもディアッカも複雑そうな表情をしたけれど……その後も間違えるのだから仕方ないでしょう。
「矛盾したこと言ってる自覚あるか?」
「なら、ちゃんとアジュールで呼んでよ。アズ、でもいいけど」
「「…………」」
「出来ないでしょう? まあ、私自身はちゃんと“アジュール”だと思っているから大丈夫よ。二人が言う“アスラン”も、愛称みたいなものだと理解しておけば、いいんじゃない?」
 新造艦内を歩きながら、そんな風に言う。
 
 ここは新造艦ミネルバ。
 ザフトに復帰した私は、新たに作られた戦艦のMS隊隊長に任命された。
 新しい戦艦、新任の艦長兼隊長。主なクルーはすべて新人と新たな地位を得た者ばかり。
 かく言う私も“そう”なのだけれど、短い期間小隊長のような立場に立っていたことを考慮すれば、唯一の“そう”でない人間、なのだとか。
 複雑な表情をしながら私の立ち位置を説明したイザークとディアッカは私が任務地につくまでの監視。――――そう、ザフトに復帰したとはいえ過去のことから私には今まで通り監視がつけられる。とは言っても任務中はもちろんないし、監視がイザークとディアッカなので彼らが任務中もない。
 ではいつつくのかと言うと、私がプライベートでひとり艦を離れる時。
 しかもミネルバクルーの誰かが一緒であれば必要ない、と言う何とも緩い監視体制だ。
 
 それはさておき。
 
 そのミネルバは未だ進水式を済ませてはいない。
 しかしその前にクルーの配属は行われる。私の場合はそれが今日、と言うわけだ。
 そしてイザークとディアッカは私をミネルバに送り届けた後すぐにジュール隊の任務――プラント防衛に戻ることになっている。何とも忙しいことに。
 そんな状況のために足早に進むとミネルバの艦橋に着いた。
 そこにはタリア・グラディス艦長とアーサー・トライン副長、それから管制官等のクルーが四人いた。基本的に艦橋に詰めている人間全員を確認する。
「ジュール隊隊長イザーク・ジュールだ。これにてミネルバへアジュール・ゼイレンの身柄移動を完了する」
「了解しました」
 綺麗な敬礼をしたイザークに、グラディス艦長と他のクルーも敬礼で返す。
 それをイザークの後ろで見ながら、ふと思う。
(私、犯罪者みたいね……)
 実際そうなのだが。口にすれば拳骨が二方向から飛んでくるから言わないけれど。
 普通こんな扱いをされるザフト兵はいないから、実際の引き渡しの現場を初めて見るし、イザークたちもこんなやり取りは初めてだろう。
 CIC席に座っていた新人も、戸惑った表情を浮かべながら艦長たちに倣っている。
 初任地でこんな場面に遭遇させて申し訳ないが、運が悪かったと思ってもらうしかない。
 六人には謝っておこう。――――イザークたちが任務に戻ったら。
 そんなことを考えていると、振り返ったイザークににらまれてしまった。
 
「――――――」
 
「なに?」
 けれど何か言いたそうなのに何も言わないイザーク。疑問に思うけど何も言わないから、そのまま後ろにいたディアッカも見たけれど……こちらもイザークと同じような表情。
「なんなの?」
「――――――」
 ひとつ、イザークはため息をついた。
「何かあれば連絡しろ」
「…………はあ? ……うん」
 それ今言うことか? と思ったけれど、取り敢えず返事だけはしておく。
 頷いた私を確認した後、イザークとディアッカは艦橋を出て行った。
 残された私たちは……
「ええと、ミネルバのMS隊隊長を務めることになりました、アジュール・ゼイレンです。よろしくお願いします」
「艦長のタリア・グラディスよ。こちらこそよろしくね」
 知られているけれど、自己紹介はすべきだろう。そう思って敬礼まですれば、艦長も改めて挨拶を返して来た。
 
 …………
 
「申し訳ございません」
「――どうして謝るのかしら?」
「いえ、まあ……面倒でしょう? 私のような人間が部下に、など」
 挨拶はしたものの、それ以降が続かなくて結局私は当初の予定通りに謝罪する。
 けれどその理由がわからなかったのか、不思議そうな表情の艦長。続けた私の言葉には苦笑を返された。
「いいえ……任務中であれば他のクルーと変わりはないわ。それに、ミネルバに所属する貴女以外のパイロット三名は、全員アカデミーを卒業したばかりの新人なのよ。経験者である貴女がいてくれるだけで安心よ」
「――――期待に応えられるよう、努力します」
「貴女は部下を持ったことがあったでしょう?」
 私の答えが不思議だったのだろう、そう聞かれた。
 確かに私は“ザラ隊”を持ったことはあったけれど――――
「隊長を務めたことはありますが、アカデミー同期で構成された隊ですし――――結局、最後はバラバラになりました」
 私の経歴は把握されているだろう、艦長だから資料は渡されたはずだ。そう思いながらも念のために伝えておく。そうすると、艦長は困ったような表情を浮かべた。
「それでも、貴女には彼らにはない経験がある。それはここで必要なものよ」
「…………」
「私が言っても伝わらないかもしれないわね。実際に会ってみればわかるわ。今、パイロット三人はミーティングルームに待機させているの。行きましょう」
「わかりました」
「アーサー、貴方も来てちょうだい」
「はい」
 艦橋内で一番私に対して不信の目を向けていた副長に声をかけると、艦長は先を歩きだした。
「…………」
「…………お先にどうぞ」
 副長は黒服なので、と先を譲ると表情はそのままに艦橋を出て行った。
(まあ、私を信用しないのならそれはそれでいいけど、それだったら背中を向けるのはなしね)
 副長はミネルバクルーの中では長くザフトに所属しているそうだけど、それでもちょっと緊張感が足りない。
 副長の経歴を思い浮かべても、まあ仕方ないかと思う。そう思ってしまうのは私が所属した隊が最前線にいたのもあるだろうから。
 そんなことを二人の後ろをついて行きながら考えている間に、何人かのクルーと、作業のために乗り込んでいる地上スタッフとすれ違う。当然緑の彼らは白と黒、赤の軍服を着る私たちに立ちどまって敬礼をするけれど……最後は私を興味津々の表情で見る。
(まあ、顔は知られているしね)
 裁判で顔はさらしているから、あの裁判を見たものは皆覚えているだろう。そして私がザフトに復帰したことも知らされている。
「気にならないのね」
「……はい?」
 急に立ち止まったかと思うと、艦長は私を振り返ってそんなことを聞いてきた。
「あれだけ視線を向けられていて、気にならないの?」
 ただ、その意味が私に通じていないことがわかったのか、もう一度、かみ砕く様に尋ねてくる。
「――――まあ、昔からことあるごとに視線は向けられていましたので」
「けれど、彼女の婚約者は貴女ではなかったでしょう?」
 “視線”の元を勘違いしたそれに、私は首を振った。
「いえ、“それ”ではなくて……幼年学校時代から、なぜか視線を向けられることは多かったので」
「そう」
 理由がわかっていないのは察してくれたのだろう、それだけの説明で納得したのか単にミーティングルームについたからなのか、艦長は「ここよ」と扉のひとつをノックして入っていった。
 
