その場にいるだけ

 ぽちゃり、と水の音がした。
 その音に顔を上げた視線の先には銀の妖狐。
「何をしているんです?」
「蔵馬…………」
「――どうかしたんですか?」
 名前を呼んだ声が弱々しく、蔵馬に怪訝な表情をさせてしまう。
 だからと言ってその理由を口にする気にはならなかった。
「…………」
「言いたくないのなら、無理に言わなくてもいいですけど」
 蔵馬は他人が言いたくない事をすぐに気付く。
 周りは楽だが、それを蔵馬以外にも求めてしまい困ることが多々ある。
 
 そんな中でどうして蔵馬は気付くことが出来るのかと、周囲は思っていた。
 経験の差かとも思ったが、蔵馬以上に長く生き、多くの経験を積んでいるだろう煙鬼たちは蔵馬ほどはない。
 気付けば放っておいてくれるが。
 
 そんなことを思っている間に蔵馬は隣りに座った。
 だからと言って何を言うでもない。
 ただそこにいるだけなので、煩わしさも何もない。
 それに安心感を覚えつつ、ごろりと横になってただ時がすぎるのを待った。

– END –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子