「シン、ルナマリア、レイ、ちゃんといるわね」
 
「「はい!!」」
 
 そう元気な返事は返ってきたものの、その声の主たちは気を抜いていたようで慌てた様子で敬礼をする。一人だけ冷静な反応を示したけれど……。
「紹介するわ。ミネルバ所属のMSパイロットの三人よ。右からレイ・ザ・バレル、シン・アスカ、ルナマリア・ホークよ」
 身上書通りの格好をした三人の名を順にあげる艦長。その目は知っているでしょうけれど、と言っていたが口には出さなかった。
「そして彼女が今日からあなたたちMS隊の隊長を務めるアジュール・ゼイレン」
「アジュール・ゼイレンよ。よろしく」
「「「よろしくお願いします」」」
 紹介されたので一歩前に出て言えば、そう返ってくる。が、レイ・ザ・バレルは感情を読み取れない。けれどルナマリア・ホークは興味津々であることを隠そうともしていないし、シン・アスカに至っては――――
(オーブからの移民、か)
 その目は私をにらんでいた。
 まあ、戦災孤児でたった一人知らない土地に来て、辛酸をなめただろう。そんな彼にとって、一旦ザフトを抜けた私が再び地位を得て戻ってきたのだから、恵まれていると取られるのは理解できる。そして、そんな私に嫌悪を抱いても仕方がないだろう。
(だからと言って指導はしっかりするけれど)
 ここは戦艦で、私たちはMSパイロットだ。
 しかも四人しかいない――――ミネルバクルーの命をも預かっているのだ。誰一人欠けるわけにはいかないのだ、この状況では。
「アジュール、後は任せるわ。――――良いように、指導して頂戴」
「はっ」
 彼らの気持ちには気付いているだろうに、艦長は注意することもなくそれだけを私に言った。
 つまりそれらも含めて私に任せる、と言うことか。
 その理解の元に返事をすれば、艦長は微笑んだから間違ってはいないだろう。
 そう思って艦長と副長を見送った後に、新人三人に向き直る。
 
「――――さて」
 
 表情を変えて視線を向ければ何かを感じ取ったのか三人は背を伸ばす。――――その点の勘は悪くないようだった。
「改めて言うけれど、本日からミネルバのMS隊隊長を務めるアジュール・ゼイレンよ。今日から任務に関しては、私の指示に従ってもらう」
「「はい!」」
 返事をしたのは二人――ルナマリア・ホークとレイ・ザ・バレル。
 シン・アスカは敬礼はしたものの、返事はなし。
「――ミーティングルームに集められたと言うことは、今後の予定は?」
「ありません。勤務中ではありますが、任務は言い渡されていません」
 けれど無視して一番私に無関心なレイに尋ねる。そして予想通りの答え。
「そう、それならこれからMSシュミレーションをしましょう」
「はい」
「「え?」」
 案の定、理解できたのはレイ。シンとルナマリアは疑問を浮かべている。
「あなたたちの実力を確認する。アカデミー卒業時点の成績は、参考程度にしかならない」
「なんでだよ!!」
「シ、シン!!」
 私の言葉に案の定シン・アスカは突っかかってくる。彼はアカデミー一位での卒業、だった。
 ルナマリアは言葉と共に止めたが、レイはただシンの腕をつかみ――探るような目を向けてくる。
「――――アカデミーと、実戦は違う。それくらいは理解できるはずだ。 ここでも実戦のようにはできないけれど、環境が違えばまた変わってくる」
 
 否は聞かない。これは命令よ。
 
「――――あなたたちは、もう少し命令されることに慣れなさい」
 身上書に書かれたアカデミーの教官のコメントを思い返しながらそう言いきると、私は三人に背を向ける。
 
 
 ついてきているか確認はしないけど、来ないのなら命令違反を問うだけだ、と私は直前に頭に入れた艦内図を頼りにシュミレーターの置かれたドッグへと向かった。

– END –

タイトル訳:信用せよ、しかし人を見極めたうえで
お題配布元:テオ

Posted by 五嶋藤子